第7話 マサシ 森に行く

 鎌威太刀を覚えてから二日が経ち、マサシはそろそろ『外』で食料調達をしてみようかと考え始めた。


 徐々に減りゆく食料がいやが上にも現実というものをありありと見せつけてくるからである。


 よくよく考えてみれば、米や小麦粉、乾麺などはかなりのストックがあるため、当分の間は飢え死にすると言うことは無いのだが、それでもそれだけを食べて暮らすというのはどう考えても辛い。


 一応この『隠れ里』内にも魚や小動物は生息している。


 しかし、植物は兎も角、なんとなく魚や小動物に手を出す気にはなれなかった。


 林の中から遠巻きに此方を見ている良くわからない種類の小動物や鳥たちが、何だか自分を共に暮す住人として見守っていてくれている、そんな気持ちになっていたからだ。


 実際のところ、林の住人たちからしてみれば『妙なやつがいる』と興味からくる監視対象になっているだけのことだったが、こんな土地に一人でいるマサシは若干の寂しさもあり、小動物や魚たちに癒やしを求めていたのである。


「あいつらに手を出すのはやっぱなあ……となれば『外』だよなあ」


 外、つまりは脱出用に女神がマーキングしてくれた森。


 マサシが『マップ』と声に出すと目の前にワールドマップが表示され、現在地である『隠れ里』そしてそこからかなり離れた……もしかしたら別大陸では無かろうかと言うくらい離れたところに『タトラ大森林』なる文字が見え、そこと『隠れ里』の二箇所に光点が確認できた。


「今いるのがこの隠れ里……ってまんまだなおい。

 ……で、随分と離れた場所にあるタトラ大森林が女神様謹製の脱出口というわけか……」


 律儀にも未到達地点は雲で覆われており、大陸の形はおろか世界の全体像すらわからない。


 旅の楽しさを満喫しなさいということなのかも知れないが、中世ベースの世界と聞いているため、マサシは地図を埋めようとは全く考えなかった。


(いや無理だろ……乗り物があったとしても馬車や船だろ? 無理無理! 新幹線や飛行機が活躍する世界に居たけど日本から出たことねーし! 親が住んでる国にだって一回も顔だしてねえし!)


 ともあれ、森である。


 マサシはアイテムボックスをショルダーバッグに変化させ、行動食としてチョコバーと塩羊羹、ドライフルーツに水を入れ、後はナイフやマッチ等最低限の野外活動道具に封が出来るビニル袋を入れて準備完了ということにした。


 通常であればここで野営道具や予備の食料なども用意するのだろうが、マサシにはファストトラベルがある。


 夜になれば家に帰ってくればよいし、何かあった場合でも即座に戻ってこられるわけだ。荷物は最低限で済み、しかもアイテムボックスが有るため身軽なものである。


「後はこいつを持って……意外と邪魔だが杖代わりについていけばいいか」


 木刀を装備したマサシは忘れ物なしと判断し、タトラ大森林へと飛んだ。


 初めてのファストトラベルだったが、特に何かを身体に感じることも無く、目の前の景色が瞬時に変わった、そんな印象を受けた程度だった。


 マサシは転送酔いなる物を警戒していたのだが、本当に何事も無く、明るく平和な隠れ里からなんだか不気味な森に移動していた。


「なんと言うか……その、森だな……それ以外の感想が出ない」


 鬱蒼と背が高い木々が茂り、足元には生えたい放題草が踊っている。


 如何にも異世界といったような極端に妙な植物は見当たらず、何処かで見たような、それでいてちょっと違う植物が茂っていた。


 そもそも隠れ里の周囲に生えている植物からして地球の物とはちょっと違う物が生えていたわけなので、マサシは『まあそうだよな』と納得しながら周囲の植物を鑑定し、見慣れぬ名前のものがあればとり敢えず採集に励んでいた。


 マサシにとって幸運だったのはアイテムボックスの仕様だ。


 ストレージとアイテムボックスの仕様を調べている時に気づいたのだが、同種のアイテムはスタック出来たのだ。


「へー、チョコバーを二個入れると「チョコバー×2」となるのか。拾った草だけでボックスが埋まるようなことがなさそうで助かった」


 とは言え、気づいたのは良いことだけではなかった。


 目録にも『二十個ちょい』書かれていたため、ある程度は覚悟していたが、アイテムボックスに入るのは二十五種類のアイテムまでだった。


 それ以上は入れようとしても見えない力で弾かれ、中に入れることが出来なかった。


 現在マサシが『知らない植物だけ』を入れているのはそのためだ。


 既に中には行動用の持ち物が8種類位入っていて、いくつか草を入れた今、余裕は残り九種となっている。


「まあ、今日はお試しだから満タンになることはなかろう」


 それでも入り切らなかったら行動食を食えばよし、マサシはそう考えて容量について考えることを辞めブラブラと周囲の探索を始めた。


 いくら植物ばかりカバンに入れてるとは言え、マサシは何も好き好んでそればかり採取しているわけではない。他に得られるようなもの、つまりは食料になるかも知れない魔物や動物と未だ遭遇していないからだ。


「意外と魔物って出ないもんだな」


 なんてのんきな顔をして歩いているが実は大間違いである。


 このタトラ大森林は天然のダンジョンとも呼ばれるほどに多種多様の魔物が生息していて、森の浅い部分は冒険者が狩りの場として使うこともある人気のスポットだ。


 そしてマサシが居るのは森の中央部で普通の冒険者は足を踏み入れない場所。つまりは一切間引きがされていない手つかずの場所であるため、決して魔物の密度が少ないわけが無く少し歩けば何らかの魔物とエンカウントする筈であった。


 そう、普通ならば。


 マサシは忘れていた、いや気づいていなかった。


 自分の『呪い』の効果に。


 大抵の場合、この様な危険な森に転移した異世界人は『初めての相手としては破格の魔獣』と遭遇し、最初は逃げても結果的に戦う羽目になったり、何故か運良く勝利してしまって『その後の異世界人生を大きく変える大きな出来事』が起きるようなイベントが発生したりする。


 言ってしまえば女神がこの森をマークした時点でフラグが立っていたわけで、フラグリバーサルがそれを逆転させ『と、思ったが何も起きなかったぜ』と魔物よけの効力を発揮してしまっているのだ。


 それに気づけないマサシは『なんだよ雰囲気の割にしけた森だなあ』とぼやくのであった。





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