第48話 相談に

 宿屋一家の試食会で好感触を感じたマサシは、大量に唸る素材の相談がてら、アルベルトの元に向かった。


 アルベルトが住む屋敷は宿から歩いて十五分ほどの所にある。


 屋敷を囲むように立派な壁があり、それに負けじと頑丈そうな門があり、それを護るのは彼に雇われている警備員。


「こんにちは。マサシと言いますが、アルベルトさんはご在宅でしょうか」


 マサシが声を掛けると興味深そうな顔をした。


「あー、旦那さんから聞いてるぜ。変わった感じの見た目でマサシと名乗る者が来たら中に通せってな。しかし、ほんとに変わった奴だなあ……」


「え……普通の服に変えたつもりなんですけど……」


「ははは、まあ、変な服着た奴だって話は聞いてたが、今はあんまりそうは見えないから心配しなくていいぞ」


「ほっ……そうですか、よかった」


「まあ、何がって言われてもわかんねえけど、お前が変わった奴なのには変わりないけどな……っと、入っていいぞ」


 警備員の態度にリュカは少々呆れていた。


 マサシが変わりものと言われるのはまあ、今更なことなので気にはならないのだが、アルベルトの立場を考えれば、貴族や豪商、口に出せぬやんごとなき人間と付き合いがある可能性もある。


 マサシのように怪しげな素性の者ほどそれを疑って、無難な応対をすべきではなかろうか。


 家の主を名で呼ぶ程に親しい存在、そう考えればその身分について少し思うところがあるのではないのか?


 もしマサシがお忍びの貴族だったら……と、考えた所でリュカは吹き出してしまう。


「あはははは! ないない! ないね、あははは!」


「え? ちょ、リュカ?」


「なんでもない、なんでもないから……はあ……うふふ」


 そうこうしている内に屋敷の入り口に到着する。入り口には執事とメイドのリリィが立っていて、にこやかにマサシ達を出迎えてくれた。


「ようこそ、いらっしゃいましたマサシ様、リュカ様。中で少々お待ち下さい」


 執事に連れられ、客間に通されると直ぐにリリィが紅茶を入れ、二人の前に置く。


「ありがとう、リリィ」


「いえ、お仕事ですので」


 ペコリと頭を下げ、部屋の隅に立つリリィ。なんだかマサシはそれが気になって仕方がなかったが、メイド喫茶に居るようなものだと割り切ってなるべく気にしないことにした。


 暇を持て余したマサシはリュカと無難な雑談……、主にゲームの話をし始める。


「そう言えば、今何処まで進んだっけアレ」


「ええとね、今ちょっと戻ってさ、森を回しているんだ。彼処のドラゴンが中々落とさなくてさあ」


「あー、『ホリレイ』か。あれ地味に落ちないんだよね。俺は何匹かなあ、五十匹は倒した気がするよ、ドラゴン」


「ええ……そんなに? 別のキャラではポロッと直ぐでたのに……今んとこ三十二匹かな、狩ったの……」


「あっ、ID蒼じゃないとドラゴンからホリレイ落ちないからね? そこは大丈夫?」


「ぎゃー! しまった! 深緑だったよお……そう言えばそういうシステムもあったね……うう……」


 なんてことはない、今はもうオンラインプレイが出来ない某オンラインゲームのソロモードのお話をしているわけだが、リリィはちょこちょこ耳に入る単語に気が気ではなくなっていた。


(ええ……? ドラゴンを? 五十体? リュカさんも三十二体? えぇ……? この人達何を言ってるの? 冗談を言い合ってる顔じゃないし……一体なんなの……?)


 不幸なことにこの世界にはきちんとドラゴンが実在している。


 そのうち知能を持ち、神と同等に扱われているのが『古竜種』と、古竜種に従い各地を納める『大竜種』だ。


 大竜種はカラードラゴンとも呼ばれ、レッドドラゴンや、ブルードラゴン、グリーンドラゴンなど、体色に合わせた呼ばれ方をしているが、ドラゴンにも固有名というものはあるため、体色で呼ばれることをあまり好まないという。


 そして知能を持たない亜竜がその下に存在し、この世界において討伐対象となるのはそれら亜竜のことを指す。


 アースドラゴンやワイバーン、シーサーペント等がそれに該当し、高度な知能を持たないとは言え強大な力を持っているため『竜を三十体狩った』という話は気軽に出来るようなものではない。


(ドラゴンって凄く強いんでしょう? それを簡単に倒せるって……この二人だけで国の一つや二つ簡単に落とせるんじゃないの……?)


 すっかり勘違いをしているリリィは、人知れずプルプルと身震いをしている。


 そんなことは知らず、二人がゲーム談義を続けていると、執事が現れアルベルトの元へ案内された。


 執事は部屋の隅で身を固くしていたリリィに首を傾げていたが、後から聞けば良いだろうとマサシ達を連れ、アルベルトの元へ向かった。



 マサシ達が部屋に入ると、アルベルトは満面の笑顔で二人を出迎える。


「待ってたよ! 来たということはレッド・ビーを討伐してきたんだよね? 巣はどこだい? 良かったらうちから人をやって解体させても良いよ!」


 レッド・ビーの巣、それは別に世に知られていないわけではない。多少腕がある冒険者であれば森の中央部くらいになら到達できるし、そこに作られている『巣』を目にすることはある。


 アルベルトは自分の目で見たことはないが、情報としてそれを知っていた。


 二階建ての家くらいの大きさを持つ巨大な巣、いくらなんでもそれを解体するのにマサシやリュカだけでは不可能だ。


 丁寧にやろうと思えば十人規模の人手が、しかも解体に長けた者を雇う必要があるだろう。


 そこでアルベルトは善意から人を出そう、そう言ってくれたのだが……。


「あー、すいません。解体はもう済んじゃってて……今日は沢山の蜂蜜と、レッド・ビーの素材をどうしようかなって相談をしにきたんですが……あれ?」


 アルベルトは引きつった笑顔で固まっていた。


 マサシ達がいつ蜂の巣を討伐しに向かったのかはわからない。しかし既に解体が終わっているという事実がおかしな事はわかる。


 あの粘度が高い液体、しかも食品となれば時間をかけ丁寧な仕事をしなければ無いだろうし、マサシだってそれを理解しているだろうから適当に済ませたということはないはずだ。


 アルベルトは、最低でも十日くらいは解体にかかり、さらにそこから数日間をかけてじっくりと蜂蜜を抽出し、さらに精製まで済ませるとなれば、さらに日数がかかるだろうと考えていたのだ。


 しかし、マサシはもう済んでいるのだという。


 最後にマサシと会ってから一週間程度しかたっていない。その間に討伐をし、解体を済ませて蜂蜜を持ってきたというのだ。いくらなんでも速すぎる。


 もしかすれば、予め狩ってから話をしていたのかも知れない。そうだ、そうに違いないと、アルベルトは自分を落ち着かせるため、マサシに改めて尋ねた。


「ふ、ふふ……マサシくん。私はね、ちょっと気になってることがあってね? その巣、いつ狩っていつ解体したんだい? まさかいくらなんでも三日前とか一週間前とかじゃないよね?」


 アルベルトは二週間、いや、一月前くらいだろう? そう検討をつけてカマをかけた。しかし、マサシは質問の意図を理解していなかった。


(ううん? 賞味期限とか心配してるのかなあ? 蜂蜜は傷みにくいし、そもそもストレージに入ってれば問題ないんだけど……まあ、正直に話して安心してもらうか)


 そしてマサシは特に隠すようなことでもないので、サラリと正直に話す。


「ええと、昨夜、銀の牙と共に攻略しまして、夜の内に解体と梱包を済ませました。あ、これが現物です」


 ドン、とツボに入った蜂蜜をテーブルに乗せる。


「きき昨日?……解体も済ませて……その上、壺にまで……?」


 アルベルトが鑑定をすると、壺の中身は確かにレッド・ビーの蜜であり、味見用にとマサシが出した小皿に移して光を当ててみても不純物は見つからず丁寧な仕事が見て取れた。


(ああ、なるほど。巣は大きいと聞いているが蓄えられている蜜はあまり多くないのか。

 うんうん、それならまだわかる、わかるとも)


 この壺ひとつ分しか取れなかったというのであれば、解体の速度もまあ、ギリギリ納得が出来る。


 アルベルトはなんとか落ち着きを取り戻――


「それでですね、これと同じハチミツ入りの壺があと六百八十一個ありまして……あれ? アルベルトさん? アルベルトさん?」


 ――アルベルトは笑顔のまま気を失った……。


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