第49話 ヒミツの契約

「っは! 私は? 一体何が?」


 復活したアルベルトだったが、目の前に置かれた壺を見て全てを思い出し、再度気を失いそうになる。


 しかし、そこは流石にギルマスを務めるほどの商会長。二度目はなんとか持ちこたえ、いくらマサシでもどうなのだ、と突っ込まざる得なかった部分にメスを入れる。


「ううむ、マサシくん。私としては君が嘘をつくような者ではないと思っているし、解体の話もおそらくは本当なのだろうと思っている。つまり君を信じたいんだが、証拠が欲しい」


「証拠……ですか?」


「うむ……どうやったらここまで早く巣を解体し、精製出来るのか、それが知りたいんだ

 ……君は他所からこの街にやってきた旅人だろう? つまりは家を持っているわけではない」


「そうですね」


「巣の解体は、まあ現地でやってやれないわけではないからね。それはいいんだ。

 問題は蜜の精製だよ。巣から取ったばかりの蜜には少なからず不純物がある筈だ。

 それをここまで丁寧に精製するとなると、森は勿論屋外でやるわけにはいかない」


「……はい」


「君たちは『森の語らい』に泊まってるんだったね? 精製出来るとすればそこだろう。

 君のマジックバッグならば、大量の蜜を入れられるのだろうが、宿の部屋でそれだけの量の蜜を、それも短時間で精製できるとは思えない」


「そう……ですね」


「そんな顔をしないでくれ。これは半分私の好奇心から知りたいだけだからね。

 どうしても明かせないというのであれば、断ってくれても良い。

 けれど、可能であればどうか教えてほしい……それが叶えば、心から君を信用出来る筈だから」


 そう言われ、マサシは困ってしまった。


 解体方法を説明するのは簡単だ。


 家に連れて行って実際になにかを解体して見せ、この通り家自体が巨大な魔導具なのだと言ってしまえば済むからだ。


 しかし『家に連れて行く』これが問題だ。


 アルベルトの事は信用しているつもりだが、商人という相手はやはり油断ができない存在だ。


 テンプレ展開のように裏切られてしまっては目も当てられない。


 マサシはもしもあの家を売ろうと思えば、国の一つや二つ買える価値がつくのではないか、そう考えている。


 もしもアルベルトが金や名誉に目が眩んで裏切った場合、対処すること事態は簡単だ。

 なにかあっても転移で逃げられるし、さっさとこの街を出て別の街、別の国に逃げればいい。


 ただし、心にはずっと『裏切られた』と言う消えない傷が残ってしまう。

 

 NTRや裏切り展開が大嫌いなマサシは、なるべくそのフラグが立つような行動は避けたいところ。


 さらに、家に行くためにはファストトラベルを使う必要がある。

 

 伝説の魔術、転移魔術を使える存在、それだけでも自分につけられる価値は計り知れないだろうと、常々身震いをしているのだ。


  銀の牙の三人は純粋で無邪気であり、特にマサシやあの家を利用して何かをしてやろうとは考えないでくれている。


 しかし、相手が商人であるアルベルトであればどうだろう。


 大きな商材が転がっているのを見て目の色を変えるのではないだろうか?


 善良だった知人が金が絡んで人が変わったかのようになったのを見た事もあった。


 さて、どうしよう? このアルベルトという男を信じて良いのだろうか? 


(うーん……ヤバいフラグが立つような気もする……いや待てよ。

 俺には【フラグリバーサル】とか言う厄介な呪いがあったよね。

 女神様の話だと、イベントフラグを感知してひっくり返すとかそういう感じで)


 裏切りフラグが立ったなら裏切らない方向にひっくり返るのではないか?


 女神様の力で悪い方向にひっくり返ることはないらしいから、そこまで構えなくてもいいのかもしれない。


 少し悩んだ末、マサシは覚悟を決めた。


「ええと……アルベルトさんの疑問を解消するのは簡単なんですが……なんというか、守秘義務というか、その……あまり外部に漏らしたくはない特殊な方法でして……それをその……なんとか出来るなら……えっと……」


 もごりもごりと言いにくそうに話すマサシを見てアルベルトはニヤリと笑う。


「つまり、僕が……ごほん。私が外部に情報を漏らしたり、君を利用したりするのを……恐れている……そういうことだよね?」


 マサシはギクりとした。まさに考えていることをそのまま言われてしまったからだ。


「ああ……その……ええと……」


「あはは! いいんだ。私と商売をしようとなればそれくらいじゃなきゃね。

 私は君に多大な恩義を感じているから決して裏切らないし、君を利用しようとなんて思わない。それはどうか信用して欲しい……

 ……と、口に出していうのは簡単だけど、出会って然程たっていない私がそれを言ったところで難しい話だ」


 そして『そこで』と、言って執事になにか言伝をすると、間もなくして一枚の紙、古めかしい羊皮紙が持ち込まれ、そのまま机の上に広げられた。


 それに反応したのはリュカだった。


「それは……契約魔導紙?」


「流石リュカ君。高位の魔術師であるエルフの君は知ってたか。そう、これは契約魔導紙。

 特別な魔術が込められていてね、契約内容と名前、そして契約者の体液……一般的なのはツバかな。それをつけることにより、簡単には破ることが出来ない契約をすることが出来る特別な契約書なんだ」


 マサシは『出たな!』と内心興奮していた。


 この手のファンタジー世界をモチーフにしたノベルでたまに見かける契約魔術。双方同意のもと使用されるそれは約束を破るとなにか恐ろしい目に遭う、そんな代物だった。


 眼の前に置かれているそれもマサシが知っているものに近いもので、例えば今回の様に秘密保持に使った場合は、書き込んだ内容について、受託側は一切他人に伝える事が出来ない――喋ろう、書こうとした瞬間だけ、その事を思い出せなくなり、結果として外部に情報を漏らすことが出来なくなる――そういうものだった。


(命が奪われるとか物騒なやつじゃなくて良かった)


 特に約束を破ったら死ぬとか、呪われるとかその手の物騒な魔導具ではないことにマサシはほっとして、これを出すというくらいであれば信頼してもよいだろうと思った。


「あ、マサシくん。私には君がなにを考えているかわかるよ。これを出すくらいならこんなものは必要ない、そう思っているね? でもダメだよ。私の覚悟を見せたいんだ。

 君と付き合いを続けていけば色々と面白いものを見せてもらえそうだ。だから、一時の付き合いで済ませたくはない。

 無論、協力は惜しまないし、出来ることなら何でも手伝わせて欲しい。そうだな、君と対等な友となるために契約をして欲しい……年は離れているけれど、友になるのに年齢は関係ないだろう?」


 ウインクをしながらそんな事を言うアルベルト。


 友達となる契約、そう考えるとマサシはなんだかおかしな気分になったが、商人というのはそういう生き物なのだろうし、ネトゲやSNSをしていれば、年が離れた友達が出来るというのもそう珍しいことじゃあない。


 なにより、ここまでしてくれるアルベルトはやはり好ましい人物だと思ったし、商人ギルドマスターとの縁は大切にしていきたいという、下心も少しだけ……いや、割とあった。


 なので、マサシはにっこりと笑顔を浮かべ、コクリと頷いて肯定をする。


 そして促されるままにペンをとり、魔導契約紙に書き込んでいく。


 これは使用者、つまり秘密を守らせる側が書き込む必要がある。代筆は不可能であり、マサシは心からマルリール語スキルを取ってよかったと思った。


 書き込んだのは以下の通りである。


・マサシの能力と所持品及び、関係者に関わる秘密についてそれを知らぬものに対する情報の開示を禁ずる。

・それらをマサシの許可なく私利私欲のため使用することを禁ずる。

・マサシの許可を得ずに『この大陸に到着した以前のマサシに関わる情報』の開示を禁ずる。

・以上の項目は、個別に許可を得なければならない。


 二行目までは見てのとおりだが、三行目はこれでいいのかという不安が少々あった。


 これは今後明らかにする必要があるだろう『異世界からやってきた』という情報と『異世界産の道具や文化』に係る情報を秘匿するために設けたのだ。


(大陸に来る前は女神様のところ、その前は日本に居たわけだからその二つの情報は守られる……筈)


 後から気付いて書き加えた四行目に関しては、差し障りのないネタであれば地球の技術について提供し、商売や発展に役立ててもらおうという魂胆があってのことだ。


 三行目だけでも良いような気もしたが、万が一『一括許可』されてしまった場合、契約の意味がなくなってしまう恐れがあった。


 なので、面倒でも四項を書き加え、個別の許可制にしたのだ。


「マサシくん、出来ればだけど……」


 そしてアルベルトからメイドのリリィと、執事のライオットも連名で書類にサインをさせてもらえないか提案された。


「そうですね。今後を考えるとその方がやりやすいでしょうし」


 何処か嬉しげな表情を浮かべているアルベルト、表情を変えないライオットと、少し困った顔をしたリリィの三人がそれぞれ指に唾を付け、書類に押しつけた。


「じゃあ、マサシくんも」


「ここですね……おお!」


 最後にマサシが指をつけると、書類上に魔術陣が現れ白い炎が立ち上ってそれを焼いてしまった。


 驚くマサシにアルベルトが説明をする。


「これでこの契約紙は第三者から見られることが無くなった。契約内容については、念じれば頭に浮かぶので問題ないよ」


 言われるままに念じると、確かに頭に契約内容がそっくり浮かび上がった。


 どういう仕組みか分からないが、魔術なのだからそういうものなのだろうとマサシは割り切った。


 そして――


「では、今度は僕が誠意を見せる番ですが、あいにく僕は説明が上手ではありませんし、説明したところで信じてもらえるか疑問です。そこで、貴方がたを僕の家に招待しようと思います」


「……驚いた。まさか家を持っているとはね。となると、森の語らいは偽装のために借りているのかい? なんというか、少々君を侮っていたかも知れないなあ」


「まあ、偽装というのは間違いではないのですが、恐らくアルベルトさんが考えているような方向では無いと思います。では、今から向かいますので手をつないで貰っていいですか?」


「今から……って、ええ? 手?」


 アルベルトだけではなく、リリィもライオットすら珍しく困った顔を浮かべている。


「ああ、ライオットさんとリリィさんは俺の肩に手をおいて下さい。


 そう言われてますます困惑する三人。リュカだけはニコニコとマサシの手を握っている。


 ……何度も言うが、集団転移で一緒に跳ぶ条件はマサシとパーティーを組んでいる状態で半径一メートル以内……現在はひっそり強化されているので二メートル以内に収まっている事だ。


 その事にマサシは気づいていないし、気付いていたとしてもアルベルト達とパーティを組んでいるとは思っていないため、それでもわざわざ手を繋いだり肩に手を乗せたりさせた事だろう。


 しかし、マサシはまだ知らない。


 女神がフワッと定めた『マサシの仲間パーティに参加する条件』を。



「それでは……転移!」


 特に『転移』と発する必要はないのだが、三人に理解をしてもらうため、わざと声に出す。そして間もなく三人はマサシの家、隠れ里に転移する。



「ここは……いや、今のは……転移といっていたけど……」

「転移術……失われし時空魔術と聞いたことがありますが、いやしかし本当に……?」

「ええぇええぇ……?? 私なんだか……頭が追いつきません……」


 ポカポカと暖かで、やわらかな光が差し込む優しい場所。透明度が高く蒼く輝く泉には様々な魚が泳いでいて、周囲に咲く彩り豊かな花々がそれに映り込む。


 そして泉の向こう側にはアルベルトの家よりはだいぶ小さいけれど、それでも庶民の家とは思えない立派な……しかし、見慣れぬ建築様式の家が構えている。


「ようこそいらっしゃいました。ここが僕の家、サワタリ邸です」


 興奮したような、混乱したような三人を見て、リュカは(そうそう、そうなるんだよ最初はさ)と、一人なぜかドヤ顔をして嬉しそうにしていた。


===========

おまけ『神界でマサシのライブ配信を見る女神たち』


ムギ様…ムギエラール(ムギちゃん、ムーちゃん)

パン様…リパンニェル(リーちゃん)

ブー様…ブーケニュール(ブーちゃん)


※ユウくん…かつてパン様に攫われて世界の立て直しをさせられた地球人


女神ムギ様「毎回思うけど、なんで転移のたびにいちいちくっつくんだろ?」

女神パン様「ムギちゃんさ、マサシくんに集団転移の条件教えたの?」

女神ムギ様「もちっ……あ、言ってないかも……」

女神ブー様「リーちゃんもだけど、ムーちゃんも大概ポンコツよねー」

女神ムギ様「うっさいなあ。でも普通気づくと思わない?」

女神パン様「ステータスにでないんでしょ? 気付けないわよ」

女神ブー様「リーちゃんみたいにこっそり説明を書き加えたらいいのよ」

女神ムギ様「それだ! ストレージの説明見て喜んでたし、増えたくらいに思うわよね」

女神パン様「あ、あたしは別に後付でなにかしたりしてないし!」

女神ブー様「それはそうと、パーティの仕組みも気付いてないんじゃない?」

女神ムギ様「ああ、それはホント最近実装したからね。サプライズってやつ?」

女神パン様「……そう言う事するとさ、後から凄い怒られるわよ」

女神ブー様「リーちゃんもユウくんにすっごい怒られてたもんね」

女神ムギ様「え……仲良くなった人が自動で仲間になるだけなんだけどダメかな?

ムギ・ブー(あっ これ絶対後で面倒な面白いことになるやつだ)



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