第4話 マサシの呪い

「お、そう言えば試してみないとな! ステータスオープン!」


 若干照れがある声でお約束のセリフを叫ぶと、マサシの眼の前にゲームで見慣れたステータス画面が現れた。


 実は心の中で念じるだけでこのスキルは発生するのだが、あえて女神は黙っていた。


 きっと今頃得意げに叫んだマサシを見てコロコロと笑っていることだろう。


名前:マサシ・サワタリ

性別:男

年齢:二十八歳

職業:無職

LV:1

HP:68 MP:22

力:12 魔:8 賢:15 速:5 器:8 運:20

スキル:なし

加護:ゲーム的な色々

呪詛:フラグリバーサル


 ワクワクしながらステータス画面を開いたマサシだったが、あまりにも平凡すぎるパラメーターに若干気を落とす。


「無職なのはまあ……なにかファンタジー的なジョブの適性が生えるような事をした覚えがないからな、そこは別にいい。

 パラメータは……強いのか強くないのか基準が無いからまったくわからんが、どうも普通っぽい事だけはわかるからコレも別にいい。

 ……雑な表記の加護もギリ許せるが、この呪詛ってなんなんだよ……おっかねえ……」


 思わず声を出して『呪詛』という文字に『なんなんだ』とツッコミを入れてしまった瞬間、なんとメニューが反応しフラグリバーサルの詳細が明らかになった。



【フラグリバーサル】 


 マサシに何故かかけられていた気の毒な呪いが変化したもの。


 元は【フラグブレイク】という呪いで『マサシに益をもたらすフラグが立つと緩やかに破壊する』という恐ろしい効果を持ち、なにをやっても解呪が不可能という『君、誰に何やったの?』レベルの強烈な呪いだった。


 しかし、それを気の毒に思った女神ムギエラールがどうにか手を加え『あるある系フラグをなるべく空気を読んで逆転させる』という呪いへと変化した。


 今はまだ呪詛ではある。


 しかし、効果が発動するごとにスキルポイントがたまり、それが一定数を超えた時に解呪は果たされ、マサシにとって非常に有利なスキルへと生まれ変わる……といいね。


………




 説明を読んでいたマサシは数々の思い当たる節を思い返し、ひとり静かに涙を流した。


 留学生や妹、幼馴染等が自宅で入浴中、そうとは知らずに浴室に足が向いてしまうことがしばしばあった。


 しかし、必ずと言っていいほど呼び鈴がなったり、電話がなったりとラッキースケベは未遂で終わっていたのだ。


 電話や客の応対を終えて再度浴室に向かう途中、湯上がりの彼女達と遭遇し、ラッキースケベ未遂に気がついて胸をなでおろすやらガッカリするやら……そんな事を思い出す。


 それ以外にも様々な事があった。


 まず、隣に住んでいた幼馴染だが、彼女とは高1の夏までは毎朝一緒に通学し、暇があればちょいちょい家に遊びに来るような仲だった。


 彼女はマサシと家族のような付き合いをしていたため、彼の両親が引っ越しした話を聞いて『おじさんとおばさん海外行っちゃったんだ……じゃあ、私毎日ご飯作りに行くね! なんなら……住んじゃおうかな……なんてね!』と可愛らしい笑顔と共に言ってくれたのだ。


 これ幸いと雅士が喜んだ翌日の事だ。


 中学から鳴かず飛ばずだった彼女は突然部活のレギュラーに選ばれた。


 それには当然マサシも喜び、祝福したが、レギュラーともなれば当然練習量が増すわけだ。


 そして忙しくなった彼女はマサシを手伝う余裕どころか、朝練に参加するために登校は別になり、部活やら練習試合やらで日々の付き合いが激減してしまった。


 それでも……たまにスケジュールが空いた際には遊びに来てくれたし、週に3度は夕食を差し入れに来てくれたりもした……のだが。


 部活で成果を上げた彼女は推薦を受け、地元から遠い大学へ行ってしまった。


 それをきっかけに完全に距離が遠のく事に。


 里帰りをした彼女と何度か顔を合わせることもあったのだが、その態度は『会えば会釈をするお隣さん』と言った具合で。


 まあ、互いに大人になったんだしそんなもんだよなぁ……と思ったマサシだったが、それはそれとして寂しく感じたものだった。


 留学生にしてもそうだ。


 最初は何処か遠慮がちだった彼女も共に1年過ごす頃にはかなり打ち解けていた。

 

 幼馴染との距離が徐々に開くのを感じ、少なからず寂しく思っていたマサシが彼女に惹かれていくのは時間の問題であった。


 今思えば彼女もマサシとの事を憎からずなく思っていたのだろう。


「マサシと居ると心がほこほこするんダ。もっとニホンのいいとこ、マサシのいいとこ知りたいナ」


 なんて、彼女の口からなんとも嬉しいセリフを聞いた翌日の事だった。


 何時ものように夕食だと呼びに行くと、


「ゴメン、今ちょっと忙しいから後でネ」


 なんて、普段のべったりとした反応とは違う塩対応。


 なんだか胸がチクリと傷んだマサシは『なにか悪いことをしたのだろうか、気づかず嫌がられるような態度をとったのだろうか?』と、頭を悩ませた……のだが。


 結局の所、その理由は簡単でつまらないものだった。


 彼女は突如としてネトゲを始め、それにどっぷりハマってしまったのだ。


 今思えば妙な話だった。


 それまで彼女がゲームの話をしたのを聞いたことがなかったし、そもそもそれをするためのゲーム機やPCすら持っていなかった。

 

 なぜなら彼女は機械の操作に弱いからだ。


 クラスメイトにしつこく催促されるまでスマホを購入しなかったし、購入後もマサシが根気よくレッスンを続けて漸くSNSとブラウジングが出来るようになったくらいだった。


 そんな彼女が唐突にクッソ高いゲーミングPCを購入したかと思ったら、そのままガチのネトゲ廃人と化してしまったのだ。


 当時のマサシは(すげえパソコン買ったんだなあ、良いパソコン買うと色々やってみたくなるもんな、わかるわ)と呑気に納得してしまい、何故か『彼女が機械音痴である』事が頭から抜け、その行動を訝しむことが出来なかった。


 そしてエンドマシンの購入後、彼女はいつの間にか学校に行き、いつの間にか部屋にいるようになった。


 食事も当然部屋でとり、学校でも何故か会うことが出来なかったため、彼女と会話をする機会が無くなってしまった。


 それどころかマサシが再び彼女と顔を合わせる機会は帰国するその時まで訪れなかったのである。


 帰国時もよそよそしい挨拶が一言だけ。


 「お世話になりました。では乙」


 何とも複雑な気持ちで見送りをしたのをマサシは今でも思い出す。



 ただ、妹に関して言えば若干事情が異なっていた。


 肉親故に変なフラグが立つことが無かったためか、特に妙な介入が発生することもなかった。


 実家から近い場所に就職した兄妹はそのまま実家に住み続けていたため、近年まで二人仲良く暮らしていた。


 理不尽な別れを色々と経験したマサシが挫けずに生きてこられたのは妹の存在が大きかったのかもしれない。


 しかし、そんな妹も先月嫁に行ってしまった。


 今考えれば昨年夏に酔った妹が発した妙なセリフこそがフラグになっていたのだろう。


「まさかこの年になるまでお兄と二人で暮らすハメになるとはねー。いい年した男女が仲良く一緒に暮らしてるとさ、なんだか夫婦みたい……なんてね」


 と、酔っ払った妹が妙な事を言ったと笑って流した翌日、いつも定時に帰る妹が遅くまで帰ってこなかった。


 妹は二十三歳でとっくに成人済みだったし、事前に『ご飯は外で食べる』と連絡が来ていたので、マサシは心配することも、特に理由を尋ねる事もしなかった。


 その日から妹の外食は数を増していくのだが、まあ大人だしねとマサシは大して帰にしなかったのだが……


 それが半年ほど経過したある日、家で顔あわせをさせられた『彼氏』を見てマサシはなるほどなと、外食が増えた理由を悟ることになった。


 結果として、その彼氏がそのまま妹の結婚相手となったわけだが、妹の幸せを喜ぶ半面、若干心がざわめいたのは秘密である。



「みんながそれぞれ幸せになったのは嬉しいからさ、今更どうのこうのとはちょっとしか思わないけどさ……こう、縁が遠のいたのが全部呪いのせいだったなんて……それに今気づいた所でもうどうしようもねえっていうか、この気持ちどうしたら良いんだろうな……」



 思い出せば思い出すほど『友達から恋人にジョブチェンジするフラグ』とその後遠のく関係に心当たりがあり過ぎて行き場のない怒りがマサシを包み込む。


 そしてそれを発散させるべくマサシは雄叫びを上げた。


「ちくしょおおおおお!!! みんなもげてしまえええええええ!!」


 崖に囲まれたこの土地での雄叫びは非常に良く反響し、小動物たちを震え上がらせる。


「ちくしょう、ちくしょう……でもその呪いが変化したんだよな……?

 フラグリバーサルだっけ? 例えば死亡フラグ的なセリフを言えば生き残れたり、あえてダメそうなフラグを選べば成就したりすんのかな? 

 そんで逆に良いフラグをへし折れるように行動していけば……俺にも幸せが訪れる……かもしれんなぁ……」


 こうしてマサシはほんの僅かながらの希望に胸を躍らせ、取り敢えず異世界で頑張ってみるかと若干機嫌を良くするのであった。


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