第40話 蜂蜜
実のところ『鑑定』という『才能』はマサシが持っている『鑑定スキル』とはまた別のものである。そもそも『スキル』と『才能』『魔術』は別物だからだ。
マサシが『何処でもない』空間上で女神と語らった際に『スキルは存在しない』と明言していた。しかし、変わりに『才能』というものはある。それはスキルとは違って気軽にホイホイ覚えられるものではなく、長年の努力が魂にまで到達して芽生える特殊技能である。
そしてそれはあくまでも経験と知識から身についた技術の延長上であり、ラノベ的なとんでもチートスペックを持つ『スキル』とは別の地味な存在なのだ。
故にアルベルトは――
(鑑定の才能……それも、鑑定眼か……彼は一体どれだけの知識を秘めているんだろう……)
と、羨望と期待を秘めた熱い眼差しでマサシを見つめる。
余談だが、もしも以前あった救出イベントで【フラグリバーサル】が仕事をしていなかったらば、このシーンでマサシの相手をしているのはアルベルトではなく領主の娘だった。
もしもそうなっていれば……その眼差しには羨望と期待以外に別の何かが込められていたのかもしれないが【フラグリバーサル】さんが頑張ったので、熱い視線を向けているのはイケオジである。
一部の層は捗るのかも知れないが、それに関して【フラグブレイカーの残り香】さんは肯定派なので、邪魔をするどころかむしろ楽しく見守っているフシがある……らしい。
(しかし『才能』か……
アルベルトが執事に何かを伝えると、間もなくしてマサシの前に一振りの剣が置かれた。
「疑うわけじゃないんだが、この剣を鑑定してもらえるかな? 鑑定結果はこちらの紙に書いてくれたら良い」
「わかりました。ではいきますよ」
マサシがじっと剣を見つめている。
アルベルトの眼にはそう映っていたが、実際にマサシが見ているのは鑑定結果が表示されているステータス画面である。
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魔剣ナルコニアス
攻撃力:+120
強度:98/142
特殊:睡眠付与
鋼に魔獣ナルコッサンのヒゲを加え錬金鍛造した結果、特殊効果がついた魔剣である。
強度が上がっている他、稀に攻撃があたった対象に睡眠状態を付与する。
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「できました」
マサシはペンを置き、アルベルトに紙を手渡した。マサシとしてはただ目の前に浮かんだ情報を書いたに過ぎなかったが、紙を見たアルベルトは驚き、そして沸き起こる怒涛の好奇心に倒れそうになっていた。
「マサシくん。一つ私の秘密を教えよう。実はね、私も鑑定の才能を持っているんだ」
「えっ? じゃあ、鑑定系の才能って珍しくはないんですか?」
アルベルトの言葉を聞き、女神様はああ言ってたけど、意外と才能持ちは多いんじゃと呑気な事を考えるマサシ。
しかし、アルベルトは首を横に振る。
「いいや、少なくとも私は自分以外の『才能』持ちに会ったのは初めてだし『鑑定』の才能を持っている者は、他国に一人居るらしいという噂程度しか聞いたことがない」
レアにはレアだけど、それでも鑑定持ちはそこそこ居るんですね、そうマサシが言おうとしたのを察したのか、アルベルトが言葉を続けた。
「けどね、私の……いや、『鑑定』だと良いところざっくりとした攻撃力と特殊効果がほんのりとわかるくらいで、ここまではっきり数値化されていたり、剣の名前や由来がわかることはない。
君の『鑑定眼』と言う才能は、恐らく他に授けられた者が存在しない唯一無二の物だと思うよ」
アルベルトは剣を手に取り、嬉しそうに見つめると、確かにこれは鑑定の結果通りの剣で、知人の鍛冶師にナルコッサンのヒゲを渡して打ってもらった剣であると。
そして、剣が持つ本当の情報を知れて嬉しいと感謝の気持を伝えた。
その様子を眺めていたリュカも『そういえば』という顔をしていた。
実はリュカもマサシと出会う前から鑑定の才能を持っていた。
それはアルベルトの物と同様で、簡単な情報しかわからないため、見分けが微妙な植物の鑑定くらいにしかつかっていなかった……のだが。
(マサシと会ってから使ってなかったけど、僕も『鑑定』をもってるんだよね……。
僕のは『才能』の鑑定だからアルベルトさんのと同じだった筈なんだけど、前に見た時レベルが上がってた……それって多分スキル化してるって事でしょ? だったら――)
そしてリュカも魔剣に鑑定を使ってみると、マサシが書いたものと同じ結果が表示された。
「おおっ!?」
突如声を上げたリュカにマサシとアルベルトが驚いた顔を向ける。
「あ? いや、あはは……思い出しびっくり?」
なんじゃそりゃと首を傾げる二人だったが、あまりにもリュカが困った顔をしているので優しい二人はそれ以上追求することはなかった。
(これってスキル化したおかげで『才能』が進化したってことだよね?
凄いな……なんかもう、ますますマサシから離れられなくなっちゃうよ……)
そのまま思考が妙な方向に向かったリュカは、ひっそりと頬を染めていたりするのだが、幸いなことに誰もそのことには気づかなった。
そしてマサシは本題に入ろうとアルベルトに向き直る。
その際、ちらりとハンガーの事が頭をよぎったが、それまで持ち出すと本気で何もできなくなりそうだったため、今回それは引っ込めて今一番広めたいアレについて話し始めた。
「オークションが終わったばかりではありますが、今日はまた別の相談がありまして……」
「ほう、いいでしょう。君の話は興味深い。一体どの様な話を持ってきてくれたんだい?」
「これをご存知でしょうか。わからなければ鑑定をしてもらっても結構です」
コトリと置かれた小瓶に入っているのは黄金色の液体。アルベルトは何だろう? と言われるままに鑑定をし、それが『甘い液体』であることと『無毒』ということがわかった。
「すまないが、これは何だろう? どうやら私が持っている情報に該当するものはないみたいだ。
鑑定しても甘い液体であること、そして無毒であることしかわからない。まさかこれがサトウの……?」
マサシは改めて自分が使うスキルとの鑑定結果の差に驚きつつも、出したものについて説明をする。
「これは蜂蜜というもので、蜂が花から集め巣に溜め込んだものです。
非常に甘く、砂糖の代わりと言うわけには行きませんが、甘みを求める人々に需要があるかなと」
蜂、すなわち虫である。そして、特定の地域を除き、一般的に昆虫食はどちらかと言えば好まれることはない。
アルベルトもまた、銀の牙と同じ様にあまり良い反応をしなかった。
「蜂蜜……そういう名前かはわからないが、錬金術師がが集めた蜜を素材に使うことがある、そう聞いたことはあるね。この辺りで蜂と呼ばれる魔物と言えばレッド・ビーかな? 良く蜜を奪えたものだ」
「そう……ですね。これは故郷の物なのでレッド・ビーの物ではないのですが、まあ、似たような物ではあります」
マサシは知らなかった。
この世界における『蜂』とは、全て魔物であることを。
地域により、生息している種は違えど、全て等しく地球の蜂が可愛く見えるほどに大きな魔物の蜂しか居ないことを、アルベルトとの会話の中で気づいた。
(魔物の蜂しか居ないのかよ……だから蜂蜜が一般的に認知されてないし、養蜂に至る人も居なかったんだな)
微妙に予定が狂いそうだと、難しい顔をするマサシだったが、同じくアルベルトも難しい表情を浮かべている。
「しかし、いくら甘いとは言え虫の魔物が集めたものだろう? これを口にするのは……」
その様子を見て、待ってましたとばかりにマサシが語る。
「アルベルトさん。『食わず嫌い』という言葉があります。食べずにこれは不味いものである、食べるに値しないと決めつけるという言葉なのですが、実際食べてみれば印象が変わることがあるのですよ。これは『蜂が集めた花の蜜』で、別に蜂その物を食べるという話ではないのですから、そう構えるようなもんじゃありませんよ。さあ、こちらに用意してますので良かったらどうぞ」
やや早めの口調で一気に言い切ったマサシは『かばん』から砂糖を入れずに焼いておいたパンケーキを取り出した。
どういう訳か焼き立てのように湯気を立てる平たいパンのような物にアルベルトは興味を持つ。
「あ、ああ……おや、これはなんだろう? まるで焼きたてのようだが?」
焼き立てのままどうやって維持をしていたのか聞きたそうにするのを、気づかない振りをして無理やり話を続ける。
「これはパンケーキというものです。似たようなものが屋台で売られてますが、これは甘くして食べるんですよ」
まず、マサシは小さく切り分けておいたバターを乗せた。焼き立てのまま収納され、アツアツの生地にのったバターはふわりと香りを漂わせて溶けていく。
ゴクリと執事の喉がなり、メイドの腹がググゥと鳴いた。
そしてマサシは蜂蜜の瓶にスプーンをいれ、パンケーキにとろりとかけていく。そのときメイドの口から『あー……』と、惜しむような声が聞こえてきたが、マサシは容赦なく蜂蜜まみれにしていく。
そして蜂蜜をかけられキラキラと輝くパンケーキがテーブル上で『さあ召し上がれ』と胸を張る。
食べてみて下さい、というマサシだったが、アルベルトは少し躊躇してしまう。そこで不幸なメイドが腹をまた鳴らしてしまった。
ラーナレット家に雇われているメイド、リリィは十四歳の少女である。
未だ成長期にある彼女は、そろそろ昼食であるという時間帯にこの様な香りを嗅がされて腹の虫を押さえつけることが出来なかった。
その音は不幸にもアルベルトの耳に入る。彼はいたずら好きの少年のような笑顔を浮かべ、リリィに命令を出した。
「リリィ、そう言えば今日の朝食は少なかったかも知れないね。そうだ! マサシくんが珍しい物を出してくれたことだし、まず君に食べてもらうとするか。なに、気にしなくていい。君には世話になっているからね。さあ、食べてくれたまえ」
アルベルトが逃げた!
リュカはそれに気づいておかしくて仕方がなかった。彼は鑑定を持っているし、それを使ってこれが無毒であるとわかっていた。
決してか弱いメイドに毒味をさせたわけではなく、マサシに言われた食わず嫌いに反論が出来ないのをメイドになすりつけ逃げただけだ。
それがとにかくおかしかった。
気の毒なのはメイドである。
これが話を聞いていなかった場合、彼女は喜んで飛びついたことだろう。しかし、蜂が集めた蜜という事を聞いてしまった。
なので食べたさより嫌悪感が勝ってしまっている。
それでも雇い主からの命令には逆らえない。行儀が悪いと思いつつも、自然と先に香りを嗅いでしまった。
(あれ……? 意外といい香り……花の甘い香りがするような……それに香ばしい香りにバターの匂いが……)
そして彼女の腹は三度目の鳴き声を上げ、思い切って一口切り分け、えいやと口にする。
「ほっ?」
短い感想だった。しかし、その後の彼女はフォークを止めること無く、あっという間にすべて平らげてしまった。
残っているのは白く高級そうな食器とフォークとナイフだけ。食べてみなさいと言われたが、全部食べろとは言われていない。
どうしよう! リリィは慌てた表情を浮かべる。
その様子を見て驚いたのはアルベルトだ。
彼はメイド達にも不自由ない生活をさせている。共に食べることはないが、自分たちと同じ食事を摂らせ、決して飢えさせることはない。
つまり、一般庶民より舌が肥えている。そんな彼女がアルベルトの事をすっかり忘れてすべて平らげてしまった。途端に湧いてくる興味。
「あの、マサシくん……」
アルベルトが何か言いかけた瞬間、既に目の前にはリリィが平らげたものと同じものがあった。
「多めに作ってありますので、良かったらそちらの執事さんもどうぞ」
執事は『こっちにも振られた!』と焦るが、リリィが、食にうるさいリリィが一瞬で平らげたのを見て少なからず興味を持っていた。
とうとう二人はパンケーキに手を付ける。
そして残されたのは白い食器が三枚とフォークとナイフ。
アルベルトは満足そうな顔と困惑した顔が入り混じった複雑な顔をして言った。
「ううむ……これは悔しいが認めざる得ないな。甘く、花の香を含んだ蜜……パンにかけても良いだろうし、茶にいれるのも悪くないだろう。
うん、私も良い商品となりそうだと思う。けれど、これは蜂が集めた蜜だ。
黙っていても明かしたとしても……どちらにせよいい顔をする客は居ないと思うよ」
銀の牙の三人の反応を見て、アルベルトからもそう言われるだろうと予想していたマサシは今後の作戦を説明する。
まずは森でレッド・ビーの巣を探し、それが蓄える蜜が故郷の物と同様に食用出来るかどうか確認する。
それが食用できるものであれば、入手方法を確立し、可能であれば蜜を採取出来る者を増やす。
安定供給の目処が立ったら、パンケーキに蜂蜜をかけたものを屋台で売り出す。
そして、その際に試食という場を設けて、少しでも禁忌感をなくする。
いちばん大切なポイントは、蜂蜜が蜂が作った蜜であるということを隠さないことだ。それを隠してしまえば売るのは簡単だ。しかし、後からそれがバレた時に生じるリスク。
それを考えれば予め知らせておいたほうが良いだろう、そうアルベルトに伝える。
「確かに、今まで知らずに食べていたのが実は……となれば穏やかじゃないからね。
屋台で試食となれば蜂と知っても興味を持てば食べる者は居るだろうし、一口食べれば止まらないのは身を持って味わったからね……」
「知り合いの冒険者達も最初はドン引きしてましたが、ひとくち食べたら手のひらを返しましたからね。やはり食べ物を甘くする蜜というのは強いですよ」
「うん、まずはやってみないとわからない……か。
まだまだ色々と詰めたいところもあるけれど、取り敢えずは安定供給に向けて動いてくれるかい? 製造周りは無理だけど、商売周りはお手伝いさせて貰うよ」
マサシはそれに頷き、新たな事業を始めるパートナーとしてアルベルトと握手を交わした。
マサシが森でみかけたレッド・ビーは蜜を集めていた。
つまり、巣に蜂蜜を蓄えている事は間違いないだろうと思っているが、果たして地球の蜂と同じ様に対処することが出来るのだろうか? そこが心配だった。
銀の牙に同行して貰う約束もあるし、彼らの安全のためにもきちんと作戦を練らねばいけない。
(自分で持ちかけたことだけど、ほんとに蜂蜜事業がはじまっちゃったよ……
アルベルトさんも動き始めるみたいだし、のんびりしてる暇は無いだろうなあ……)
なんだか急に胃のあたりがキュっとするマサシなのだった。
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