第15話 食糧危機

 あれから一週間が経った。


 日々のレベリングが実を結び、マサシパーティの平均レベルは40を目前としていた。以前とは比べ物にならないほど覚えた魔法、苦戦したモンスターと十分に渡り合える攻撃力。


 会えば絶望しか感じなかった敵からの攻撃に十分に耐えるHP。何もかもが強化され、魔王城突入は目前となっていた。


 そう、ゲームの話である。


 マサシは酷く後悔していた。


 リュカは某ドラゴン探索Ⅲにどハマりした、してしまった。


 朝の鍛錬と家事は流石にサボることはなかったが、それ以外の時間はそっくりゲームに費やされてしまった。


 おかげで勇者マサシのパーティーは魔王城突入レベルに達し、あと5~10も上げれば条件次第で魔王撃破も叶うのではないかという所まできていた。


 そのアオリを食らったのが現実リアルである。これまでの狩りのおかげでそれなりにまだ持つ量の食料は残っているものの、どう考えてもこのままではジリ貧である。


 何より、二人に増えたことにより目に見えて減っていく米。ここの土地はかなり広いため、その気になれば野菜や穀物の自給自足も出来なくはなさそうだったが、肝心の種が無いのだ。


 野菜のことは地球のそれとよく似た薬草や野草があるため、なんとかなりそうだったが、米はともかくパンがないのはなんとかしたいと思っていた。


 リュカがリセットボタンを押しながら電源を切り、食卓へ来たのを見てマサシが切り出した。


「そろそろ動き出そうと思います」


「動く? 魔王倒しに行くの!? まだまだレベリングしたいなあ」


「ゲームじゃねえよ! 現実の話! リーアール!」


「ああ!」


 すっかりゲーム脳である。


 とは言え、デメリットばかりではなかった。リュカが、なんとリュカが日本語を覚えたのだ。


 と言っても、ひらがなとカタカナを読めるようになったと言うだけではあるが、ここまで早く覚えられたのはエルフの知力があってのことだろう。


 そのおかげで吹き替え業から引退することが出来たマサシはほっと一安心といったところだったが、せっかくだからそのうち漢字も教えて様々な地球の知識を学ばせようと企んでいる。


 さて、話は戻って食料調達である。


「ええとですね、俺とリュカがパンの代わりに食べているお米ですけどね? このまま米食だけ続けてしまえば……二ヶ月後にはなくなります!」


「ええ? 二ヶ月しか持たないの? どうしよう……もうお米無しの食事なんて考えられないよ……」


 ようやく切迫した食料事情に気づいたリュカ。


 ここからは早かった。マサシはある程度サバを読み、二ヶ月と言ったのだが実際の所まだ半年分のストックはある。これは田舎の伯父が毎年送ってくれているおかげでもあったが、それをばらしてしまえばリュカはきっと再び地底の魔王討伐に向かってしまったことだろう。


 二ヶ月という遠いようで近い絶妙な距離感をちらつかせることにより、リュカの尻に火が着いた。


「あのね、森を抜けた先に普人種ヒュームの街があるんだ。そこでパンとか麦とか調達すればさ、お米を節約できるよね?」


「ほほう。それはどんな街なんだい?」


「ええとね、森に現れる魔物を狩る冒険者が集う街で、確かラナールとかいったかな。普人種ヒュームが治めている街だけど、エルフやドワーフ、獣人なんかも居てさ、賑やかなもんだよ」


「へー、差別とか無いの?」


「それは大丈夫。そういう国もあるみたいだけど、ラナールがあるルクスニア王国はそういう差別的な思想を禁じててね。だから僕も里を飛び出して街で冒険者をしてたんだよ」


「里を飛び出したんだ……ていうか冒険者だったんだ」


「ああ……言ってなかったか。まあうん、そうなんだよ」


『秘術』のあれやこれやと、別のあれやこれやに嫌気がさしたリュカは里を飛び出し普人種ヒュームの国へ向かった。そこは差別がないと聞いていたルクスニア王国。


 里で聞いていたとおり、差別なく様々な種族が住むその国は穏やかな人々が多く、リュカにとっても非常に暮らしやすい土地だった。


 そしてリュカは広大な森の近くにある『ラナール』に目をつける。エルフ故に森に惹かれやってきたのだ。流石に魔物あふれる森に住もうとは思わなかったが、宿の窓から遠くに森が見えるその街はとても気に入っていた。


「でまあ、ラナールでのんびり冒険者をしてたんだけどね、ついつい調子に乗ってちょっと奥まで入ったらさ、トレントから魔力吸われて気絶しちゃったってわけよ」


「あー、それでオークに担がれてたってわけか。男なのに」


「うん? ああ、まあうん、そう。ったく、MPさえあったらあんなオーク如きに……」


「でもさ、あのオークLV38もあったぞ? 倒した翌日4もレベル上がってたしな」


「ええ……? ほんと……? よく倒したね!」

「それはまあ、運がよかったというかなんというか」


 ゲームをやらせた恩恵としてレベルでの説明がしやすくなったのは僥倖だった。いや、そもそもそのためにやらせたのだったが。


「でまあ、宿暮らしだったしさ、元々あまり多くない荷物だから全部持ち歩いてたんだよ。だから別に急いで帰る必要もないかなって遠慮なくマサシの家でのんびりしてるってわけ」


「なるほどなあ。そっかそっか。それでこれからラナールに向かうわけだけど、リュカはどうする?」


「え? どうするって?」


「うん、街についたらまた宿に戻って冒険者するのかなって。だったら少し寂しくなるな……って思ったんだけど……」


 本当に寂しそうな顔をするマサシを見てリュカは少し考える。


 そもそもリュカの中に宿に帰るという選択肢はそもそもなかった。未知の道具やふかふかの寝具による快適な暮らし、なによりマサシの飯がやたらと美味い。


 米を節約して長持ちさせようと提案したのは、ここに住み着く気が満々だったからだ。


 イマイチ他人と上手く組めていなかったリュカにとってマサシは気が置けない貴重な仲間であり、何よりマサシが持つ謎のスキルとやらの恩恵はあまりにも大きかった。


 そう、リュカもマサシから離れるのが嫌なのだ。


 友として、仲間として、短いようで長い期間をひとつ屋根の下で暮らしたマサシから離れ、一人宿で寝起きをして森に向かう、そんな事はもう考えられなかった。


 だからリュカは笑顔でマサシに答えた。


「ううん、マサシが許してくれるのであれば僕はもう暫く一緒に居たいよ。なんならマサシも冒険者登録してさ、一緒に活動しようよ。ね! いいでしょ? もうマサシ以外のパーティーメンバーは考えられないよ」


「リュカ……」


「それに……魔王をまだ倒してないし、あのげえむの仕組みを見るに他にも色々遊べるんだよね? 僕にはまだまだ倒すべき敵が居るんだよ。この家にね!」


「……」


 リュカがマサシから離れられない一番の理由、それは真か嘘かゲームであった。レトロゲームから最新ゲームまでかなりの数を売らずに取ってあるマサシの家はリュカにとって宝の山に等しいことだろう。


(アレを全部片付けるって……何年居る気だよ……)


 頭を抱え呆れながらも、なんだかほっとしたマサシであった。


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