第8話 マサシ、フラグを手玉に取る

 森に来てからはや三時間。


 一向に魔物に出会わないマサシは段々と飽きてきていた。


 目的は食料調達なので、別に魔物ではなく動物でも構わないのだが、人間絶対殺すマンと化している物が多い魔物と違い、動物たちはマサシを見るなり距離をとり、近づこうものなら一目散に逃げ去ってしまうのだ。


「くっそう! 動物ならエンカウントすんのにこれだもんなあ!」


 飛び道具が無いマサシにとってそれは致命的であり、鎌威太刀を当ててやろうにも悲しいほど短い射程距離ではそれも叶わず。


 なので普通の人間ならあまり考えない『求む! 好戦的な魔物!』という気持ちで頭の中がいっぱいになっていた。


 しかし、間もなくそれは叶えられることとなった。


 マサシはスキルの他に『加護』と『呪詛』という物がステータスに刻まれている。しかし、それとは別にひっそりと存在していた『特性』という隠れた称号的な物が行動を始めたのである。


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マサシ・サワタリ

性別:男

年齢:28歳

職業:隠れ里の住人

LV:4

HP:78 MP:35

力:22 魔:17 賢:24 速:9 器:16 運:22

スキル:マサシ流剣術LV1 マサシ流剣技 鎌威太刀カマイタチ 鑑定LV1

加護:ゲーム的な色々

呪詛:フラグリバーサル

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特性:巻き込まれ体質 ラノベ主人公


 

 隠れステータスである『特性』は本人であるマサシにも見えず、女神すら気づけなかった特殊な項目だ。


 それは日本に居る頃から密かに存在し、呪いとせめぎ合うようにマサシの人生を大いに振り回していた。


【巻き込まれ体質】は普段はなりを潜めているが、稀にフラグの呪いを凌駕してマサシをオモシロイベントに巻き込むことがあった。


 そう、呪いにより未遂に終わってしまっていたが、かつてマサシを取り囲んでいた女性たちの存在や、それに対するラッキースケベイベント等は特性の【巻き込まれ体質』『ラノベ主人公】によって発生していたのである。



 現在、呪いにより森でのチュートリアル的なお約束イベントが殺されているマサシだったが、なんの気まぐれか見事に【巻き込まれ体質】と【ラノベ主人公】がタッグを組んで仕事をし、マサシを妙な事態……お約束のイベントへと引きずり込む事に成功した。


 それは探索から四時間が経ち、そろそろ一休みの時間だと、倒木に座ってチョコバーをモグモグとやっていた時のことであった。


 やや離れた場所から聞こえる『ガサガサ』と言った何かが藪をかき分けるような音。さらにそれに重なるように重厚感を感じる『なにか』が枝を踏みながら歩いているような音が聞こえてきた。


 日本であれば『クマか? いや、イノシシか?』などと、迫りくる野生の脅威に備える事になるわけだが、ここは異世界である。


 マサシは『これはもしかして来たか? とうとう来てしまったか?』と、恐れ半分、ワクワク半分でこれから遭遇してしまうかもしれない何かに備えた。


 すると、間もなくして、なんとなくではあるが周囲の空気が変わった…というか、どんよりとした空気のような物をマサシは感じ取った。


 それこそが魔物が発する魔力であった。


 魔力は誰しもが持つものであり、大気中から取り込んだり、食べ物やポーションなどからもとり込めるようになっている。


 それと同時に、気にならない程度の僅かな量では有るが、汗が流れるように自然と体外に放出されている。


 その魔力は感じられる者にとってはニオイに等しい存在であり、対象によりその香りというか、雰囲気というかが全く違うと言われている。


 現在向こうの茂みから発せられている魔力はどんよりとしたあまり近づきたくはない、言ってしまえばドブの臭いのような魔力なのだが、普通の人間ならばそこまで酷い魔力を発することはまずあり得ない。


 マサシは魔法を使いたいがために自己流で魔力操作の訓練を続けていた。


 それが大して役に立っていないというのは未だに魔法スキルが芽生えないのを見れば明らかなのだが、魔力操作の訓練自体は決して無駄では無く、普段から魔力に干渉していたため、こうして感じられるようになっていた。


「なんだ? 向こうの茂みから何か妙な……ドブに落ちたオッサンみたいなニオイが……いや、うっすらとだが桃のような甘い果物のような感じも……」


 マサシのカンが『あそこに魔物がいるのだ』と伝え、木刀をしっかりと握りしめる。


 距離をとったまま暫く様子を伺っていたが、相手は茂みの向こう側で動きを止めたままじっとしているようだった。


「いきなり飛びかかっても良い結果にはならんだろうな。うむ、こういう時はまず『偵察』が肝心だ」


 茂みはそこまで背が高いものではなく、木に登れば向こう側が見えそうだった。


 念のために相手から死角になる位置の木を選び、スルスルと木に登って茂みの向こうを見る。


「よく見えんが……なにかデカいのと……む、金髪美少女っぽいのが肩に担がれて居るぞ!?」


 さらに様子を見てみると、どうやらマサシが良く知る『オーク』に似たような何かが金髪美少女っぽい何かを担いだまま休憩していることがわかった。


 そして、美少女っぽい何かの必死に抵抗するかのような動きを見るに、恐らくは何処からか浚われてきて今まさにクッコロ寸前なのでは無いかと推測した。


「これはアレか……美少女をオークから救ってハーレムメンバーにっていうフラグかな? 

 ……いや待てよ、俺には変な呪い……スキルリバースが有る。助けたことにより嫌われたり恨まれたりっていうパターンも有るのか……? じゃあ、助けなかったらどうなるんだろう……それはそれで確実に可哀想な事が起きるよなあ」


 どうすれば最善なのか悩んでいると、オークらしい何かの汚らしい鳴き声が響いた。


 声に驚き我に返ったマサシは美少女っぽい何かが殴り飛ばされ、動かなくなったのを目撃する。


「くそ! フラグだ呪いだって言ってる場合じゃねえ! このままじゃあの子死んじゃうじゃん!」


 木から駆け下りオークへ向かうマサシ。


 念のため走りながらオークを鑑定するが、表示画面が半透明で背景が透けて見えるせいもあって、走りながらではうまく文字を読むことが出来なかった。


 かろうじて読み取れたのは『オーク』という名前と『LV38』という数値。


 レベルシステムは限定的な実装で、成長によるパラメータの上昇などは様子を見ながら適応範囲を広げていく、という事になっている。


 だが、レベルや各種パラメータの数値に関しては管理システムが持つデータベースを元に『この個体でこんくらいなら8くらいのレベルじゃね? HPとかはこんな感じ?』と、雑に仮の数値が割り振られているのだ。


 これはマサシが『鑑定』を習得した際に、女神が(あ、これ魔物のレベル見れなかったらがっかりする奴だ。システムのアップデートだし、干渉には当たらないよね?)と、慌てて実装したものだったりする。



 つまり表示されていた『38』という数値はオーク種の中でもそこそこ頑張っている強個体だということを示しているわけだ。


(38だあ? こっちは4だぞ! 勝てる気がしねえ!

 ったく、フラグだなんだよりこういう時に役立つスキルをだな……まてよ……!)


 マサシはひらめいた。


 即死スキルや大魔法なる実用的なスキルは無いが、俺には強烈な呪い、フラグリバーサルがあるじゃないかと。


 忌々しい呪いを手玉に取り、逆手に取って利用してやるのはこういう場面なのでは無かろうか、マサシは一つの可能性に賭けることにした。


 幸いオークは倒れた美少女っぽい何かに夢中な様で茂み越しに近づいていたマサシに気づく様子が無かった。


(鎌威太刀の射程は2m、撃って直ぐ、いや出る直前くらいに言えば間に合うだろう)


 妙な確信があった。しかし、知っているアレとは若干状況が違う。だが、そういう物だと思えばいい、俺がそう思えばきっとその様に呪いが働くはずだ。


 マサシの目前に藪が迫る。


 しかし、勢いを落とさず木刀を構えたまま藪に向かって走る。


 藪に突入する寸前、マサシは木刀を振り下ろして鎌威太刀を放ち、同時に思いっきり感情を込めて叫ぶ。


「やったか!?」


 その声は鎌威太刀が藪を突き抜け、オークに命中した瞬間辺りに響き渡った。


 森に反響する声、それに驚き飛び立つ鳥の羽音。


 実際は数秒しか経っていなかったのであろう。しかし、マサシにはこの僅かな時間が数分にも数十分にも感じられた。


『やったか!?』これは、放たれた大技が当たった瞬間に大抵巻き起こる爆煙や砂煙によって姿が見えなくなった敵に仲間の誰かが言うセリフである。


 そしてこのセリフを言われてしまった技の使用者は、多くの場合晴れた煙から現れるピンピンとした敵を見て愕然とした表情を浮かべることになる。


 そう、『やったか!?』は『やってない』フラグなのだから。


 しかし、ここでフラグリバーサルが働けばどうだろう。本来『やっていない』どころか『やれるわけがない』この状況で働けばどうだろう。


 決して撃った本人が言うセリフではないし、爆煙どころか砂煙すら立っていないこの攻撃に相応しいセリフではなかった。しかし、呪いがそれを許して発動していたらどうなるだろう?


 それに答えるかのように茂みの向こうから苦しげなうめき声が聞こえてきた。


 おそるおそるマサシが茂みから顔を出すと、そこにはあの技がどう当たったのかわからないが、威力にそぐわぬ致命傷、胸に大穴を空け今まさに命の灯火が消えようとしているオークが横たわっていた。


 美少女っぽい何かは意外と頑丈だったようで、横になったままではあったが、驚いたような表情でマサシを見ていた。


「ああ……ええと、なんだ。怪我は無いか? お嬢さん」


「oooOOOooOOoo!! oooooOOOOooo! oo」


(やべえ、何言ってるかわかんねえ。スポーツ少女見たいな声なのはわかるが、なんつうか外国語とも違う……まるでおばけか何かと話してるみたい……)


 これにて第一異世界人発見! となったわけだが、女神のポカにより意思の疎通が出来ないという非常に面倒な状況に陥ったマサシ。


 彼は少し悩んだ挙げ句、流石に怪我をしているであろうスポーツ少女の治療のために隠れ家に招待することを決めたのだった。

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