フラグの呪いに懐かれて……

茉白 ひつじ

第一章 呪われし男、降り立つ

第1話 星に願いを

「うう……ん……うっわ、寝汗でぐしょぐしょだ……」


 寝苦しさのあまりに目を覚まし、じっとりと湿り気を帯びたシャツの感触に顔をしかめながら布団から這い出たこの男の名前は佐渡さわたり 雅士まさし


 二十八歳独身の彼は昨年まで四つ年下の妹と二人この広い家で暮らしていた。


 高1の時に両親が仕事の都合で海外に引っ越し、兄のことが好きすぎる可愛らしい妹と二人暮らしを始めた事から、その家庭環境を知る友人達から『おまえんちー! ラノベやーしき!』『エロゲやーしき!』等と冷やかされた事もあった。

 

 それも仕方がない話で。


 両親の紹介で来たという留学生の女の子が押しかけてきたり、隣の家からは幼馴染が毎日甲斐甲斐しく食事を作りに来たりと、正しくハーレム主人公の様な生活をしていた――


 ――のだが。


 佐渡 雅士 二十八歳独身。


 何度でも言うが、彼は独身だ。


 留学生とは何度か良さげな雰囲気になったものの、特に深い関係になること無く、高校卒業と共に彼女は自国の大学に進学するため帰国してそれっきりに。


 幼馴染は昨年結婚し、妹もそれに続くように今年の春に籍を入れて嫁ぎ先へ引っ越していってしまった。


 周りからは『なぜお前が未だに独身なのか。そもそもカナちゃんと妹ちゃんがお前をおいて嫁に行ったのは何故だ』等と同窓会をする度不思議そうな顔で言われていたが、雅士は『んなこと言われても知らんがな』としか思わなかった。


 彼は別に女性に興味が無いわけではない。


 かつて彼に絡んできた女性たち――


 ――留学生も、幼馴染も、部活の先輩も、生徒会長も、担任の教師の事だって少なからず好ましく思っていた。


 流石に妹のことは『かわいい俺の妹』くらいにしか思っていなかったが、他の女性達とは『そういう関係になれたらいいな』と、思うこともあった。


 相手の女性達もそれぞれ『そういう関係になってもいいかも』なんて雰囲気を出すことがあったのだが……どういうわけか『良いお友達』以上の関係にはならず。


 結局誰とも甘い関係までには至らず、それぞれ別の人生を歩むこととなった。




「来月で二十九歳か……俺にもいよいよ三十路の足音が……」


 窓を開けると涼しい風が入り込み、雅士の気持ちを落ち着けてくれた。


 眠れぬ夜はどういう訳かどうでもいい昔のことをやたらと思い返してしまう。

 仲が良かった人物を思い浮かべれば、どういうわけか殆どが女性で。


 彼女達はそれぞれ生涯のパートナーを見つけ疎遠になってしまったが、みんな元気にしているだろうか――なんて考え始めると眠気なんて何処かへ飛んでいってしまい。

 

 こうなると暫くは寝れないなと、雅士はバルコニーのハンモックに横たわり、涼しい浜風を浴びながらぼんやりと星を眺める。


「この広い宇宙の何処かになら……俺の嫁さん居るかも知れねえなあ」


『なんてね』と、雅士がボヤいたその瞬間、流れ星が夜空をよぎった。


「お! 流れ星だ! 嫁嫁嫁ェッ!」


 雅士には結婚願望がそれなりにあった。


 数年に1度届く両親からの手紙には必ず『早くお前の孫を見に行きたい』と書かれていたのもあり、来年三十路を迎えることから地味に焦っていたのだ。


 故に必死に念じた『嫁』

 

 そして願いが届いたのかどうかはわからないが、その流星は輝きを増した。雅士はこれは本当に願いが叶うのではないか、一瞬だけ本当にそう思った。


 しかし……


 彼の願いはここで潰えてしまうかもしれない。


 星の輝きは瞬く間にぐんぐんと増し、やがて雅士の視界を覆うほどになる。


 逃げようにも身体が竦んで動けず――


 ――彼は死を覚悟し、天を仰ぎ見たのであった……




『こちら現場です。落下した隕石によりミナモ市ナブラの家屋が全壊、当時在宅中と思われる佐渡 雅士さんの行方がわからなくなっており、現在も捜索が続いています。

 現場の状況から住宅はかなりの高温で焼失したと思われますが、何故、密集した住宅地で佐渡さん宅だけ被災したのか、専門家は……』



「というわけで、君はこの家ごと消えた感じになっています」


 現在雅士はいわゆる神が人と対話する例のシーンの真っ最中。


 人によって『白い部屋』『周りは宇宙空間だった』『空の上であった』『それが普通の和室で』等と意見が分かれる謎空間。


 現在神と語り合う雅士が居るのはそのどれでもなく、自宅のリビングだった。


 しかし窓から見えるはずの海が見えず、代わりに見えるのがどこまでも続く無機質な謎の白い空間。


 その事実が彼に『我が身に何かしらの異変が生じているのだ』と知らしめていた。


 

「一体何が……ていうか貴方は誰ですか……あ、もしかして星が下さった俺の嫁さん……だったり?」


 雅士の目の前にいるのは年齢的には二十代前半くらいに見える黒髪のやや眉毛が太い女性である。


 これは正直雅士のドストライクであった。

 なのでこれはもしやと期待したのだが。


「喜んでるとこなんか申し訳ないけどさ……私は貴方のお嫁さんじゃないわ」


「えっ……?」


「私はいわゆる神様、1級管理神をしているムギエラール。君のドストライクの理想の嫁! って感じに見えてるんだろうけど、ちょっとした事情があって、今の私は相手にとって一番好ましい姿に見えるようになっているの」


 それを聞いた雅士は少々がっかりした顔をするも、好奇心には抗えずグイグイと質問をする。


「と言うことは、俺が汚らしいオッサンしか愛せない感じだったら、貴方は汚らしいオッサンの姿で顕現したということでしょうか」


「……そういう事になるけど……それはちょっと勘弁してほしいわね……。

 罰ゲー……もとい、ちょっとした事情で不定形な姿になってしまっているけれど、私の種族は普通にヒューム寄りの姿をしているし、普段は普通の女神として活動してるのよ? 

 流石に脂ぎったおじさんになるのは勘弁してほしいわね……

(……っていうかブーちゃんめ、そうなるかもって事を見越してこの術をかけたのね……)」


 なるほどそういう物かと納得した雅士は窓の外を見て現在置かれている状況を思い出す。


「それで、俺は死んだということでよろしいんですよね? さっきからずっと流れているテレビのニュースが我が家の異変を語ってるっていうか、あの様子じゃあ生きてるって言われたほうが信じられませんし」


 テレビでは物知り顔の芸能人がテロではないか、いや隕石だ、国の責任はと、それぞれがそれぞれ好きなことを好きなように喚いている。


 それを何処か他人事のようにそれを眺めていた雅士だが、時折映る自分の顔や名前が嫌でも『これはお前の事だぞ』と突きつけてくる。

 

 そうなると『ああ、もうだめなんだなあ』とスッパリ諦めるしか無かった。


「妙に冷静よねあなた……まあ、正解であって不正解ってところかしらね? なんというかああなってしまったのは私のミスと言うかなんというか……。

 アラートを聞いてすっ飛んできたからギリ間に合って、厳密に言うと貴方は死んでないんだけど、今はどうにもできない感じで。

 時間をかければどうに出来そうだから、取り敢えず家ごと此方に転移させて、あっちはこれからアマテラさんとかに根回しして有耶無耶にしちゃえ! みたいな感じなのよ」


「よくわからんが、気軽に面倒なことをしてくれるポンコツ女神が居るんだなってことはわかりました」


「だから貴方冷静すぎてちょっと怖いレベルなんだけど……」



 何処か人ごとのように笑顔を浮かべる雅士に呆れる女神ムギエラールなのであった。

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