第38話 マサシ 裁縫に手を出す

 急ごしらえのドレッサー……壁につっかえ棒を渡しただけのものに服をかけ、悦に入るラルカ。


「うふふ、いいわね。やっぱり服はこうしたほうが着た時のイメージがしやすいわ」

 

 満足げなラルカにマサシは本来の用件を忘れそうになるが、リュカに突っつかれて漸く本題に入る。


「それで、今日来たのは納品もなんですが、出来れば裁縫も今日からちょこちょこ教えてもらえればなと……」


 おずおずと切り出すマサシにラルカも漸く我に返る。


「あ、そう言えばそんな話もしてたわね。いいわよいいわよ。どうせお客さん来ないし」


 この店に来てからかれこれ三十分は経っているが、確かに客の姿はない。


 服は基本的に消耗品であり、防具や防寒的な役割をする……言ってしまえば肌を隠すために身にまとう物であると割り切った考え方をしている者が庶民には多い。


 庶民の中にもお洒落志向の者も僅かではあるが存在するのだが、古着とは言えそれなりの値がする服をホイホイと買いに来れるような裕福な者は居ない。


 そして、この国では買わないのに店に入る『ウィンドウショッピング』という風習がないため、店に来るものは服を買いに来るものだけだし、庶民が服を買う必要にかられるのは年に一度あるかないかなので、基本的に閑古鳥が鳴いているというわけなのだ。


 そんな店でも何故潰れずにやってられるかといえば、服の修繕依頼のおかげだ。


 買うよりも安く済む修繕自体の需要はそれなりに多い。


 特に冒険者ともなれば服を傷めることが多く、稼ぎが悪い冒険者たちは古着を買うよりは、と修繕を選ぶことが多いのだ。


 依頼の客が来るのは大体夕方くらいなので、この時間は大抵暇なのであった。


「じゃ、どうしよっかな。まずは簡単な袋でも作ってもらおうか」


 ラルカは見本となる小さな巾着袋を置き、簡単に手順を説明しながらちゃっちゃかちゃっちゃか縫ってあっという間に一つ完成させてしまう。


 リュカはお手上げという顔をしていたが、マサシは小学生の頃家庭科で作ったナップザックを思い出し、あれと似た感じだなと手応えを感じていた。


 結果としてマサシはそれなりに褒められるものを作り上げた。


 が、リュカは全く駄目。


 合わせ目は出鱈目、縫い目は大雑把。さらに糸を止め忘れていたため、スルスルと抜けてしまう始末だ。


 泣きそうな顔をするリュカにマサシが優しく教えていく。


 それを修繕作業をしながら見つめていたラルカは微笑ましいものを見るかのようにニコニコとしていた。


 マサシの手伝いもあり、リュカも漸く一つ目の課題をクリアする。ラルカは二人の作品を検品し、満足そうな顔で『合格』と言った。


「リュカの頑張りも凄いけど、マサシくんは素晴らしいわね! あなた何処かでこの仕事をしたことあったんじゃないの? 手付きが素人じゃないわよ」


 その質問にマサシは苦笑いをする。まさか小学校や中学校の家庭科でやりましたとは言えない。なので、空想上の祖母を呼び出してその理由に使った。


「あー、俺を育ててくれた婆ちゃんが『男でも出来ねば駄目だ』と教えてくれたんですよ。お蔭で簡単な袋や前掛けくらいは作れるようになりましたし、繕いなんかも出来ますよ」


 それを聞いたラルカは関心したように頷く。


「そう! そうなのよ! 冒険者のアホども、次から次へと服をダメにして帰ってくるのよ! そりゃまあ私の収入になるけどさあ、ちっちゃーな穴くらい自分で覚えて縫いなさいよっていつも思うわけ。

 その点マサシくんはえらいわよ。自分で何とか出来ちゃうんだからね」


 なんだか機嫌を良くしたラルカは今日の分の布をもう一枚サービスし、マサシとリュカはもう一つずつ巾着袋を作ってこの日の講習は終わりとなった。


 ラルカの店を出た二人は屋台で昼食を買い、広場の椅子に腰掛けて仲良く食べた。今日買ったのはお好み焼きのような粉物だった。

 

 刻んだ野菜と肉や何かが混ぜ込まれた生地が鉄板で焼かれ、上から塩辛いソースのようなものがかけられている。ほのかに酸味が感じられるソースは悪くはなかったが、マサシ的には四十点。


 もう少し日本のソースに近い味だったらなと不満を感じていた。


 屋台で売られている料理にはこのお好み焼きもどきのように、鉄板で焼かれたものが存在していて、パンケーキ屋さんの実現は可能であると感じられた。


 そして言われていたとおり、甘い料理というものはどの屋台をみても販売はしておらず、甘味と言えるものは果実水やカットフルーツくらいのものだった。


 屋台に似たものがある以上、それより手が込んでいないパンケーキは直ぐに真似が出来るだろうし、蜂蜜も存在が明らかになれば少しずつ流通するようになるだろう。


(ウケるかどうかは賭けだけど、どういう変化が起きるか楽しみだ)


 マサシはパンケーキや、それを発端に誕生するであろう様々な異世界産の甘味を想像し頬を緩める。


 コンビニスイーツが仕事帰りの楽しみであったマサシにとってこの世界のスイーツ事情は辛いものがあったのだ。


 食べようと思えば自作するしか無く、それはそれで満足は出来るものの、やはり誰かが作った物を買って食べるという楽しみ方とは別物だ。


 自分で作って食べてでは、舌は満たせても気持ちとしては満足ができていない。

 

(ふらりと入ったカフェでパフェとか食べられるようになったら最高だよなあ)


 それを思えば砂糖の誕生と流通を望みたいところだが、まずは身近な蜂蜜からコツコツとやるしかない。


 そう心に決めるマサシだった。

 

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