第16話 金策と森とわたし

 さて、街へ行こうと決めたマサシだったが、そうなると必要になるものがあった。それはお金である。


 異世界人であるマサシはこちらにやってきてから森と自宅を往復するだけであったため、お金というものを持っていなかった。


 リュカは一応いくらか持ってはいたが、裕福というわけではなく、そうじゃなくとも彼に頼る訳にはいかないとマサシは考えた。


 マサシのストレージにはオークを始めとした様々な魔物の素材が入ってはいるが、オークはともかく、その他の魔物はわざわざ弱い魔物を狙って戦っていたせいもあり、実入りが少なそうだった。


 そこでマサシはリュカに尋ねることに決めた。


「なあリュカ。ルクスニア王国について知りたいんだけど――」

 

 マサシが聞いたのは風土や名物、料理に文化などだった。


 それによってわかったのは、ルクスニア王国は大陸の端にあり、王都が海に面している事。


 そのため製塩業が盛んであり、塩は庶民でも普通に使われていること。


 他国との関係も良好であり、香辛料なども潤沢に輸入出来、これもやはり庶民であっても使えるレベルの価格であること。


 まずこの時点でマサシはあてが外れたとがっかりしていた。


 異世界物のお約束である塩や胡椒で一儲けできるのではないか、そう考えていたのだ。しかし、そううまい話はなく夢は潰えてしまったのだった。


しかし――


「あ、でもサトウ? だっけ。あの甘くて白いのは多分無いよ。甘い物と言ったらせいぜい蜜や果物くらいでさ、びっくりしたもんね。塩かと思ったら甘いんだもん」


「そ、それだあ!」


 マサシは感謝した。お盆にやってくる親戚に感謝した。


 マサシの住んでいる土地では、お盆になると故人を知るものや親戚などが供物をもって拝みに回る習慣がある。


 言ってしまえばお中元と供物をまとめてしまっているような具合なのだが、『お盆の売出し』でやたらと売り出すためか、砂糖1kg2袋セットを持ってくる親戚が沢山いるのだ。


 それも毎年だ。


 長いこと妹と二人暮らしだったということもあり、マサシは砂糖は買うものではなく貰うものだという感覚で、さらに言えば使い切れないまま増える砂糖が物置に沢山積み重なっている。


 その量およそ六十キログラム 。


 しかし、このまま売るのは少しまずい。少しでも異世界に溶け込むような容器に入替えなければ面倒なことになるだろう。


 そう考えたマサシは『ああ……アレはこのために俺のもとに来たのだな』と、かつての失敗を思い出す。


  ネット通販のキャンペーンで『一万円以上お買い上げでポイント10%還元』に踊らされたマサシは、金額調整のために二千円で売られていた小瓶を買ったことがあった。


 セール中なのに妙に高いなとは思ったが、どこかレトロなジャム瓶を感じさせるデザインに惹かれ、ノリでポチったのだが……。


 マサシは気づかなかったが、それは『ひとつ』の価格ではなく『1セット』の価格。


 家に届けられたのは1セット200瓶入りの小ぶりなジャム瓶。


 ズッシリと思い段ボールを見たときは何の冗談かと思ったが、中を見てますます混乱し、納品書を見て納得したとともに、何も見なかったことにして物置に封印していたのである。

 

「まさかこれが役に立つ日が来るとはな……」


 小瓶にきっちり入る量を計量してみると、キッチリ50gだった。


 この瓶ひとつでいくらになるかはわからなかったが、取り敢えず一袋分を小瓶に移し替えた。


「とりあえず二十個で勝負だな。万が一これがだめでも、街まで向かう途中に狩った魔物を売れば少なからずお金になるだろうし……どうにかなるだろ」


 その日は早めに布団に潜り込み、翌日の出発に備えた。



 翌朝、鍛錬を終えたマサシは身体を清め、朝食を作る。


 ニラのような薬草の味噌汁に森で強奪した何かの溶き卵を落とした物、鯖の水煮(缶詰)に、ほうれん草っぽい薬草のおひたしにご飯。


 それと、今日はおにぎりをいくつか握った。ファストトラベルが使えるわけなので、別にお弁当を作る必要はないのだが、それはそれ、気分の問題である。


 緊急時は別として、今日は何とか森を抜けるところまでは帰らず頑張ろうとおもっていたのだ。


 朝食を済ませると、二人仲良く手を繋いで森まで転移した。


『行った事がある所』に転移が出来るファストトラベルだが、融通が効くようで効かない部分がある。

 

 現在マップにマークされているのは相変わらず『隠れ里』と『タトラ大森林』の二箇所のみ。もしやと考えたマサシは踏破済みの適当なポイントをタップしてみたのだが、やはり無反応。


 どうやらポイントとして登録されるには何らかの条件があるようだった。


 なので、なるべく森の外側に近い所に転移するという小技は使えず、いつもの場所に転移するしかなく……。


「さて、冒険者リュカくん。出口はどっちかな?」


「……街の南に森があるから北に行けば良いのはわかる。そして僕は北がどちらかわからない」


「そんなんでよくここまで来たね!?」


 リュカは元々他の冒険者同様、帰りやすい入口付近を狩り場にしていたらしいのだが、あの日は深追いをして入り込んでしまい、そこでやらかし気絶してオークに攫われてしまった。


 マサシと出会った場所、意識を取り戻した場所は覚えているが、気絶中に動かされたのでそこがどの辺なのかがわからない。


 そして肝心な『方角を知る道具』をリュカは持っていなかった。


「来たというか、攫われちゃったんだからしょうがないじゃないか。方角の魔導具だって、そのうち買おうと思ってたし……ほんとだよ?」


「はいはい、しょうがない、しょうがない。でもリュカ、北に行けば良いという情報はお手柄だ」



 街の方角を聞いたマサシは『勝った』と思った。


 そう、マサシには位置を知るすべがあった。コンパス……ではなく、スマホだ。


 普通に考えれば、ここは地球ではない何処かなので、位置情報的な仕組みは使えないはず……が、以前ノリで試してみた所、方位だけは測定できるのに気付いた。


 これはスマホが内蔵している電子コンパスの磁気センサーのおかげだった。


 それはラナウェールにおいてもキチンと方角を指し示してくれ、対応した人工衛星なんてものは存在しないため、当然地図アプリは役には立たないのだが、別途インストールされているコンパスアプリは十分便利に使えたのである。


 そんな事を知らないマサシは『どうして使えるんだろ? 人工衛星なんてないはずなのに……まさか女神様のまごころとかそういう……?』と、勝手に女神の株を上げていたのであった。


「そのすまほ、ってのも面白いよね。まさか方角の魔導具にもなるなんてびっくりだよ」


「他にも色々と便利なことができるんだけど、それはま、追々な」


「きっとだよ! そうそう、すまほがおっきくなったようなさ、たぶれっと? も触ってみたいな」


「あー、余ってるのあるからさ、ひとつリュカ用にやるわ」


「ほんとう!? ありがとう、マサシ!」


「お、おう」


 二人仲良く、キャッキャとはしゃぎながらアプリが指し示す『北』に向かってひたすら歩く。何度か魔物と出会ったが、レベルが上ったマサシ達の敵ではなかった。


 ……ある程度レベルを見て挑んでいたし、倒していたのはリュカの魔術の力が大きかったのだが。


「こりゃああれだな。お金が出来たら武器買わないとな。やっぱ木刀じゃダメだわ。鎌威太刀撃つことしかできないわ」

 

 木刀は木刀であった。


 これでももう少し弱い魔物であれば十分に武器として使えたのだろうが、転移ポイント周辺に現れる魔物たちはレベルが20~50と中々の強敵。木刀等では決して太刀打ちできるような相手ではない。


 それでも、怪我をする事なく済んでいるのは……リュカのおかげであり、特性のおかげでもあるのだが、それについてはまた後で。



 途中何度か休憩を挟みながらも、日が暮れる頃には何とか森の出口にたどり着いた。


 マサシが恐る恐る『マップ』を開いてみればきちんと『タトラ大森林入り口』の名前が表示されていて、ほっと胸をなでおろす。



「しかし、朝から歩いてようやく出口に来たわけだけど……リュカ、お前一体どれだけの距離オークに運ばれたんだよ……っていうか、その間何もされなくて良かったね……」


「うう……そうだね……ゾッとしちゃったよ……」


 ここから街まで歩いて一時間はかかると聞いたマサシは『出口』が登録されたことを心より嬉しく思いながらリュカの手を握り、二人仲良く家に転移するのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る