第36話 マサシ、変な森の人をやめる
朝が来た。
本日のマサシはやる気に満ち溢れていた。
そう、今日のマサシには大きな目標があるからだ。
リュカを連れ、隠れ里に転移をして日課の鍛錬をこなすと、素早くシャワーを浴びて宿に戻る。
いつものルーチンだが、普段と比べて妙に元気がいいなと、リュカは首を傾げていた。
下に降りればちょうど朝食の時間になっていて、席につくとサッパリとしたトマトのような野菜のスープにパン、スクランブルエッグと言った料理が並べられた。
それらをきちんと胃に納め、ごちそうさまを済ませたマサシは小さく気合をいれ、リュカと共に街に出た。
「なんだかさ、今日のマサシって普段よりやる気に満ち溢れているよね」
「そうかな? 俺はいつでもこんな感じだと思うけど……」
その瞳には迷いはなく、ただひたすらに目的地に向けて脚を動かしている。
現在時刻としてはまだ八時半を回った頃だが、この世界の店は七時には開店をしているため賑やかなものである。
その分、十六時にはあらかた閉まってしまうわけだが……飲食店以外の店をそんな遅い時間まで利用しようとする客は居ないため、特に問題はないようだ。
普段はフラフラと露天を冷やかしているというのに、今日のマサシは違った。
何処か目的地があるようで、寄り道一つせず真っ直ぐに歩みを進めていく。
(ほんと今日のマサシは変だ。一体何処に向かっているんだろう?)
と、首をひねるリュカだったが、ぴたりと立ち止まったマサシが熱い視線を向ける方向を見てようやく全てを理解した。
(マサシ……よっぽど気にしてたんだ……)
そして、とうとう目的の場所に到着した。
それは小洒落た木造建築の店だった。
マサシはおそるおそる可愛らしい扉を開くと中に入っていく。
「いらっしゃいませー……あら、面白いお客さんだ」
中から現れたのはリュカと同族……エルフ族の女性だった。
入ってきたおもしろい客――マサシを見て嬉しそうな顔をし、その背後から顔を出したリュカを見てさらに表情を明るくする。
「やっぱりリュカもセットなのね! うふふ、ねえ、お客さん。今日はどうしたの?
やっぱり服を買いに? って服屋にきたんだから当たり前か。でも、君が好む服はここにはないかも知れないわよ?」
顔を合わせるなりそんなセリフを店員から言われ、どう反応していいやらマサシが困っていると、リュカが前に出て対応を始める。
「ちょっと! ラルカ! いきなりなんだよ! マサシに失礼でしょ!」
「あらあら、リュカ……とうとう兆候がくるのかしら?」
「も~~~! それよりマサシが好む服がないって何さ!」
置いてけぼりになってるマサシは店内を見渡していたが、店員のラルカが言うほどマサシの好みが無いと言うことはなく、寧ろ好ましい服が色々と揃っていた。
「え……だって、マサシくん? って噂の古代エルフでしょ? 今どきエルフでも来ないような古風な……それでいてちょっと違う様な服が好きな変わり者。如何にも森の人~って感じで――」
「「違うから!!」」
「あらあら違うの? 街で噂になってるわよ」
「「えっ!?」」
どうやらマサシは誤解をされていたようだ。
それも、街の多くの人達から……。
『お、あれが噂の古代エルフか』
『エルフの里で育ったらしいが……にしても変わり者だよなあ』
『服屋のエルフがエルフでもあんな古風な服は着ないって言ってたぞ』
知らない所で、知らない人たちから『古代エルフ』とあだ名を付けられるほどに誤解をされていたようだ。
たまに違う服を着ていると思っても、やはり同じような妙にズレたデザインの服で。
むしろ何処であれを買えるのだろうかと話題になっていたくらいである。
ラルカを初めとした服屋を営む者たちからは、なかなか攻めたセンスを持つ匠のファッションモンスターだと好ましい目で見られていたりもした。
なので、店主のラルカはマサシが現れたとき、あまりにも普通すぎる服を見てガッカリされてしまうと心から思ったのだが……。
「まあなんといいますか、何故か買えないままでしたけどね、俺もこの服が浮いてるのには気付いてますからね! 今日こそちゃんとした服を買おうと思ってきたんです」
「そうだよ。マサシはこれしか持ってないから仕方なく着てただけで、別にこれが好きで着てるわけじゃ無い……んだよね?」
「あ、ああ……もっと普通の服の方が好みだよ」
「なんですって……」
その言葉にラルカは嬉しく思うと同時にがっかりした。
確かにあの服は普通の人から見れば珍妙に映るだろう。しかし、わかる者がみればそうではない。古臭さの中に隠れ住むどこか先進的な空気。
そして、それを着こなせて居ないように見せかけつつ、それを持ち味にまで昇華させているマサシという存在。
そのマリアージュを非常に好ましく思っていたのだ。
服屋達が集まる会合でもしばしば話題に上がり、マサシにはあの服を着続けて貰い、この停滞しかけている服飾業界に新風を吹かせて欲しい、なんて事を言われていた。
しかし、マサシからすればそんな事は知ったこっちゃない。
子供達からは指をさして笑われ、おっさん達からは酒の肴にされる。マサシ自身、密かにこの服を少し気に入ってたりするのだが、ネタにされるのであれば話は別だ。
「はあ……そう言う事ならしかたないわね。ああ、もったいない、もったいない……」
そして惜しまれつつもマサシの服は『普通』になった。
クリーム色のポロシャツのような物の上に緑色のジャケット……マサシは黒が良いと言ったのだが、リュカとラルカが緑を推しに推して結局緑色にされてしまった。
ボトムズは茶色のチノパンのようなもので、これもマサシは黒が良いといったのだが、同じく2人によって茶色にされてしまう。
一応デザイン的にはまともになったが、実は色合い的には前とそこまで変わっていない。
しかし、ラルカの水魔術【
そしてその場で着替え、元の服を『カバン』に入れようとしたマサシをラルカが止める。
「ねえ、良かったらその服、譲ってくれない?……お気に入りみたいだし、よかったらでいいんだけど」
譲ってくれれば今回の服代は無料にしてくれるとの事だったので、マサシは了承をし、服を手渡すと、少し考えて提案をする。
「あの、ラルカさん。良かったらこの変な服、もっといりせんか? 冗談抜きで服屋を開けるほど持ってるんで……そうですね、四着くらい……良かったら……どうです?」
「ほ、欲しい! けど、待って! ちょっとだけ考えさせて!」
マサシの提案にラルカは即答で食いついた。
妙は妙であったが、見た事もない素材と縫製はラルカにとって良いサンプルとなり、既にゲップが出るほど飽きていた既存のデザインに一石を投じるきっかけになる、そう確信したからだ。
しかし、どうお礼をしたらいいかがわからない。
今回は服と交換という事で渡したが、どう考えても釣り合っておらず、本来ならばもう十着は出さなければいけないくらい価値がある服なのだ。
(うう……欲しい、欲しいけど、流石に次は適価で取引しないといけないわ。
真っ当な商売人として、良い物には正しい価格を支払いたいもの)
しかし、四十着分の支払いとなると予算的に非常に厳しい。
物々交換でもそれは同じこと。
(うううう! 欲しい! すっごい欲しい! どうしよう!)
ラルカは対価をどうしようと考え込んでしまった。
(全部声に出てるんだよなあ……ていうか別にお金とか要らないんだけど、そうもいかなそうだね……あ、そうだ。これならどうだろう)
うんうんと頭を抱えて唸るラルカを見てマサシが笑顔で提案をする。
「お金はいらないので、後で俺に裁縫を教えてくれませんか?」
その提案にラルカは『え、そんなんでいいの? 乗ったわ!』と力強く叫ぶ。
(どれくらいの期間習いに来るのかはわからないけど、謎の服の対価としては破格だわ。
技術の提供が対価なら不義にはならないし、これを受けない服飾職人なんている? いるわけないじゃない!)
服を手に入れ、裁縫スキル取得の足がかりも出来たマサシがウキウキ顔で宿に戻ると、店先を掃除していたポラが笑顔で駆け寄ってきた。
「お帰り! リュカ! にーちゃ……にいちゃん……服どうしちゃったの?」
「服かい? どうだ、前の変な服じゃないぞ! ちゃんとした服だ!」
「変な服のにーちゃんが普通の服になったら……ただのにーちゃんじゃないか……」
なぜだか心底がっかりとした顔をするポラ。
思いもしないリアクションをされて微妙な気分になるマサシなのであった。
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