第21話 リュカ宿を取る
マサシの手を引き、リュカが訪れた先は『花の泉亭』という宿で、一泊銀貨十枚とちょっぴり高めの宿だった。
しかし、綺麗な部屋に旨い食事、そして可愛らしい看板娘が居るとの事でそれなりに人気がある宿だ。
そこそこのお値段と言う事もあって、満室になる事はめったに無く、リュカもそれを知っていたため、行けば部屋を取れるだろうと思って居たのだが……。
『えぇー? 満室なの?』
『ごめんなさいねえ、急に冒険者が団体で来ちゃってね。なんでも王都から護衛依頼で来たんだって! 凄いねえ……っと、ごめんね、そういうわけだから……』
『あ、いえ! そういうことならしょうが無いし、また今度来ますね!』
『ああ、そうしておくれ』
しょんぼり顔をするリュカを見てマサシは交渉が上手くいかなかったのだと悟る。そして必死に謝るリュカに『リュカのせいじゃない』と、それを止めさせるとひとつの提案をした。
「じゃあさ、リュカが泊まっていた宿に行ってみようよ。どんなとこに泊まってたのか興味があるしさ」
「え? そう? そうだね! そういうことなら行ってみようか!」
元気を取り戻し再び歩き出す二人。そんな二人の背中に女将の横で小さな手を振り見送る看板娘の女の子。
花の泉亭の看板娘であるこの娘はモフモフとした猫耳が魅力的な美少女で、あのまま泊まれていれば二人のお気に入りとなり、それを切っ掛けとして定宿となって女将共々長い付き合いが生まれる事になった筈だったのだが……。
テンプレの流れを嗅ぎつけ、それをひっくり返してしまったのがフラグリバーサル。
元フラグブレイカーであるその呪いは、どういうわけか女性関係のフラグには特に厳しく、マサシが『今日はいい宿に泊まろう』と思いついた瞬間に――
【モフモフ美少女フラグ……許されないよ……】
――と、フラグブレイカーの残り香もうっすら目を覚ましてタッグを組み、マサシ達が泊まれぬよう謎の力で運命を捻じ曲げてしまったのであった……。
「ここが僕が定宿にしてた【森の語らい】だよ。安いけどごはんが美味しくて景色もいいんだ」
まるで我が家に帰ってきたかのようにはしゃぐリュカを見て、マサシは結果オーライだと思った。そしてそんな二人の前に現れた小さな影。
『あ! リュカだ! おかえりいいいい!』
『わっ! びっくりした! ポラかあ。うん、来たよ。お部屋開いてる?』
『お母ちゃんにきいてくるううう!!』
日に焼けた褐色の肌に短く切りそろえられた赤い髪。元気いっぱいに駆けていったのは今年で五歳になるポラと言う宿屋の子供だった。
ポラはリュカによく懐いており、まるで本当の兄弟の様に見えた。
間もなく戻ってきたポラから空き室があると言う事を伝えられた二人は宿に入る。受付に居たのは肝っ玉母ちゃんと言った具合の女性で、名前はマーサ。夫のキータは厨房で包丁を振るうコックである。
和やかに会話をしているリュカにマサシは宿代について尋ねた。
「え? 一泊? 一部屋銀貨三枚で、二人部屋なら銀貨五枚だよ。ええと……、マサシが良かったら二人部屋にしない? 安くなるしさ、部屋分けるのも……さみし……勿体ないかなって」
その案にマサシは勿論と肯定すると、直ぐにポラが『こっちだよ!』とリュカの手を引いて二階に引っ張っていく。
案内された部屋は以前リュカが泊まっていた部屋と同じ部屋のようだった。
「おお……広いな」
「一人でこの部屋は勿体ないと思ったでしょ? へへ、この部屋ね、向こうにバルコニーがあってさ、森が見えるんだよ」
リュカの種族はエルフである。テンプレの例に漏れず、森に住み、森で暮らすエルフにとって森が見える場所というのは心が安らぐのである。
初めて泊まったときにたまたま二人部屋しか空いて無く、仕方なく泊まってみたら大当たり。
以降、ずっとこの部屋に泊まっていたのだという。
「おお、ほんとだ。俺達が出てきたのはあの辺りかなあ?」
森を見ながらワールドマップを見てみようと、それを開いたマサシは面白い事に気がついた。
マップを拡大し、現在地の様子を見てみると、室内だというのにきちんと詳細な地図が表示され、各部屋の間取りまで明らかになったのだ。二階には二人部屋が四つ、一人部屋が六つあるようだ。
さらに喜ばしい事実が明らかになる。
「あ! すげえ!」
「ん? どうしたの?突然大きな声を出して」
思わず興奮し叫んでしまったマサシは少し照れるようにしてリュカに伝えた。
「ああいやごめん。いやさ、凄いよ。この部屋がさ、ファストトラベル……転移ポイントとして登録されたみたいだ」
「ええーー!」
マサシは『最後に宿を取った場所が仮拠点として登録されるのでは無いか』と推測した。
ゲーム的なシステムを取り入れたのであればその可能性は高いと。
宿が登録されるのではなく、この部屋がという点がありがたい。
これは利用しない手は無いなと、マサシはリュカに提案をした。
「思ったんだけどさ、今日だけじゃ無くてこれからも何処かに定宿を持った方が良いと思うんだよ」
「ん? おうちがあるのに? 勿体なくない?」
リュカは心配そうな顔を浮かべる。
心配なのは宿賃の事では無く、ゲームの続きの事である。
マサシは街に連泊しようと考えている。となれば、かなり終盤にまで進んだアレがかなりの間お預けになると言う事になる。
しかし、その心配は杞憂であった。
「んっとさ、いくら転移で家と往復出来ると言っても夜の間何処かに消えるのはおかしいだろ? 俺は兎も角、リュカは結構知り合いが居るみたいだしさ」
「あー……確かに……それはあるかも……」
「でさ、夕ご飯のあとに家に帰ってお風呂入ってゲームとかやってさ、寝るときまたこっちくればいいんだよ」
「寝るときもあっちがいいな……お布団のふかふか具合が段違いだもん……」
「まあ、最近はリュカも寝坊しなくなったしそれでもいいけど……あの小さな子、リュカに懐いていただろう? あの子が起こしに来たりするんじゃ無いの?」
「あーポラか……たしかに。あの子はどういうわけか僕に懐いててね、ごはんだよーって起こしに来るんだよ」
「んじゃま、朝ご飯の前には戻るようにしよっか」
「うんうん! そうしよう!」
「ま、今日は折角だしこのままここに泊まるけどね」
「そ、そうだよね。折角だもんね……」
リュカは何故かとてつもなく顔を赤くしていた。仲間と同じ部屋で寝るのは冒険者であればよくある事であり、野営をする際にはテント内で肩を並べ寝る事もある。
しかし、この状況はどうにも恥ずかしくて仕方が無かった。
そんなリュカの妙な様子にマサシも気づき、なんだか妙に意識をしてしまって微妙な気分になっている。
(だが男だ、だが男だ、だが男だ……よし!)
そしてまもなく部屋に賑やかなノックの音が響き渡る。
『リューカー! へーんーなーにーちゃーん! ごーはーんだよー!』
「へ、変な兄ちゃん……あはははは! あー、今行くよー! ほら、変な兄ちゃんも!」
「くそ、今の“変なにーちゃん”っていってたのか! 覚えてろよー!」
そして微妙な空気は霧散し、二人は夕食へと向かった。
夕食は中々にボリュームがあった。
ゴロリとした角煮のような肉料理は見た目に反してフォークがスっと通り、口に入れれば甘い脂がとろりと溶けて肉もホロホロとほぐれていく。それでいて噛みしめると豊かな肉汁が舌を喜ばせる。
嬉しいのが小鉢に入っている野菜のおひたしである。どこか日本の山菜の様な野の香りが豊かなその野菜はほろ苦く、脂でトロトロになった舌と胃をリフレッシュさせる。
(米が欲しくなるな……)
唯一残念な点はそこだった。リュカによれば米を売っている土地も僅かながらあるらしいのだが、調理法が粥のようなものばかりで人気はなく、この街で売られることは極稀であるとの事。
マサシの家で炊いた米を出されたリュカは、最初はそれを米とはわからず食べ、良くわからないがやたらと美味い謎の穀物だと思っていたらしい。
『マサシ……お米と一緒に食べたいよね、これ』
『奇遇だな……俺もそう思ってたとこ』
『三日に一回くらいは家でご飯を食べようか……』
『賛成!』
料理が旨いため、当分の間家での食事は取らなくて良いかもと思っていたが、どうやらそうもいかなそうな二人なのであった。
エールを運んできたマーサについでといわんばかりにリュカが連泊交渉をしている。暫く何か話し合っていた二人だったが、やがてリュカが顔を赤くし、マーサが高笑いをして去って行く。
マサシは値下げ交渉に負けたのかと思ったが、そうではなかったようだ。
「ふふー! 三十日で金貨一枚銀貨五十枚の所を金貨一枚にまけて貰っちゃった! やったね! 十日分浮いたよ!」
「おお、そりゃ凄いな! そのくらいなら余裕で稼げそうだし暫くここを拠点にしても大丈夫そうだな」
(日本円にしてざっくり十万円か。朝夕付きのツインで一ヶ月十万はかなり安いぞ……
というか、どう見てもリュカがやり込められてたよなあ? それで値引き成功ってどういうこと?)
「なあ、俺から見るとさ、随分とリュカがやられてたようにみえたんだけど、どういうやり取りだったんだ?」
「べ、別にたいしたことじゃ無いよ! あ、ほら! エールが無くなるよ! 注文しなきゃ!」
「え? まだ半分残ってるけど」
『マーサさーん! こっちにエール二つねー! あ、後川海老の蒸した奴も頂戴!』
リュカは誤魔化すように飲み物を次々にオーダーし、マサシは困った顔をしながらも異世界で初めての『外飲み』を大いに楽しんでいた。
こうして二人のささやかながらも贅沢な夜は更けていくのだった。
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