第47話 試食

 翌朝、思った以上に蜂蜜が手に入ったマサシ達は今後の商売について話し合っていた。


 無尽蔵とも言えるほどストレージ内で唸る蜂蜜。これはどう考えても数年分は余裕で使えるストック量である。


 当初の予定通りパンケーキ屋を開くことは決まっていたが、合わせて飲み物を出そうという案が出た。


 飲み物を売るとなれば、冷えたものを売りたい。


 幸いなことに、この世界にも魔術を用いた魔導冷蔵庫が存在しているため、それを使えば冷えた飲み物を飲むことは出来る。

 

 しかし、屋台で売られている飲み物は大抵温い。稀に冷えた果実水を売っている店もあるのだが、通常の店に比べて割高だったりする。


 その辺の事情をリュカに聞いてみたところ、


『魔導具って維持費が凄いんだよ』


 と、シンプルな答えが帰ってきた。


 魔導具とは、内蔵された魔石に内包された魔力で動作をする物全般を指している。


 魔石は強い魔力を持つ魔物の体内で結晶化した魔力の塊で、魔物にとっても魔力の源ともなる大切な存在だ。


 大きさはまちまちだが、小石程度の小振りのものでも魔導冷蔵庫であれば数年は余裕で使用できる魔力を秘めている。


 しかし、それを持つ魔物は討伐が難しく、それが使われる魔導具は利便性も相まってどれも非常に高価である。


 故に、庶民が使う魔導具には砕けた魔石を特別な方法で加工した『魔石片』と呼ばれるものを搭載したものが多いのだが、これは普通の魔石と比べ、魔力を保持する特性が弱い。


 魔導具に入れ、一度でも放出を開始した魔石は空になるまでそれを止めることは出来ず、一週間もすれば魔力が全て抜け落ちてしまって、再度魔力を注入するまでは使用不可能になるそうだ。


 なので、魔導冷蔵庫を持つ者は人造魔石を最低でも二つは所持していて、それを交換しながら使用しているらしい。


 使い切った魔石は、魔術師に依頼を出して魔力を注いでもらえば再利用することが出来るのだが、小さな魔石ならひとつあたり銀貨十枚程度。


 魔石を三つ使いまわしてひと月丸々冷やそうと思えば、銀貨三十枚、日本円にしてざっくり三万円もかかる計算となる。


 物価がそのまま日本と同じというわけではないため、単純な比較はできないが、冷蔵庫一台を一ヶ月維持するためにかかる電気料金が三万円と考えると、微妙な気持ちになるだろう。


 こういった事情もあるため、日本の一般家庭のように常に冷やすという使い方は宿屋や飲食店を除いては、あまりされていないし、一般家庭で所持している世帯はあまり多くはない。

 

 しかし、マサシにはそんな心配は無用だった。


 なぜならば、魔石をいくつか持っているからだ。


 実は上位種であるレッド・ビー・ソルジャーが魔石を内包していたのだ。


 どの個体も漏れなく持っていたため、その数十六個。贅沢に使っても全く問題がない数だ。


『魔石ならソルジャーが持ってたからいっぱいあるよ。なんならクイーンのでっかいのもあるし』


 そう伝えると、


『魔石があるなら冷蔵庫も贅沢に使えるし、冷たい飲み物も売れるよね』


 と、リュカが提案し、


『マサシお得意の美味しいメニューはないの?』


 と、マイナがたずねれば、少し考えたマサシがアイスレモネードを提案してパンケーキと共に出すことに決まった。


 ラッツというレモンによく似た風味を持つ果実がある。


 これを絞り、リュカ水で割って蜂蜜で味を整えた後、氷に注ぐと恐ろしく美味いレモネードが出来上がった。


 甘いものだけでは困る人もいるかも知れない、そう考えたマサシはアイスティーも提案し、この世界にも存在していた紅茶を使ってメニューに加えることになった。


「……なんか自然に話すから流しそうになったけどよ、保留つったのに解体しちまったんだな?」


「あっ……昨夜あの後どうしても気になっちゃったので……つい……

 って、魔石も分配したほうがいいですよね?」


「いや、殆どマサシとリュカが倒したんだから貰えないよ」


「うんうん。素材の権利はマサシくん達にあるんだから、別にいいわよ」


「う、うん。そう。権利はマサシとリュカのものだから」


「そういう事なら魔石はいただきますけれども、他の素材は持ってても仕方が有りませんし、全部まとめて精算したらきっちり分配――」


「「分配についてはちょっと保留で!」」

「ありがと……えっ?」


 大きくなりすぎそうな金額を想像して考えることを辞めたい二人と、実は貰う気満々だったマイナ。


 ぽかりとリオンに小突かれるマイナを見て軽く笑うと、逸れた話題を本筋に戻した。



「では、取り敢えず一度アルベルトさんに報告して、相談をしてから改めて進めようと思います。俺達も今日から暫くは街の宿『森の語らい』に滞在しますので、用がある時はそちらまでどうぞ」


 街に帰ると聞いた瞬間、目に見えてがっかりとした銀の爪だったが、リュカから


「どうせ今後もちょいちょいここに呼ばれることになると思うよ」


 と、言われると、それもそうかと快適な家にしばしの別れを告げ、マサシに用意が出来た旨を伝える。


「では、帰りますかー……って俺が言うとちょっと変だな……街まで直に飛びたい所ですが、ちょっと目立ちそうなので申し訳ありませんが、森の外れまで飛びますよ」


 リュカと二人くらいであれば、こっそりと転移することも出来なくはないが、今回は五人と大所帯である。


 街の近くに降り立つポイントに転移をすると誰かの目につく可能性が高いだろう。


 なので、少々遠回りにはなるが、森の出口にこっそりと降り立つことを告げ、銀の牙からも不満が出ることはなかったため皆で転移をした。




「おかえりー! リュカ! おにーちゃん!」


 マサシ達が宿に戻ると、宿の子供、ポラがパタパタと駆けてきてリュカとマサシに抱きついた。


「ただいま、ポラ。ふふ、ポラもすっかりマサシに懐いたね」


「ああ、おかえりリュカ、マサシ。そらそうよ。なんだかんだポラにくれるもんだからさ、すっかり餌付けされちまったのさ」


 そう言う宿の女将はにこやかに笑っていて、別にそれを咎めることもなければ、むしろ喜ばしいという顔をしていた。


 自作のエプロンもそうだったが、マサシがちょいちょいとポラに与えている菓子、それは必然的に女将の口にも入ることとなり、女将自身もそれを楽しみにしていたからだ。


 マサシが知らないうちに女将自身も餌付けをされていたというわけだ。


 マサシはマサシで、菓子をやれば子供らしく大喜びをするポラを好ましく思っているため、今日も何か上げるおやつが無かったかカバンを弄っている。


(そうだ、いっその事あれを試食してもらうのはどうだろう)


 マサシはパンケーキの試食を宿の家族にしてもらおうと考えた。富裕層であるアルベルト達の舌を満足させることは出来たし、冒険者である銀の牙も今ではお気に入りの食材となった蜂蜜。


 これでもう成功は間違い無いと確信をしていたが、もうひと押しという事で、典型的な庶民である宿屋の家族にも食べてもらおう、そう考えた。


「女将さん、ちょっとお願いがあるんですが―」


 今度売り出そうと考えている屋台料理を味見してもらえないか、出来れば厨房を少し貸してもらえないか、そう頼むと、女将は宿の奥、厨房に向かって奥にいる旦那を連れてきた。


「……何か面白い物を食わしてくれるんだって?」


 がっしりとした体格の男、女将であるマーサの旦那のキータがぬっと姿を現してぶっきらぼうに言った。


 その迫力にマサシは後ずさりをしかけたが、


「ったく、マサシの愛想を少しくらい分けてもらいなよ。ああ、ゴメンね。この人、料理は上手いんだけどさ、愛想だけは絶望的なんだよ。だからいつも奥に引っ込めてるのさ」


 そしてこう見えて実は結構新しもの好きで、旨いものに目がないと伝えられ、きちんと食えるものを作るのであればと言う約束で厨房を借りられることになった。


「じゃあ、厨房をお借りしますねー。直ぐ出来ますので楽しみにしてて下さい」


 興味があるのか、キータもマサシに続いて厨房に入り、マサシの一挙一動をじっと見守っている。


 マサシはなんだかやりにくくてしょうが無いのだが、厨房を借りている以上文句をいうわけには行かず、苦笑いをして自分の作業に集中していた。


「……ほう、パン生地を作るのかと思ったが、それにしては緩いな」


 木のボウルの中でドロドロとしている液体をみて思わずキータが口を開く。


「ええ、これはパンのように竈で焼くものではないので、これくらいでいいんです」


 炎属性の魔術を使い、何か炭のような物に火を点けコンロの用意をする。


 この世界で主に使われている燃料は火属性の加護を受けた石炭的な謎物質である。


 これはひとつあたりがこぶし大の石で出来ており、ひとつで弱火、ふたつで中火……というように、数によって火力を調節できるようになっている。


 火を乗せればすぐに着火し、脇に寄せて灰をかければ直ぐに消え、ひとつで半年くらいは余裕で持つため、調理や湯沸かし等で大いに活躍している素材なのだ。


 コンロに持参したフライパンを乗せ、生地を流し込んで焼いていく。見る間に出来上がるパン的な物にキータが興味津々といったような顔で見ている。


「……屋台で似たようなのを売っているのを見たことがあるな」


「ああ、なんか具材が入ってるやつですよね。あれも美味しいけど、これは少し違うんですよ」


「ほう……」


 街の屋台で売られているのは、塩と胡椒で味付けがされたお好み焼きの親戚のようなものだ。


 お好み焼きの味を知っているマサシにとっては、少し物足りない感じがするのだが、街ではそこそこの人気があるようだ。



 やがて、ボウルの液体が全てなくなり、12枚のパンケーキが焼き上がる。後片付けをさっと済ませると、それを手に食堂へ戻っていった。


 厨房から漂う香りに我慢ができなくなっていたポラが今か今かと待ち構えていて、マサシの姿を見るやいなや満面の笑顔で出迎えた。


「お兄ちゃん! なにそれなにそれ!」


「ははは、今あげるから座って待っていてね」


 いつの間にかキータがテキパキと配っていた皿に一人あたり二枚ずつパンケーキを盛り付け、説明を始める。


「これは鉄板で焼いて作るパンなんですが、食べ方が変わっています。まず、この上にバターを乗せまして……」


 とろりと形を崩し、ふわりと香りを漂わせるバターにマーサが目を細める。


「これだけでもそれなりに美味しいんですが、特別な調味料、甘い蜜をかけるのがこの料理の特徴です」


「こいつは甘い料理なのかい? 似たのは食べたことがあるけど、あれはしょっぱかったよ!」


「ええ、キータさんも同じことを言ってましたけど、これはアレとは違うんですよ」


「父ちゃんと母ちゃんだけ食べたことあってずるいぞ!」


「いいから静かにおし! ほら、マサシがまた何かおもしろいもの出すよ!」



(女将さん、ごまかしたな……うっ ポラの目がめっちゃキラキラしている……ご期待に添えれば良いんだけど)


 マサシがカバンから取り出したのは小瓶に移し替えておいたレッド・ビーの蜜だ。


 百円ショップで購入したガラス瓶の中でキラキラと輝く黄金色の液体に視線が集中する。


「わあ……きれい……」

「なんて高そうな容器なんだい……触るのも恐れ多いね……」

「うむ……」


(しまった。地球産の瓶は高級品に見えるんだった……)


 二人の言葉を聞かなかったことにし、本題に入る。


「まず皆さんに先に説明しておきますが、この蜜はとても甘く、栄養があります。

 決して毒物等ではなく、口にしても平気なほどに清潔なものです」


 そう言うと、マサシは匙で蜂蜜をひとすくいし、自分の手にのせペロリと舐めて目を細めてみせる。


「あ! ずるいマサシ! 僕にもちょうだい!」


 打ち合わせたかのようにリュカも蜜をせがみ、マサシはリュカの手にもそれを乗せた。


 リュカもまたそれをぺろりと舐め取ると、幸せそうな顔を浮かべ


「はあ~やっぱりこれ美味しいよお」


 と、目を細める。


 いったい何を見せられているのかと、宿の一家は目を丸くし、また目の前で美味そうな香りを漂わせるパンケーキをいつ食べられるのかとソワソワとしている。


「回りくどい事をしてすいません。皆さんに先入観を持ってもらいたくなかったんです。

 先に言っておきますが、この液体は蜂蜜というもので、レッド・ビーが花の蜜を集めて作ったものなんです」


「「「ええ……?」」」


 食堂に動揺が広がる。レッド・ビーといえば、森に住む凶暴な虫型の魔物である。

 その程度の知識は冒険者以外にも知れ渡っている。


 そして、蜂と同種の虫こそ存在しないが、バッタやトンボ、ハエやアブ、それにG等に酷似した虫は普通に存在しているため、蜂が集めた蜜であると言われれば、どうしても身近にいるハエやらアブやらの姿が頭をよぎって手が引けてしまう。


 ……のだが、マサシとリュカはそれをうまそうに食べ、今目の前でそれをパンケーキにとろりとかけている。


 あたりに漂うのは香ばしいバターと甘い蜂蜜の香り。ポラがごくりとつばを飲み、マーサの腹が唸り声を上げた。


「ほ、本当に人が食べて良いものなのかい?」


「薬の素材にするとは聞いたことがあるからな……体に良いのは確かだが……」


「とってもおいしそうなにおいだよ。ぜったい美味しいやつだって!」


 ふわりと漂う甘い香りに耐えきれなくなったポラがとうとう匙に手を伸ばし、自分のパンケーキにとろりとやって口に運んだ。


「わっ」


 短く一言を発したポラ。その様子を見た親達は大丈夫なのかとその様子を伺っている。


「これは……ポラをだめにするたべものだよ……」


 恍惚とした顔で次々に食べるポラ。何か催眠製の毒物でも入っているのでは? 一瞬そう疑った二人だったが、やはり香りには耐えきれずに二人もとうとう手を付けた。


「ぬ! これは! 新たな境地! ぬううう! 美味い美味いぞ! マサシ! この蜜は! もう無いのか? 俺にも! 譲ってくれないか! マサシ! マサシ! ぐわっ!」


 あまりの旨さにマサシに掴みかからんばかりに身を寄せるキータ。呆れた顔のマーサが手に持ったおぼんで一撃を加え、それを鎮めた。


「ごめんね、マサシ。でもこれ……魔物が作ったにしちゃやたらと美味いねえ。まるでアプラの甘いところを凝縮したような旨さだよ」


 ニコニコと嬉しそうにマーサがパンケーキを口に運ぶ。マーサもポラに負けじと劣らず甘味に目がない。


 強烈な甘みを持つ蜂蜜がかけられたパンケーキは二人にとってたまらないものだった。


 直ぐに回復したキータもそれに続いてガフガフとパンケーキに取り掛かり、最終的には残った二枚のパンケーキを家族三人で取り合う……もとい、分け合うという非常に暖かな光景が繰り広げられていた。


(やはり先入観をなんとかすれば……それを乗り越えて一口食べてもらえればなんとかなりそうだな)


 マサシは確信めいた勝利を感じ、仲睦まじく取り合いをする家族を暖かな目で見守るのだった。

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