第56話 マサシ、お披露目をする
本日はいよいよ屋台のお披露目だ。
作業はずっと自宅で行っていたため、女将やキータがそわそわと裏庭の様子を見に行ったところで何もなく。
(自分で作ると言っていた割には作業をしている様子がない。本当に明日お披露目できるのだろうか)
と、知らぬところで不安にさせていたりする。
現在時刻は九時半。朝食の時間が終わり、宿泊客も大半が宿を発って店内は閑散としている。
「よし、そろそろ始めようか」
宿の店先にリュカと共に立っているのはマサシ。これより屋台の用意を始め、終わり次第お披露目会だ。
「晴れてよかったねえ。今日は頑張って売らなくっちゃ」
「ははは、ま、ぼちぼちやっていこう」
マサシはぐっと背伸びをし、軽く身体を解すと、アイテムボックスから『屋台』を取り出した。
屋台には車輪が取り付けられているので、当初予定していた移動販売も可能だ。
今回は宿の前での販売となるため、その機能をオミットするか迷ったのだが、よくよく考えてみれば宿が酒場として忙しくなる十七時前には店先から撤去する必要があるため、すばやく裏庭に運べるよう、それは残すこととなった。
屋台の屋根は木製だが、カラフルに塗装がされていて子供たちの視線を釘付けにしている。
既に町の子供たちが『何かが始まる』と顔を輝かせて屋台を設営する様子を離れて伺っているのだ。
内側に入り、魔石コンロや
これらの魔導具は大半がアルベルトに手配してもらったものだが、鉄板と簡易水道はマサシが持ち込んだ『日本』の道具だ。
鉄板は使っていない大型のホットプレートから取り外したもので、見た目的には皿のような形をした変わった鉄の板という具合で、そこらの鍛冶師にオーダーすれば作って貰えそうな物だ。
しかし、これはただの鉄板ではなく、焦げ付き防止の加工がされている。
見る人が見れば、その性質に気付いて詰め寄ってきそうではあるのだが……マサシは気づかない。
……幸いなことに、現時点ではまだ『特性』達や『呪い』には気づかれていないようだ。
それで、もうひとつの異世界道具である簡易水道だが、それはシンプルなものである。
上水は板のカバーで偽装されたポリタンクから水が出るようになっているだけのもので、材質に目をつぶれば、水道の魔導具を流用すれば十分再現できるものだ。
下水もまたシンプルな仕組みで、屋台に倉庫にあったミニシンクを取り付け、そこから伸びるノズルがポリタンクに接続したものだ。
これは二つの世界の技術を合体させた画期的(マサシ談)な物で、下水用のポリタンクの中には浄化の魔石が一ついれられていて、三ヶ月は汚水を浄化してくれるようになっているのだ。
水が溜まったら、そのまま水路に流せる素敵仕様なのである。
最後に『パンケーキ』とイラストと共に書かれた旗を立てていると、ソワソワとしたキータがポラと女将のマーサを連れて現れた。
「ぬおっ……!? いつの間にこんなもんが」
「ほんとだよ! さっきまで何もなかったのに、いつ何処から持ってきたんだい?」
「わーすごーい! おにーちゃん大魔術師なの? すごーい!」
「ははは、びっくりしましたか? ほら、ここに車輪がついているでしょう? 他所で作って持ってきたんですよ」
「持ってきた? ……あんたらが上から降りてきてから少しも時間が経ってないじゃないか。まったく……変わってるのは服だけじゃなかったみたいだね」
「しかし、これは良いぞ。ぱっと見れば宿が拡張されたようにも見える。
調理場も……なんだか使いやすそうだ……なあ、うちの調理場もマサシに頼んで……」
「あんた!」
「うむう……」
わいわいとそんな事をしていると、なんだなんだと人々が集まり始める。
「マサシ、人が集まってきたよ!」
「おっと、これはチャンスだ早速はじめよう!」
マサシは屋台に入り、パンケーキを焼き始める。
幸いなことにこの世界では畜産文化がきちんと根づいていて、卵や牛乳の入手に頭を悩ませると言ったことはなかった。
バターは若干高めだったが、それでもパンケーキに添える程度ならば問題はない。
ふわりと辺に良い香りが漂い始めると、嗅ぎなれない香りに誘われて更に人々が集まってきた。
屋台街から離れたこの場所で、まして昼を出していないはずの宿から何か珍しい香りが漂っているとあって、新しもの好きの住人たちがわんさか集まってくる。
一枚目が焼き上がったタイミングでリュカが声を掛ける。
「いらっしゃい! いらっしゃーい! 本日初お披露目! マサシ印のパンケーキだよー! この時間限定、一切れ無料! さあ、みんな味見してってー!」
「ちょ、リュカ? マサシ印ってなにさ!」
「あはは。良いでしょ、わかりやすくて」
「もー!」
『無料』と聞いて人々が押し寄せてくる。あっという間に人だかりができてしまい、リュカが必死にそれを整列させている。
ある程度人が集まったところで、マサシは大皿に切り分けたパンケーキを並べ、屋台の前に作られたテーブルに置いた。
思わず手を伸ばそうとする客たちを軽くたしなめ、そのまま説明を始める。
「みなさん、これが本日初お披露目の『パンケーキ』です。材料はパンと同じ様なもんだと思ってください。
似たような物を見たことがあるかも知れません。でも、このパンケーキ、実は『甘い』料理なんです。食事代わりに、と言うよりは間食として召し上がっていただくのをおすすめします」
『甘い』という言葉に周囲がざわめきに包まれる。
果物などから得られる味覚により、甘いという概念こそあるが、その果物が入っている様子が無いのに甘いのだというパンケーキに視線が注がれる。
「ああっと、今の状態は未だ甘くはありません。このままでも美味いんですが……この、すごおく甘い蜜をかけると……」
トロトロとした蜂蜜が黄金色に輝きながらパンケーキに注がれていく。
予め乗せられていたバターの香りと甘い蜂蜜の香りが混じり合い、なんとも言えない美味しそうな香りがあたりに漂っていく。
あちらこちらから『グウ』と腹がなる音が聞こえてくる。現在時刻は十時。早いものは六時には朝食を取っているため、だんだんにお腹が空いてくる頃である。
「さあ、召し上がれ……と、言いたいところなんですが、これを言わずにお出しすると後から文句を言われるかも知れませんので、先に『甘い蜜』について説明をしておきます」
マサシはこの蜜の正体を語った。
レッド・ビーが花から集め、巣に蓄えている蜜であること(レッド・ビーが加工したものということは伏せた)
滋養があり、それは錬金術師や薬師が薬品作りに用いる程であるということ(軽く話を盛っています)
そして、とっても甘く、一度口にしたら癖になるということを、商業ギルドのお墨付きである事を全面に押し出し説明を終えた(アルベルトの許可は得ています)
集まった人々の中にはやはりレッド・ビー、魔物とは言え、虫が集めたものであるということで顔を
けれど、薬師が使うくらいなら、商業ギルドが味見をして評価しているものならと、それなら別に良いのではないかと……
ざわざわと話しているうちに、無理やり自分たちを納得させていた。
『甘くてくせになる』
何よりその一言がやはり強かった。
「では、みなさん、召し上がってください。一人一つですからね」
マサシの声に、俺も私もと、次々に手が伸び、パンケーキが皿から消えていく。
とは言え、一気にパクリと口に入れる者は誰一人としておらず、誰かが食べたら自分も食べようと、皆揃って牽制し合っていた……のだが。
「うっわ……なあにこれえ……うまあい……」
勇者が現れた。
甘い香りに耐えきれず、ぎゅっと目を瞑ってパンケーキを口に運んだのは一人の女性。
はむっと口に入れた瞬間、広がる幸せの甘み。
思わず声に出た感嘆の声。
もくもく……もくもくと、愛おしそうに咀嚼している……その様子を見てからは早かった。
皆競い合うようにパンケーキを口に入れ、それぞれが蕩けた表情をしている。
それを見た様子見組も我慢ができなくなり、パンケーキ配布の行列に参加する。
嬉しげにパンケーキを頬張る人々の中には子供たちの姿もあり、ふわふわとほっこりとした笑顔をみせていて、それはマサシとリュカを喜ばせた。
「無料分あと百食でーす。まだ食べていない人はどうぞー」
リュカが呼び込みをすると、更に人が増えていく。そこですかさずマサシが本題を発表する」
「えー、無料分がなくなり次第、販売となります。量は無料分の六きれ分で、切っていないものを一枚三十銅貨で販売します。
ちょっとお高いですが、あま~い蜂蜜とバターが乗っている分お得ですよ」
「うおおおおお!! それなら二枚は買えるぜ」
「僕のお小遣いでも買えるー!」
「今日の昼はこれにしよう!」
ちょっと高い、それはパンの価格が十銅貨、串焼きが五十銅貨というのを聞いてそれと比較する形で言ったのだが、美味しくてそこそこボリュームが有るパンケーキだ、味見をした者たちは『全然高くねーぞ、安いくらいだ』と大喜びである。
ちなみにレモネードは二十銅貨で、セットで買うとちょうど五十銅貨になる。
子供が手伝いをして稼げる程度の小銭であり、大人であれば気軽に買ってつまめる程度の価格設定。
この価格はアルベルトと相談し、今後マサシが誰かにパンケーキの運営をお任せしたとしても、十分にやっていけるよう、レッド・ビーの巣の調達から加工費、小麦粉やバター、魔石代等の原料費等を考慮して決められている。
もっとも、誰かにお任せすると言ってもレッド・ビーの巣を気軽に狩れるような者はまだいないのだが……女神が何かをやっていたようなので、マサシがそれに来づければそれが解決するのは時間の問題……かもしれない。
ここまではスムーズに思いつき、用意できたのだが、実は一番頭を悩ませたのは食器類だった。
普通に食器を用意すれば、食後にそれを返却してもらう必要があるわけだ。
そうなると、客は屋台のそばから離れられず、買うために並ぶ者、食べるために留まる者、そして食器を返すために並ぶ者で屋台周辺がカオスになってしまう。
それを解決するには、使い捨ての食器しかない。
ただし、地球の様に紙皿や割り箸のようなものは存在していないわけだ。
リュカと二人でうんうんと悩んだ末に辿り着いたのが魔術を用いた食器だった。
リュカが魔術で量産した素焼きの皿と、マサシがスキルを駆使して作った木製のフォーク。
材料費は無料、人件費も無料。
食べ終わったら、皿は邪魔にならない所で割れば土に帰るし、木製フォークは持ち帰って使ってもらってもいいし、要らないなら火にくべてもらっても良い。
何しろ調子に乗ったマサシが売るほどに、それも出荷できるほどに大量に作ってしまったため、向こう数年は作らなくてもいい量がストレージに収納されているのである。
もしも誰かに屋台を変わってもらうとしても、フォークは屋台と一緒に譲渡するつもりだし、皿は土魔術を使える人を雇って作ってもらえばいい。(その分、若干の値上げが必要となるが)
もっとも、ある程度スイーツの布教を進めてから旅に出るつもりなので、マサシのパンケーキ屋さんは後もう少し続く……のかもしれないが。
カーンと、鐘がひとつ。
少し前に四回鐘がなっていた事から、間もなく十六時三十分かとマサシは額の汗を拭う。
十七時前には閉めるというのが女将のマーサとの約束なので、今並んでいる分で販売をき上げ、屋台を閉める旨を伝える。
「はい、パンケーキです。本日最後のお客さんなんで、蜂蜜少し多めにおまけしときました!」
「お、ありがとね! 美味かったら宣伝しておくからさ、またおまけしてくれよな!」
「ははは、ありがとうございましたー!」
「ありがとうございましたー!」
最後の客を見送ると、リュカと向かい合ってパチンとハイタッチ。
「リュカ、お疲れ様。いやあ、想像以上に凄い人だったねー」
「そうだね! でもよかったね、マサシ。僕さ、全然売れなかったらどうしようかと思ってたんだ」
「うん、俺も少し心配はしてたんだけど……売れすぎて困るくらいだったよ……」
「その割には嬉しそうな顔をしてるよね」
「まあねー」
こうしてマサシのスイーツ布教活動は最高のスタートを切った。
ゆくゆくは砂糖の原料を発見し、この世界に砂糖を普及させて、誰しもが気軽に街で甘いものを買い食い出来るようにしていきたい……。
その大きな野望の一歩を踏み出したのであった。
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これにて二章終了、そしてストック終了です。
三章の公開は未定ですので、気長にお待ち下さい……
……ざっくりとしたプロットは有るのですが、9月17日時点で手付かずだったりしますので、気長に気長に願いします。
次の更新予定
毎日 10:00 予定は変更される可能性があります
フラグの呪いに懐かれて…… 茉白 ひつじ @Sheepmarshmallow
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