第9話 マサシ、呪いにしてやられる

 マサシは少々悩んでいた。


 眼の前に転がる大きなオーク豚面の何かをどうするか悩んでいた。


 多くのラノベでは、オーク肉は街の串焼き屋さんやギルド酒場などで美味しくいただかれていた。


 豚よりも美味いとされる脂したたるそれのステーキを、美味そうに頬張りエールを流し込む登場人物たちの描写を見て涎を流してしまったことも少なくはない。


 しかし、オークを食用の魔物として描写しない作品も知っている。


 人型であるため、食用とするのは禁忌であったり、そもそも魔族では無く、エルフやドワーフ同様に人類種として交流する作品もあるのだ。


(うーん……オークが食用の魔物だってんなら、別に食えなくもないんだけど……これで人類種だって後から知ったら嫌すぎるしなあ……)



 そして悩んだ挙げ句、だらしない体をしたオッサンのような何かの事は捨て置いて、スポーツ少女の手を手に取り一緒にファストトラベルしようとおもったのだが……。


「ooOO! ooOO! O-O!?ooooOOo!!」


 少女が何かを訴えその場を動こうとはしない。


 しかし言葉が一切わからないのだからどうしようもない。

取り敢えずマサシは言葉が伝わってないよアピールのため、自らも言葉を発することにした。


「ええと、俺の名前はマサシだ。んで、そこで死んでるのがオーク。キモいやつだったが、一撃だったよ。みろよ、この穏やかな顔。良かったら君の名前教えてくれないかな?」


 かなりいい加減な事を言ったことはマサシも理解している。しかし、スポーツ少女はそれを聞いても笑いも怒りもせず、何か考えるような顔をしていた。


「な? 俺の言葉わっかんねえだろ? 俺も君の言葉がわっかんねえの。わかる? いやわからんか。俺もわからん!」


 暫く考える顔をしていたスポーツ少女だったが、ぱあっと表情を明るくし、うんうんと力強く頷いていたかと思ったが、ビシ! っとオークを指さした。どうやらジェスチャーで勝負することに決めたらしい。


 マサシもそれに気づき、少女の動きに注目する。


「なになに? オークを、たぬき、おいといて、ぬき、た、今のナシ? オークはおっさん、違うって? おい、本当は俺の言葉わかってんじゃねえのか」


 暫くそんな感じで伝わってるのか伝わってないのかわからないやり取りをしていたが、どうやらスポーツ少女はオークは食べられる、そう伝えたかったようだ。


 それでも悩むマサシを見て少女は業を煮やし、懐からナイフを取り出し、オークを解体しようとそれに向かっていく。


 こんな森のなかでそんな真似をしたらどうなるだろう。


 ラノベ知識では有るがなんとなくマサシには『血の匂いで魔物が集まってくる』という未来が頭に浮かんだ。

 

 これはフラグでも何でも無く自然の摂理なので、このまま解体を始めてしまえばマサシの想像通りに多くの魔物に取り囲まれることになる。


「しょうがねえなあ」


 心底嫌そうな顔をしたマサシはオークの腹に手を触れアイテムボックスに収納した。


「お、やっぱ入るんだな。ほら、入ったぞ! ここにさ!」


 突然消えたオークに驚いた顔をしていたスポーツ少女だったが、ぽんぽんとカバンをたたき地面を指差すマサシを見て


(信じられないがそこに入ったのだろう)と理解した。


 そしてマサシがファストトラベルしようとスポーツ少女に手を伸ばすと、少女はマサシの顔をじっと見て、何か納得したかのような顔をし、そして何かを諦めたような顔でその手を握った。


 強烈な魔力の揺らぎを感じ、思わず目を瞑ってしまったスポーツ少女が開いた目に映したのは見慣れぬ景色だった。


 倍に見開かれた目、外れそうに開いた口。無理もない。鬱蒼とした森の中から暖かでキラキラとした景色の隠れ里に突然転移しからのだから。


「ようこそ、我が愛する隠れ里へってわかんねえか」


 彼女の手を引きそのまま家に招き入れる。玄関で靴をぬぐように言いたかったが、言葉が通じないため、先に自分が靴を脱いで見せる。


 何か戸惑うような様子を見せたが、土足厳禁なのは理解したようで、きちんとブーツを脱いでから家に上がった。


「治療と食事……と行きたいが、まずは風呂だな」


 家を出る前に湯を張り保温にしておいたため直ぐにでも入れる状態になっている。マサシはスポーツ少女を風呂に案内し、ジェスチャーで『ここは身体を洗うところである』と説明した。


 彼女もそれは理解したようで、マサシからバスタオルを受け取ると直ぐに服を脱ぎ始めた。それを見て慌てたのはマサシである。少女とは言え、身長は140cmはある。顔に幼さが残るとは言え、マサシのストライクゾーンに入らなくもない見た目だ。


「わー! 俺は飯の支度してるから! ごゆっくり!」


 これまで呪いによって避けられてきたラッキースケベ。その恩恵に預かれるチャンスであったが、そこでそのまま眺めているような性格では無かった。


 如何にも女慣れしていない奴と言った具合にその場から逃げ出したマサシは言い訳どおりに食事の用意を始める。


「異世界人って何食うんだ? まさか虫を食うとかそこまで突飛じゃなかろうし……。

 多分オークも食うために持っていくっていったんだろ? アレって多分豚肉みたいな感じだろうな……ううん、まあ普通に洋食でも作ってやったら良いか」


 手早く作ろうと決めたマサシは有りもので済ませることにした。


 前に作って冷凍保存しておいたシチューを取り出して解凍。さらに鍋にかけて温め直す。幸い丸パンがまだ残っていたのでそれと、箸休めにサラダを用意してスポーツ少女が上がってくるのを待った。


「ooOoo! oo? oooo? oooOOooO!?」


「うわ! びっくりした! っていうか服! 服!」


 さっき上がった少女がもう後ろに立っていたからたまらない。危うくマサシは椅子から転げ落ちそうになっていた。そして見てしまう。助けた者の生まれたままの姿を。


 気を使って身体を隠せるように貸してやった大きめのバスタオルはキラキラと輝く美しい金髪の上に乗り、本来それによって隠されるはずだった白く陶器のように滑らかな肌には起伏がなく、いや、有るべきところにはなくて無い筈のところにはあった。かわいいアレらしき物が。


「お……お前……男だったのか……!?」


 少女は……いや、少年はマサシの言葉は分からなかったが、顔を背けつつも、驚くようなリアクションから何を言われているのかを理解し、声を出して笑っていた。恐らくはわざと全裸で現れたのだろう。


 男となれば、まして少年となればマサシも遠慮がなくなった。それまで照れてしまって直視できなかった顔をきちんと見れば、綺麗な緑色の瞳にやや尖り気味の耳。


「お前さん……エルフ族じゃと……?」


 驚きのあまり人格が変わりつつあるマサシだったが、何とか絞り出した言葉がそれだった。マサシが耳を見ているのに気づいた少年はなにか言いたそうな顔をしていたが、タオルで身体を隠すと、ジェスチャーで着替えがほしいことを訴える。


 どうも彼はやたらとジェスチャーが上手なようで、マサシにもそれはすぐに伝わり押し入れの奥から自分のお下がりを取り出してきた。


(もしや中身も異空に収納されてるのでは無かろうな)とマサシは警戒したが、ストレージ化していたのは物置部屋の押し入れだけだったので、普通の押し入れとして存在していたそれにマサシはほっと胸をなで下ろす。

 

 ストレージに入ってしまった物はリスト化され管理はしやすくなるのだが、中身を確認しながら取り出すと言うことがやりにくいため、こういう服類はそのままであった方が助かるからだ。


「ずっとしまってたからな。臭かったり痒かったりしたらごめんな」


 実家の強みと言うかなんというか。


 両親が昔から忙しくしていたものだから、断捨離的な大掃除をする機会などなく、マサシや妹がかつて着ていた服などは処分されないまま残されていた。


 それでもきちんとしまわれていたため、カビや虫食いなどもなく、少年からは特に不満がでることはなかった。

 

 流石に下着、シャツは兎も角パンツはキツかろうとこれはマサシの予備、未開封のボクサーパンツを少年用として開封して使わせた。多少は緩かろうが、サイズが合わぬトランクスよりはしっかりと防御してくれることだろう。


 着替えが済んだ少年がダイニングに戻ってくる。さらさらとした金色の髪が紺色のジャージに映えていて、なんだか通販カタログの外国人モデルのようであった。


「おお、俺の中学のジャージだが、意外なことに結構似合うな……うし! 飯をくおう! そこに座ってくれ。ここな、ここ」


 マサシが椅子を指差すと少年はキチンとそこに座った。眼の前に置かれているサラダやパンを見て目を煌めかせていたが、皿にもられたシチューが置かれるとその香りが鼻腔を擽ったのか顔を赤くしてマサシに何かを訴えていた。


「ooo! ooo! oOOoOo!?」

「ん? わかんねえけど食っていいよ。じゃ、いただきまーす」

「oo? Oo wI Tea ダ Mあ スu?」


「お! いただきますしてくれたのか! 良いやつだなお前」


 食前の神の祈りというのは様々な宗教で存在している。恐らくはこの世界にもそれは存在し、マサシの言葉をそれだと判断した少年はわからないなりにマサシの言葉を真似したのであろう。


 それはとても拙く、日本語とは思えないものだったがマサシにははっきりと「イタダキマス」と伝わっていた。


 そして、その後木匙でシチューを口に運んだ少年の幸せそうな顔を見てマサシは久しぶりに心からの笑顔を見せたのだった。

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