第20話 マサシ依頼を受ける
依頼ボードを見ると、A5サイズ程の紙……依頼書がたくさん貼られていた。
嬉しそうにそれを見渡していたマサシだったが、突然驚いた様な顔をすると、依頼書に手を伸ばし、なにやら感触を確かめるかのようにそれを撫で回す。
「その依頼に興味があるの? 受けたいなら撫でるんじゃなくて剥がさないと」
「いいや。そもそも俺はマルリール語は読めないだろ。いやさ、植物紙があるんだなあって思ってびっくりしてたんだ」
「へえ? なんでまた、そんな当たり前のことを感慨深そうな顔で……」
不思議そうに言うリュカにマサシはざっくりと『日本人が抱く異世界感』について語って聞かせた。
ジャンル的に『ファンタジー世界』と呼ばれるタイプの異世界は、何故か昔の地球、主にヨーロッパの文化レベルに似ている設定が多いこと。
この世界もまた何処かそれと似ているということ。
そして『ファンタジー系異世界』では、そこそこの確率で『紙とは羊皮紙の事であり、庶民には手が出しにくい物だ』そんな具合に説明すると、リュカはまたマサシに疑問をぶつける。
「そんな世界ならさ、依頼書みたいな使い捨ての物に紙を使うってのがまずおかしくない?」
「そう言われればそうなんだが、まあきっとなんかあるんだろうよ」
リュカにとことん創作における異世界感をつっこまれ疲れてきているマサシだったが、それはそれ、これはこれ。それなりに文明レベルが高そうな事自体には嬉しく思った。
「そもそも紙が貴重なら木札を使ったり――」
「ああ、わかったわかったってば! そ、それでさ、この依頼書には何が書いてあるんだ?」
「うん? ああ、これはね初心者向けの薬草採取だよ」
「おお、これがあの噂の……」
「折角だし受けてみる? 僕としてはあっちの『リブッカの肉 二頭分 納品』の依頼が良いかなっておもうんだけどさ」
そう言われて少しだけ悩んだマサシだが、直ぐに考えがまとまったのか壁から依頼書を剥ぎ取ってリュカに手渡した。
「やっぱ最初は薬草採取からかなって。なんていうの? 敢えてお約束に乗ってやろうかなって」
「ふふ、マサシがいいならそれでいいよ。得意だもんね、薬草採取」
その様子を見ていた戦士風の男がこちらにやってきて、また何かリュカと話していた。時折マサシの方を見て居るため、マサシはまた自分のことで何かアドバイスされているのだろうと察する。
暫く男と何事か話していたリュカだったが、話が済むとにこやかな表情をしてマサシに内容を伝えた。
「いやあ、あの人リムっていうんだけどさ、マサシが木刀なんか提げてるでしょ? だから心配して声をかけてきたんだよ」
「ああ……武器のこと忘れてたな……」
「んでね、行くのは薬草採取だし、魔術も使えるから浅場の魔物くらいなら平気でしょって言ったらホッとした顔してたよ」
「実際木刀でこれまで何とかなってきたからな。スキル次第で意外といけるかもしれん」
「でもきっとそれそのうち折れちゃうよ」
「まあ、その時はその時さ。折れたら木刀卒業ってことで。でも予備の剣とかあった方が良いんだろうな」
それを買うにもお金が無いんだった……とガックリしかけた所で思い出す。
『かばん』に入れている砂糖や獲物たちのことを。
そもそも、この街には金策と買い物に来たことを思い出した。
リュカによれば採集依頼は用紙に書かれている期限までに納品すれば成功扱いとなり、その期限もまだ日にちに猶予があるようだった。
であれば依頼には明日の朝向かうことにして、今夜はせっかくだしこの世界の宿屋というものに泊まってみようと考えた。
となればやはり先立つものが必要である。
リュカから立て替えてもらっているお金のこともあり、さっさと砂糖や獲物を換金してしまおう、そう思いリュカにお願いをした。
「ああ! 僕も忘れてたよ。そうだね、さっさとギルドに売ってお金にしちゃおうか。ただ、砂糖はまた今度だね。適当に売って良い物じゃ無いしさ」
砂糖という物は少なくともこの国やリュカが訪れた範囲には未だ存在していない未知の調味料だ。
なので換金しようとしても適当な店で売るわけには行かず、長い目で見れば慎重に事を運んだ方が良い、リュカはそう判断したのだ。
となれば手っ取り早く換金できるものは魔物の素材だ。
というわけで、納品手続きのために再び窓口へ。
『マリーさんこれ、獲物ね。えっとあっちのマサシと一緒に狩って一緒に解体したんだ』
『あらあら、仲がいいのね。最近見ないと思ったらいい人見つけてきちゃって。もうアレは済んだの?』
『何言ってるんだよ! まだ兆候はないし、するしない……あああああ! そうじゃないでしょ! 買い取りだよ買い取り! もう!』
『ふふ、でも良かったわよ。貴方結構腕は良いけど気が抜けてるところがあるからね。皆心配してたのよ? 森から戻らないって』
『うん、それはごめんね。でもほら、元気だから! ほら、査定して査定!』
この二人の会話がマサシには伝わっていない、マサシが理解出来ていなかったのはリュカにとって幸運だった。
きっとマサシが聞けば『男同士』のアレを誂われていると思ったに違いないからだ。
そんな事は知らず、マサシは(随分と仲が良いんだな)と一人ほっこりしていた。
仕事モードに入ったマリーはリュカが連れてきた『マサシ』なる男がずらずらと並べていく素材に目を見張った。
普段のリュカは最低限の解体をした状態で査定に出していたが、今回はマサシの意見を取り入れ、より丁寧に、そして細やかに解体をしていたのだ。
さらに容量に見合わない量……いや、明らかに入らないサイズの素材が出てくることにも驚いたが、以前のリュカからは想像がつかないほど細やかに仕分けまでされた素材達。
『ね、ねえ、リュカ。ここまでやったんならギルドに卸さないで店に持ち込んだほうが報酬が増えるわよ? この腱なんて武器屋さんなら結構良いお値段つけると思うし……』
思わずリュカにそう持ちかける。
言われたリュカもなるほどという顔をして、マサシに相談をするが、マサシは首を横に振り、ギルドに卸すように言った。
『ふふ、あのね。マサシがね。ギルドにはお世話になるのだし、儲けさせてやろうってさ。まあ、ぶっちゃけ僕も面倒だし、このまま買い取ってよ』
『貴方達がいいならそれでいいけどねー。まったく、ホント面白い人拾ってきたわね、貴方』
(拾われたのはマサシじゃなくて僕なんだけどな……)
そして二人は金貨三枚と銀貨五十八枚、マサシ換算で三十五万八千円もの金を受け取り、ホクホク顔でギルドを後にした。
「凄いよマサシ。これだけあれば二人で三ヶ月……ううん、贅沢をしなければ四ヶ月は十分暮らせるよ」
「贅沢をしなければ……か。いや、リュカ。ここは敢えて贅沢をしちゃうってのはどうだい?」
「ええ? もう使っちゃうの?」
「いやいや、全部使うわけじゃないよ。俺達には拠点になる『家』があるだろ? 食事も宿もそこで済ませることが出来るわけだ。
でもさ、俺からすればここは異世界。折角なら旅行に来たみたいにさ、街を楽しんでみたいなって思うんだよ」
「あー、なるほどね。考えても見なかったよ」
「それでさ、今日はこの街でいい宿……といっても今日の稼ぎで余裕を持って泊まれる宿に泊まってさ、ご飯も美味いもの食べようと思うんだ」
「いいね! 僕もこの街で宿をとってたけど、安宿だったからね。ちょうど泊まってみたいって思ってた宿があったんだよ。そこ行こうよ!」
「よし、じゃあ任せたぞ! 勇者リュカ!」
「ふふ、じゃあついてきてよ! 遊び人のマサシ!」
「遊び人? せめて魔法使いや戦士にしてくれよ!」
そして二人は仲睦まじく宿を目指してあるき出すのだった。
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