第37話 マサシへんな服を納品する

 銀の牙との約束である蜂蜜採取は、オークションが終わってからと決めていたため、マサシはとても暇を持て余していた。


 リュカが目で『ゲームをしに帰ろう』と訴えては来るが、街で大人しくしている間は家に戻るのは夜間のみと決めているため、首を縦には振らない。


 まったく、リュカは隙あらば家に帰りたがってしょうがないな、そう思った時、ぽっとラルカとの約束が頭に浮かんだ。


(そうだ、服を持っていかないと)


 マサシはポラに『ちょっと荷物を取ってくるよ』と伝え、借りている部屋に入ると素早く自宅に転移する。


 例の服たちがひしめく怪しげな部屋から、マサシでもキツいと判断した服を四着……キリが悪いので五着選ぶとハンガーごと紙袋に入れて宿屋の部屋へと戻った。

 

 宿から外に出ると、ややふてくされた顔をしたリュカが待っている。


「マサシ酷いよ。一人で家に行ってきたんでしょ」


「ごめんごめん。ほら、ラルカさんに服をあげる約束をしてたでしょ。それを取りに行ってたんだよ」


「むー」


 別についていった所でゲームができるわけではなかったが、リュカはそれでもなんだかちょっと寂しく感じていた。


 いつの間にかマサシと二人で行動することが当たり前となっていて、マサシが何も言わずに単独行動をする度なんだか胸のあたりがチクリチクリとするのだ。


 今日もまた、突然宿に戻ったマサシに対してちょっとした苛立ちを感じている。


 それを知らぬマサシはいつもどおりの笑顔でリュカに語りかける。


「ごめんって。ゲームは夜やるんだから良いだろ? それよりラルカさんの店に行こうよ。折角だからリュカも俺と一緒に裁縫を習えばいいじゃない。ね?」


 リュカは別に裁縫に興味などは無かったが、『一緒に』という部分には大いに反応した。先程までプリプリとした表情をしていたリュカだったが、マサシの提案に機嫌が治る。


「しょうがないなあ。うん、折角だから一緒にやってあげるよ」



 ニコニコと嬉しげなリュカはマサシの手を引き、店へと急がせる。


「ちょ、そんな引っ張るなって。ラルカさんは逃げないだろ……多分」


 あっという間に店につき、中に入ると気怠げな声が聞こえてきた。


「いらっしゃ~い……眠いから適当に見て……ってマサシくんじゃない! ほらほら! 入って入って!」


 やってきた客がマサシだと気づくと突然態度が変わった。


 心から嬉しそうなラルカを見てリュカはなんだか微妙な顔を浮かべたのだが、ラルカはその表情を見逃さなかった。


 すばやくリュカの元に駆け寄ると、耳元に口を当て小さな声で囁く。


『ふふ、大丈夫よ。私が興味を持っているのはマサシくんの服よ。中身はリュカにあげるわ』

『……な!』

『前に見たときと比べるとさ、リュカちょっと変化してるもの。兆し、来てるでしょ』

『し、知らない! そんなの知らないよ!』

『うふ、ほんとリュカったら可愛いんだから』

『もー! 今日はからかわれに来たんじゃないんだよ!』


 そんな二人のじゃれ合いには気づかず、マサシは興味深そうに服を眺めていた。


 地球の服屋にもそれはそれは様々な種類の服があり、それらはサイズも豊富に取り揃えられていた。


 しかし、この服屋に並んでいる服はどれ一つ取って同じものが存在せず、マサシは(もしかしたら既製品という概念がまだないのかも知れないな)と考えていた。


 それがあれば、着たい服を着られる人が増え、服屋も儲かるのになと、量産出来る仕組みを思いついたら提案してみるのも悪くないかもしれない、そう考えて居るのだが……。


 それをこれまでこの世界の服飾職人が思いつかないわけではなかった。


 型紙があれば同じ服を量産するのも難しくはないため、やろうと思えば出来るし、試しにやってみた者もは居るには居たのだ。


 今も一部の店では既製品が売られては居る……けれど、その仕組みは広く普及することはなかった。


 その理由として種族の多様性が上げられる。


 人間族ヒューム、エルフ族、ドワーフ族、ノーム族はまだ良い。少なくともサイズの調節だけである程度なんとか対応が出来るからだ。


 そこにドラゴニュートや鳥人族等の有翼人種が加わるわけだからそうは行かない。人口数には地域差はあれど、土地によっては無視が出来ない程に人口が多いため、流通を考えると有翼人種向けに考慮した服も用意する必要がある。


 まして、猫族、犬族等の獣人達は体の作りこそ人間と同じだが、立派な尻尾を持っているためそれを出す仕組みを付ける必要がある。


 それぞれの専門店を作り、そこに向けて卸すような仕組みが出来ればまた話は変わってくるのだろうが、まだそこまでのことが出来るほど世界は成熟していない。


 なので基本的に服というのは自分で作るか、服屋に作ってもらう物であり、店頭に並んでいる服は暗に古着であるということを示している。


 ラルカの店に並んでいる服たちも古着が大半を占めていたが、それに混じってラルカが暇つぶしに作った服も並べられていたりする。


 それらの服は他の古着より値段が高く、独特の雰囲気が漂っているため、誰が見ても『古着ではない』と気づくことができる……が、それを手に取るような感性を持つものはマサシの様なファッションモンスターくらいのものなので、めったに売れることは無いようだ。


「さっそくですが、持ってきた服を見てもらえますか?」


 声を掛けると、ラルカはリュカに構うのを辞めて素早くマサシの所にやってきた。


 何故かリュカから恨みがましい視線を向けられているマサシはそれに首をかしげつつ『かばん』から服が入っている紙袋を取り出した。


 その様子をラルカは面白そうに眺めている。


(あれは……マジックバッグとか言うやつかしら? 出てきた紙の袋も面白いけど、あのカバン、素敵よね……あれを使えば仕入れがどれだけ捗ることか……って、それどころじゃないわよこれは!)


 しかし、興味はもの凄い勢いで服へと移った。


 今目の前に並べられているものはマサシから見ても『前衛的すぎてキツい』服たちだったが、結果としてラルカをオーバーキルする勢いで喜ばせてしまった。


「なに……この……なに?……ええ……こんな服って……ありえない……」


 戸惑うセリフとは裏腹に頬は紅潮し、目は爛々と輝いている。どうやら裁縫魂に火が灯ったようだ。


 とうとう我慢ができなくなり、服を持ち上げようとしたラルカが何かに気づく。


「あれ? 中になにか……かたいのが?」


 服に手を入れ、ラルカが取り出したのはハンガーだった。


「わ! なんか入ってたわよ。なにこれ?」


 何か服についていた装飾品だろうか? それともかばんの中で紛れたものだろうか? 困惑するラルカにマサシが説明をする。


「この辺りでは使ってないんですか? 服をかける道具なのですが」


 ハンガーに服をかけ、右手に持って横に倒した木刀にかけてみせる。


「ほら、こうすると折り目が着かずに服を仕舞えますし、どんな服か見やすいでしょう?」


 ラルカは膝を打った。


 この手の道具が無いわけではない。


 貴族などは人を形どったマネキン的な物を所持していて、それにドレスを着せ、ドレスルームにずらりと並べているのだ。


 しかし、その様な道具は非常に高価であり、また場所をとるため一般には広まっていない。その話を聞いたマサシは(何故そこまで思いついてハンガーに至らないのか)と首をひねる。


 単純な話、華が無いからである。


 貴族の女性は同性の客人が来た際、ドレスルームに案内してドレス自慢をする。その際、それを身にまとっているマネキンの美しさも見栄の中に含まれているわけだ。


 その見栄が要らない一般庶民はと言うと、季節ごとに二着程度の服を持っているのが普通で、シーズンが終わって着なくなった服は箱に入れ、部屋の隅か物置にしまわれるため、ハンガーを作った所で需要はあまりないだろう。


 もしかしたら、それを思いついた職人が居たかも知れないが、わざわざ作って売るほどじゃないなと考え、広まらなかったのかも知れない。


 しかし、服屋となれば話は別だ。


 畳んで並べられている服達を、このハンガーにかけて並べたらどうだろう。


 両手で持って広げるまでわからなかった服の全容が、手に取る前から明らかになる。


 入店して直ぐに出迎えるのは、今季おすすめのワンピース。

 入って直ぐにそれが目に入れば、きっとお客さんもびっくりする事だろう。


(服掛け人形なんてとても買えないって思って諦めてたのに、こんな簡単な物で似たようなことが出来るなんて……最高じゃない!)


 ラルカはハンガーごとくれると言うマサシに心より感謝をし、これは服屋の革命だからハンガーをもっと作って欲しいと提案をした。


(服屋の革命……? 結構大事になりそうだな……となれば、これは相談したほうが良さそうだ)


 マサシはオークションの話が終わったら、アルベルトに相談しようと決めた。


 もしかすれば、これは服屋だけに収まる話で終わらないかも知れない。


 連鎖的に庶民にも広まっていく、そんな予感がしたのだ。


「ちょっと今はやる事が多いので……後で知り合いの商人に相談してみますね」


「ええ、ええ! 急がなくていいけど、絶対よ!」


 マサシを見つめるその視線は非常に圧が強く、ああ、これは逃げられないなあと。

 そして、なんだかやることがどんどん増えていくなと苦笑いをするマサシだった。

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