第10話 マサシ、オッサンの責任を取る

 翌朝、マサシが鍛錬を終えて家に戻ると、既に目を覚ましていた少年がマサシに駆け寄り何かを訴えた。


 女神のミスで言葉が通じないため、昨日に続いて身振り手振りでなんとか意図を汲み取ろうとするがなんとも難しい。


「うーん、なんだ? 今日のは難易度が高いな……あ、そうだ字がわからないなら」


 マサシは自室に向かうと、買ったまま殆ど使っていなかったスケッチブックと鉛筆を手にリビングに戻ってきた。


 以前暇すぎて絵でも始めようかと参考書と一緒に買ってはみたものの、試しに書いた猫の絵を『邪神的な何かかな? 上手いじゃん』と妹に言われ、以後は押入れに投げ込まれていた物だ。

 

 机の上に開かれたスケッチブックと、並べておかれた鉛筆。それを見て『これはなんだ?』という風に少年は首をかしげた。


「そうか、文房具も異世界じゃ事情が違うのかも知れないな。では、気は進まんが書いてみせるか……」


 使い方を教えるべくマサシは鉛筆を手に取り、スケッチブックにそれを走らせる。

 シャッシャッと、音だけは立派に鳴らしなにかの絵と文字を書き込んでいった。


 スケッチブックに書かれているのは『マサシ』という名前とギリギリ人間であると判別できる自分の似顔絵である。


 名前をなぞり、自分と似顔絵を交互に指さしつつ『マサシ』と何度か発音し、鉛筆を少年に渡す。


 少年も意図を汲み取ったのか、スケッチブックに向かうと見慣れぬ文字と自分の顔であろう似顔絵を描いて同じように『oOoOOO、oOoOOO』と繰り返す。


「字は読めないが……結構上手いな……というかスマン、発声法が全く違うのか君の言葉は耳で捉えられん。みんな同じに聞こえるわ」


 純粋にカタカナ英語的に聞き取れる様な言語では無かったため、残念ながら少年の名前は聞き取れなかったが、少なくとも少年が絵を書ける……しかもかなり上手いと言うことはわかった。


 そして少年は直ぐにマサシが何故これを持ってきたかを理解し、マサシに伝えたかった事を絵で説明する。


 豚頭のだらしない身体を持つおっさんの絵がスケッチブックに描かれ、読めない文字が添えられる。その脇にマサシと少年の絵が描き加えられ、その手には刃物が握られている。


「昨日の思い出かな?」


 そう思ったマサシだったが、オークの下に加工肉の絵が描かれたのを見て漸く少年が伝えたい事を理解した。


「なるほど、解体したいのか……意味はわかったが、わかりたくは無かったぞ」


 とはいえ、食糧事情は切迫している。


 今後しばらくの間この世界で暮らすとなれば解体作業は経験しておいた方が良いだろう。


 街や村に行けば食料の交換や購入が出来るのであろうが、いつそこまでたどり着けるか不明であるし、そもそもマサシはこの世界の通貨を持っていない。


 しかし、解体が出来るようになれば話は別だ。


 自分たちで消費するのは勿論の事、剥ぎ取った肉や素材があればそれを売って通貨を手に入れる事も出来るだろうし、それを使って様々な食料を手に入れる事も出来る。


 結局渋々ながら少年に従ってオークを解体する事に決めたのだった。


 とはいえ、食肉加工の経験が無いマサシにはどうすれば良いのか全くわからない。獲物の解体となれば何らかの特殊な道具や刃物が必要なのはなんとなくわかる。


 しかし、この家にはそんな物は無いので、取りあえずはキッチンから出刃包丁、万能包丁、刺身包丁を持っていくことにした。


「まあ、このあたりなら良かろう」


 家から少し離れたところにオークの肉を出す。色々と出るだろうし、一応食べ物に変わる物だからと、下にビニールシートを敷こうとも思ったのだが、なんだか『色々な物』で汚すのも嫌だったのでそのまま地面の上で解体する事にした。


 とはいえ、どうしたらいいものか……と、マサシが迷っていると、並べて置かれていた包丁を眺めている少年が『まあ、これなら』と言った顔で出刃包丁を手にとった。


 暫く何度か握り直したり、素振りをしたりしていたが、お眼鏡にかなったのか、それを手にオークの解体に取りかかっていった。


 ザクりと首があった位置から下に向け刃を入れていく少年。やがて中身が見え始め、ムッとする『何か』の臭いがあたりに漂いはじめる。


 思わずマサシは顔を背けたが、思っていたほど気持ち悪いという感情は起きず、解体の様子を観察する事が出来た。


(見た目や臭いで戻しちゃうかなって思ったんだけど、以外と平気っていうか、俺のグロ耐性結構頑張るんだな)


 暢気にそんな事を考えていると少年から刃物が渡される。アゴで『ん』とオークをさされ、どうやらマサシにもやって見ろと言っているようだった。


 んな無茶ぶりを……と、マサシは戸惑っていたが、スキルのため、スキルのためとブツブツ唱えながらオークに刃を入れていく。


 時折少年にわからない言葉で怒鳴られたり、手本を見せられたりしながら解体が進んでいく。


「うわあ、辺りが血まみれだよ……まいったな、水を汲んでこないと」


 と、マサシが考えたときだった。


「ooOOooooOOOooOoOOo!」


 少年が何か唱えると目の前に浮遊する大きな水の球体が現れた。球体はオークを包み、グルグルと動いていたがやがて霧散し、血が落とされ綺麗になったオークだけがそこに残った。


「今のは……魔法か……?」


 少年にかけより、凄い凄いと褒め称えるマサシ。少年は驚いていたが、マサシの表情を見るにどうやら喜んでいるのだろうと判断し、照れたような笑顔を見せる。


 血が落とされ、切り分けられたオークはおっさんではなく『肉』に変わっていた。マサシにとって幸運だったのはオークの手足だろう。


 ぱっと見は人に近い風貌のオークだったが、良く手足を見れば似ては居たものの、蹄が存在し、ゴツゴツとした手は道具を使えそうな仕組みではあったが、やはりどこか人間の物とは別であり、マサシの罪悪感を消し去るのはたやすい事であった。


(もしかして魔物の解体は動物の解体より罪悪感が薄いのでは)


 なんだかとんでもない事を考えているマサシだが、なんにせよこの世界で生きていく資格を得たような気分になっていた。


 さて、彼らの目前にあるのはゴロゴロとしたパーツである。


 それを少年は器用に捌いていき、スーパーでとは行かずとも、肉屋で見た事があるような肉のブロックに変わっていく。


「おー、ここまで来ると余計にお肉だなあって感じだね。腹が鳴るわこれ」


 マサシもそれを手伝い、暫くして解体が終われば沢山の食材が並んでいた。マサシは家から封が出来る袋を持ってきて部位毎にそれに入れ、アイテムボックス経由でストレージに入れた。


 そしてマサシは思い出す。肉には熟成というものが必要だったのでは無いかと。彼は何かで読んだ事があった。


『創作物で狩った獲物をその場で食って旨い! とやっているが、ありゃおかしい。肉は熟成させてこそ旨くなるもので、その場で食ったら硬くて旨いとは思えないはずだ!』


「確かそんな事誰かが書いてた気がするけど、魔物だとどうなんだろうな……」


 アイテムボックスやストレージは入れたままの状態を保持する。つまり肉を入れても熟成が進まないため、もしも理屈通りであれば直ぐに入れるのは損であるというわけだ。


 なのでマサシは味見をすることにした。


 ロース的な部分を贅沢に厚く切り、とんかつを作ってみたのである。


 調理をするマサシの様子に少年は興味津々だった。


 溶き卵に肉をくぐらせた瞬間、嫌な顔をしていたが、それをパン粉に入れると首をかしげる。そしてぐらぐらと煮立つ油にそれを入れパラパラと軽快な音が鳴った瞬間驚いて飛び跳ねる。


「なんだか静かなのか賑やかなのかわからんやっちゃな」


 そしてマサシは良い具合に揚がったトンカツを切り分け、自分と少年の前に置くが、少年は手を出そうとはしなかった。


「ん? 食べ方がわからんのか? そうだなあ、まずは塩で食ってみるか」


 少年は別に食べ方がわからないわけではなかった。


 良くわからない調理工程を見せられて直ぐに口に入れようとは思えなかったのだ。


 しかし……


「うお、なんだこれうっめ! 脂あっめ! おっさん! あんた旨かったよ! 来世は幸せな豚ちゃんになれるぜ!」


 次にソースをかけて試食したマサシだったが、これも絶品だったようでとても良い笑顔で咀嚼している。

 そんな様子を見せられたら少年も手を出さずにはいられなかった。マサシを真似、塩をつけて口に運んだ瞬間……


「oOo!!」


 ほっぺたを桃色に染め、顔をほころばせる。


 次に試したトンカツソースが気に入ったようで、結局残りのトンカツは全て少年が平らげてしまった。


「そんな可愛い顔されちゃな……それに今日のMVPはお前だし、当然の報酬だろう」


『だが男だ』マサシの脳裏に好きなゲームのセリフが浮かぶ。


(あぶねえあぶねえ、こいつと居ると変な道に進みそうだ)


「しかし、熟成の必要が無いとわかったのは僥倖だったな。揚げたのが良かったのかもしれんから、後で色々試す必要はあるが……まあ、満足だ!」


 こうしてマサシは良き解体の師匠を得た。


 その後、何度か狩りと解体をした結果、めでたく解体スキルが芽生え、ある日唐突に上達したマサシは少年を驚かせることとなったのであった。

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