第13話 リュカ、魔術の真価を見せる

 マサシが精霊の存在を識ってから四日が経った。


 リュカは毎朝の訓練に間に合って起きるようになり、魔術の指導に精を出している。


 時折眠そうな顔をしては居たが、それでもきちんと時間には間に合って起きてくるのでマサシは心より感謝していた。


「しかし、リュカのそれ、背中に手を当てるやつ暖かくて気持ちいいなあ」


「そ、そうなんだ? 僕は最初の付与だけで済んだからさ、背中のはお試しで一回やって貰っただけだから、どんなだったか覚えてないんだよね」


「最初の付与って、あのおでこのやつかあ。あれはもうしてくれないの? なんだかアレが一番効いた気がするんだよね」


「ば、ばか! アレは一番最初だけに使う術なの! 固く閉まっていたマサシの『扉』を開きやすくするために必要な術なの!

 あの術によって一度でも開かれた『扉』はもう閉じることはないし、後は背中に手を当てれば簡単に経路パスが繋がるようになるからアレは1回だけでいいの! もうやらないの!」


「ちぇー。なんだか不思議と心地よかったんだよな、あれ。術抜きでもまたやってほしいと思ったんだけど……やっぱだめか」


「だめ!」


 マサシとしては温熱治療を受けた後のような心地よさが気に入ったがための軽い発言であったが、なぜかリュカが必死に拒否をするため、それほど重要な秘術を使ってくれたんだなあと、嬉しく思った。


 元々やる気に満ち溢れていたマサシだったが、その日の魔術鍛錬はいつも以上に気合が入ったのだった。


 そして翌朝―


 何時ものように朝の鍛錬を終え、なんとは無しに(ああ、喉が渇いたな。歩くのも面倒だ、寧ろ水が来い)とマサシが考えた瞬間……。


「ぬお」


 マサシの目の前に手のひら大の水球が浮遊していた。これはリュカ師匠のお心遣いに違いないと思ったマサシは、心の中で礼を言うとキリリと冷えた水球で喉を潤す。


「うわー、なにこれめちゃんこ美味い……」


「……美味いじゃなくて、何? 今の何? 何やった!? 何、何、何なの!?」


 いつの間にか後ろに来ていたリュカがマサシの肩をガッチリ握り前後に揺さぶる。


「うおおおお! リュリュリュリュカカカカカででででるるるるる」


 ユサユサと揺さぶられ気持ち悪くなったマサシが必死にそれを止めにかかる。


 暫く揺さぶった末、漸くマサシの状況に気がついたリュカは慌てて手を止め、ひたすらに謝った。


「ごめん! ほんっとうにごめん!」


「いやいや、謝れるような事じゃないし……で、どうしたんだよ?」


 のんきにそんな事を言うマサシにリュカは先程のことを思い出し、再びマサシに詰め寄った。


「どうしたじゃないよ! さっき魔術使ってたでしょ? しかも……無詠唱で……」


「えぇ? 俺が魔術? あれリュカからの差し入れじゃなかったの?」


「……無自覚なの……?」


 そしてリュカから魔術のお手本を見せてもらうこととなった。


 魔術とはあくまでも『精霊と自分を繋ぎ力を行使してもらう』術であり、必ずしも『詠唱』は必要ではない。しかし、『何をしてもらいたいか』を正確にイメージする補助としてほとんどの術者は『詠唱』に頼っているのだという。


「簡単な生活用魔術なら無詠唱でやるんだけど、最初はそれも無理、というかかなり修行しないと無理なんだよ」


 そしてリュカはマサシが無意識に発動させた『水の魔術』を使ってみせた。


「いいかい? まず君が使ったこれくらいの水量なら僕も無詠唱で出来るんだ」


 喋っているうちにマサシの眼の前に水球が現れる。マサシが作り出したものよりも二回り大きく、飲み甲斐がありそうな立派な水球である。


「お! うまそう!いただきまーす」

「あっ! こら!」

「甘い! なにこれ! リュカ水甘いよ! ほんのり甘い! うまい! リュカ水もう一杯!」

「や、やだよ!」


 魔術により作り出した水には使用者の魔力が少量ではあるが溶け込んでいる。別に身体に害があるわけではなく、寧ろ通常の水と違って魔力を帯びているため、ごく僅かではあるが魔力回復の効果がある。


 魔力が含まれるとは言っても、別に汗などの体液が含まれているというわけではないため、旅や狩り等の際に自分や仲間のために使う『生活魔術』として重宝されている。


 故にマサシに飲まれたからと言って別にどうというものではなかったのだが、何故だかリュカは妙に意識をしてしまって、マサシに水を飲まれたことが恥ずかしくて仕方がなかった。


 マサシ一人、それに気づかず首をかしげていたわけだが。


「ごほん! じゃ、次が本番ね。で、更に規模が大きい魔術となるとイメージを固めるため殆どの人が詠唱をするし、僕もするんだよ」


 リュカは表情を引き締め真剣な顔をすると片手を前に突き出し詠唱を始めた。


「集え我が手に集え集い揺蕩たゆたい球となれ!」


 詠唱が終わるとリュカの手の先にあの日オークを包み込んだ大きな水球が生まれた。


「す、すげえ……!」


「今のがウォーターボール。凄いでしょう? そして精霊術で作り出した水はこんな事も出来る」


 リュカが手を振ると水球がマサシに向かって飛んでいき、咄嗟の事に動けないでいるマサシをそっくり包み込んでしまう。


「あばばばばばば」


 水球の中でゴボゴボともがくマサシは傍から見れば溺れかけているようにも見えたが、リュカは特に助けることもなく黙って様子を見ていた。

 二十秒ほど様子を見ていたが、そろそろいいかと呟いて手をキュっと握りしめる。


「えい」


 ふわりと水球が霧散し、ドサリとマサシがへたりこんだ。


「し、死ぬかと思った……なにするんじゃー! いきなりー!」


「あはは、ごめんごめん。でもさっぱりしたでしょ?」


「え? そう言われてみれば……む、あんな目にあったというのに服が濡れてすら居ない……」


「これが魔術の真価ってところさ」


 リュカが詠唱を用いて使った『ウォーターボール』は生活魔術として使われている術と全く同じ術である。ただ単に詠唱によってその規模を大きくしただけである。


 マサシはその水に包まれ、綺麗に体ごと洗濯された……、つまりはあの日のオークと同じ目に遭ったというわけなのだが、問題は水の行方であった。


「キチンとイメージをするとね、事象を完璧に操ることが出来るんだ。

 僕がやったのは『魔術で水を喚ぶ』『喚んだ水を対流させる』『喚んだ水を還す』この3つ。術としてはマサシが使った生活魔術と一緒なんだけど、規模や効果は術者の技量次第というわけさ」

 

 その話を聞いたマサシは只々リュカに感心していた。恐らくエルフとしてかなり若いほうだろうにここまで魔術というものを自在に操るとはなんて凄いのだろうと。

 

 そして、突然のことだったため、溺れかけてしまったが、慣れてしまえばあの水の中は心地よかった事を思い出す。


 小さく出したあの水はキリリと冷えていたが、後から出した大きな水は暖かく身体をいたわる水温であった。恐らくは初めからマサシを洗うために出した水であり、その心遣いに心から感謝した。

 

 そして感謝のあまりにいらないことまで言ってしまうのだ。


「術を教えてくれたばかりか、身体まで綺麗にしてくれて本当にありがとうな。柔らかで温かいあの水はなんだか凄く心地よくてさ、リュカの中に入って包み込まれてるような感じだったよ」


『まるでリュカの魔力に包まれてるような……』と、言葉はその後も続いたのだが、受け取り方によっては非常に不味い発言を聞いてしまったリュカにはそれが聞こえていなかった。


「な、ななな、なば、ばかー!!!」


「ぐおおおおおおおおお!!」


 大粒の雫を天から落とす魔術【ドロップレイン】無詠唱でリュカが放ったその魔術はピンポイントでマサシを狙い撃ち、全身に無数の打撃痕を作り出す。


 豪雨が去った後、我に返ったリュカは水たまりに浮かぶマサシを見て顔を青くするが、何処か幸せそうな顔をしていめ、ほっと胸をなでおろしその場を後にするのであった。


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