第25話 マサシ大人の事情にがっかり

 あれから何事も無く街まで戻ったマサシ達はアルベルト邸に招待されていた。

 

 それもそのはず、大抵の場合この手のイベントのあとは何事にも巻き込まれず、無事帰還するのがお約束だからである。


 そして『お約束』とは『フラグ』ではなく、どちらかといえば【ラノベ主人公】が持ち込んでくる都合が良い流れであるため【フラグリバーサル】は鳴りを潜め、【巻き込まれ体質】も既に『商人ギルドと絡む』という面倒な事柄を達成して満足しているため、マサシ達の無事は約束されていたのであった。


 そんなマサシ達は邸宅の応接間に通され、フカフカのソファでお茶を堪能している。


 二人並んで座るマサシ達とテーブルを挟んで座っているのはアルベルト氏で、マサシ達に礼の言葉を述べていた。 


『私の命は、いや、商会の未来は君たちによって守られたんだ。どれだけ感謝してもしきれないよ』


「だってさ」と微笑むリュカにマサシは照れたように笑う。


『なにかお礼を』と頑張るアルベルトだったが、マサシはそれを必死に固辞していた。


 街までの護衛費ですら別にいらなかったのだが『後付でも私が言えば依頼達成になるから』と、半ば無理やりギルドで報告させられ、そちらで報酬を貰っていたからである。


 しかし、それでもアルベルトが『何か、なにか』と必死になるため、ここまで言うのを断るのは逆に失礼にあたるのではと考え『では、折角商人の方とお近づきになれたのだから』と、マサシは『砂糖』について相談する事をお礼代わりとする事にした。


 マサシがテーブルに置いた小瓶。中身は白い物体で、アルベルトはやはり『塩かな?』と、珍しくもないという顔をした。


 寧ろこの透明度が高く、綺麗に成形された瓶の方に興味を持っていた。


 この世界にもガラスはあるし、アルベルト邸の窓にもそれははめ込まれている。


 しかし小瓶のガラスと比べると透明度で劣る。ガラスとはこんなにも透明に出来るものなのかと、ため息が出るばかり。


 すっかりガラスに気が向いたアルベルトは、中身より瓶を観察することに夢中になっていたのだが、それを(中身の正体がわからず困っている)と勘違いしたマサシは『舐めてみて下さい』とリュカを通じて伝えた。


 アルベルトは(なぜ塩をわざわざ?)と、怪訝な表情を浮かべつつも、何か意味があるのだろうと躊躇なくペロリと少量舐め、その表情を一変させた。


『これは……なんだい? 甘い? 塩? いや……これは一体……?』


 マサシがリュカを通じてそれに答えた。


「それは料理や飲物に甘みを添加するもので、植物由来のサトウと言う調味料です。製法をお伝えしたいところですが、今のところ原料となる素材を見つけられていないので私が所持している分しかありません」


『この小瓶に入ったものがいくつかある』と、次々に机に並べるマサシをみてアルベルトは厳しい表情を作る。


『マサシくん。それはそのまま世に出さない方が良い……今はまだ、ね。

 安定供給出来る環境が整った後であればいいけれど、今それを出すと不味い事になる』


 アルベルトはリュカを通じてマサシに理由を語った。


『私が知る限りの話だけど、一般的に甘みを得られる物と言えば果実くらいの物なんだ。

 そこにこのサトウが現れたらどうだろう? 何にでも甘みを加えられる魔法の粉。どう考えてもお金の匂いしかしないよね』


 砂糖の利権を得られれば国すら買えるほど儲かるだろう、そう考える者が数多く現れるはず。


 そしていつか必ずマサシ達の元から流れていると言う情報が掴まれ、あまり好ましくはない事態を呼び起こしてしまうだろう――と、アルベルトは厳しい顔でいい切った。


 マサシは顔を青くし、なるほどな……と納得はした。


 けれど、同時に酷くがっくりと落ち込んでいた。


 金策として用意をしたこの砂糖達。これを当てにしていたからこそある程度心に余裕があったからだ


 一応、それなりにギルドの依頼で生計を立てられるとはいえ、砂糖と言う大きな金策が使えないとなれば少々厳しくなってくる。


 あまりにもガックリとするマサシを見てアルベルトも事情を察したのか、少し考えるとちょっとした提案をした。


『……本当はお薦めしたくはないんだが、一瓶だけ。その小さな小瓶ひとつだけの販売なら良いかも知れない』


『一つだけ?』


 リュカから通訳を聞いたマサシも首をかしげる。売れるというのであれば文句はない、というかありがたい話だ。


 しかし、ひと瓶だけなら良い? それは一体どういう事だろう。


『貴重な一品物であるとイメージ付けるのさ。私がたまたま入手できた珍品であると、ね。

 この街の立地を考えればそれが懸命なんだよ。何故なら――』


 ラナールはタトラ大森林に面した辺境の街である。


 タトラ大森林からもたらされる貴重な資源を得るため、そして魔物から国家を守る防壁としてルクスニア王国直轄の辺境都市として整備されたのがこの街だ。


 そんな土地に、砂糖なる珍品が現れたとすればどうだ。


 ひとつならば、たまたま流れ着いたのを買い取ったと言い訳ができるし、それなりに信じてもらえるだろう。しかし、その数を増せばこんな辺境にだけわざわざ持ち込むはずがないと考えられてしまう。


 恐らくはタトラ大森林に秘密があるのだろう、そこから得た素材で作られているのではないか? その技法を知り、実際に作れるものがラナールに住んでいるに違いない。


 そう考えるものは少なくはないはず。


 ――という、説明を一通り聞いたマサシはなるほど確かにと頷いた。



 しかし、ひとつだけであっても可能性を考える者もいるのでは? と考えたのだが、その辺もしっかりクリアされていた。


『 「これはただの調味料ではない、レジェンドクラスの魔術薬である」そう、印象付ければいいのさ。マサシくんは普通の顔をしてるけど、この甘い塩が入っているビンだって中々いい値段が付きそうな名品なんだよ?』


『なるほど。ダンジョン産の魔導具や超文明の遺産と同列に語って売れば、まさか何処かで作ってるとは思わないでしょうね』


『うん、そうだね。例えば……私が他国の冒険者に恩を売って礼としてもらったことにしても良いね。冒険者は塩かと思っていたけど、実はとんでもない逸品だった。そしてその冒険者は新たな宝を求めて海の向こうに渡っていった――なんて言えばもう情報は追えなくなるはずさ』


 ここまでの事を翻訳して貰ったマサシはアルベルトに手を合わせる思いだった。


『で、売り方だけど、私に任せてくれるならオークションに出品するよ。出品手数料は引かせてもらうけど、僕への手数料は要らない。どうかな? いい値段になると思うし、悪い話では無いと思うよ』


 更にそんな事も言われてしまい、何度も何度も頭を下げた。しかし、アルベルトはそれを慌てて止めてこういった。


『辞めてくれよマサシくん! 私は君に命を救われたんだ! それと比べたらこれくらいまだまだ足りないくらいなのさ。どうか頭をあげてくれ! ほら、リュカくんからも言ってやってくれ!』


「マサシ、顔を上げて欲しいってさ。このままじゃアルベルトさんがお礼にならないって困ってるよ」


 そこまで言われてしまってはマサシも頭を上げるほか無かった。代わりに硬く握手を交わし、オークションへの出品を委託した。


 開催はまだ先で、一ヶ月後に行われるとの事。


 アルベルトと別れた後、マサシは宿で今後の計画を改めて練り直した。今一番やらなくてはいけない事、即ちそれは……。


「リュカ、お願いがあるんだ」


 マサシはリュカと向き合い真剣なまなざしで見つめる。


「ぼ、僕に出来る事なら……」


 何故か頬を赤らめるリュカを不思議に思いつつ、真剣な顔は崩さずにマサシは言った。


「俺にマルリール語を教えてくれ! このままじゃ不便で仕方が無いよ!」


 リュカはガクッと体勢を崩したが、何とか持ち直して笑顔で答えた。


「あ、ああ! そう言うことね! うん、もちろんさ!」


 リュカを間に挟んでのやりとり、それはそれで悪いものでは無かった。リュカもマサシに頼られているような気がして嬉しく感じる事もあった。


 しかし、今回のような事、出先で緊急事態が発生した際、エルフ語しか話せないという状況は相手に誤解を招いたり、より面倒な事態を呼び起こす事になり得る。なのでマサシは即急にマルリール語を学ぼう、そう考えたのである。


そしてリュカは交換条件を出す。


「でも……その代わり僕に日本語を教えてくれる?」


「ああ、構わないさ。でもどうして?」


 マサシは首をかしげた。


 日本語が必要な場面はこの世界において一切ないはずだ。ひとつあるとすれば、マサシとの交流だが、マサシは既にエルフ語を話せるようになっているし、これからマルリール語も覚えようとしている。


 であれば日本語など何処で使おうというのだろう?


「ふふ、決まってるでしょ。あの家のゲエムを全部楽しむためさ!」


 マサシをがっくりとさせる理由だったが、交換条件としてはぴったりだった。


 マサシはこれを快諾し、ならば『自宅』の方が捗るだろうと、翌日より暫くの間二人は『森に籠もる』事を決めた。


 翌日、念のためにギルドで通常の冒険者であれば時間が掛かる依頼を受け、長期間街を離れる言い訳を作った。


『すごい量の依頼を持ってきたわね? たしかにどれも期限は長いけど……それでも全部やったら一月は余裕でかかっちゃうよ? 大丈夫なのリュカ?』


 受付のマリーは心配そうにリュカに尋ねるが、リュカはなんとも思っていないという顔でそれに答える。


『大丈夫さ。今は一人じゃなくてマサシと二人だしね。暫く街に戻れないかも知れないけど、心配しないでね』


『……ま、前も無事戻ってきたからね。大丈夫だと信じたいけど……あ! もしかしてリュカ、貴方! 一ヶ月かけて彼を……』


『ち、違うから! 誤解だよ! マサシとはまだそんな!』


『ふうん、「まだ」ね。うふふ、早く大人になれるといいわね、リュカくん』


『もー! そういうのが嫌で里から逃げてきたってのに! マリーさんまで!』


 キャッキャと楽しそうに話す係員とリュカにマサシは少々疎外感を感じ、寂しく思っていた。


(ううむ、リュカめ少年のくせにモテモテじゃないか。くそーいいな、俺も受付のお姉さんとキャッキャウフフとお話をしたいぞ!)


 リュカは気づいていなかった。他愛もない会話がマサシの学習欲に火をつけていたことを。そして、大きな誤解をされていたことを。



 そしてその足で宿に戻り、依頼の束を見せながら理由を話し、取っておいた部屋をキャンセルした。


 先払いしておいた料金については値引きもあったため諦めていたのだが、あまりにも日数が余っているのと、リュカの顔もあって割引分を差し引いた払い戻しか、戻った後の宿泊料に回すか選ぶ事になった。


 しかし、返事は即答だ。今後もこの宿を使う事は決まっていたため、そこは宿泊料に回して貰う事にした。


 店の少年に『また暫く留守にする』とリュカが伝えるととても寂しそうな顔をしていた。


 なんだか不憫に思ったマサシはアイテムボックスからクッキーを数枚取り出すと、少年の手に握らせる。


 それが何なのか首をかしげる少年にジェスチャーで食べ物だと伝えると、恐る恐る口に入れ頬をバラ色に染め、マサシに抱きついてきた。


(くそ、なんだってこの世界のショタは俺を目覚めさせにくるんだ?)


『こらこらポラ! マサシはもう行くんだからはなれなきゃ!』

『ふうん、そうなんだ! あ、まさかリュカ……このお兄ちゃんと……』

『ち、違うから!』

『じゃあお兄ちゃんはあたいが貰うー!」

『ポラ!!』


 バタバタとじゃれ合う二人を見てマサシはほっこりとしていた。(少年二人がじゃれ合う姿、なんと尊いことか……いやいや、そういう趣味はないから)


 マサシはまだ気づいていない。


 眼の前の光景が『少年二人』のじゃれ合いではないことに。


 ……そのおかげで『フラグブレイカーの残り香』さんが反応せず、マサシにとって非常に好ましいシナリオのままで居ることに気付いていない。


 暫くしてようやくじゃれ合いが終わり、しばしの別れとなる。ポラと女将に手を降って別れ、しばらく歩くと直ぐに門に到着する。


(この門をくぐる時に帰ってきたって気持ちになる日が来ると嬉しいなあ)


 マサシはぼんやりとそんな事を考え、衛兵に頭を下げて門を抜ける。森へ向かう街道を暫く歩くと、周囲を歩く人は居なくなり、リュカの息遣いと自然の音くらいしか聞こえなくなった。


 念のために周囲の確認をするも、レーダーに反応はない。マサシはマップ画面を開きリュカを見る。


 リュカも用意万端! と言った具合にマサシを見つめ、その手をぎゅっと握って元気よく宣言をした。


「さあ! 僕たちの冒険がはじまるよ!」

「ゲームで、でしょ……」


 マサシはため息をひとつつくと、自宅に転移するのだった。


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これにて1章終わりです。次章公開は9月3日を予定しています。

2章の終わりまでのストックはありますので、3日以降は毎日更新予定です!

現在推敲中ですので、公開までもう暫くお待ち下さい。

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