第3話 ようやく転移ですよ
何とかやっていけそうだなと、心に余裕ができたおかげか、現実的で、庶民的な事が気になり始めてしまった。
しょうもない事だよなとは思いつつも、どうしても気になり、何だかじわじわと不安になってきたため女神に尋ねることにした。
「あの……全っ然これからの事と関係ないんですけどいいですか? いや、少し関係はあるか?」
「何かしら? ユリカゴに降りたらあんまり連絡取れなくなるから、気になることは今のうちに聞いておきなさい」
「はい、ありがとうございます。えっと、それでですね……こっちで使った光熱費ってどうなるのかなって。
口座から引かれっぱなしだとその、そのうち残高が無くなって払えなくなっちゃうんじゃって……」
本当にどうでもいいような質問に女神はあんぐりと口を開けて驚くが、雅士にとっては実際死活問題であった。
僅かではあるが貯蓄はあるので当面の支払いは心配ないが、それも長くは持たないだろう。
もしも引き落とされるとなれば、光熱費を節約する必要がある。
しかし、女神は嬉しい返事を返した。
「大丈夫。電気水道ガスにネット料金は無料よ。ていうか、現時点では消失した扱いになっているあんたの家からどうやってガスや水道の徴収するのよ?
そもそも帰る時に辻褄を合わせて『何もなかったことにする』んだから問題ないわ」
「ああそうか、そうですよね。にしてもタダか! やったぜ!」
女神は無料と聞いて小躍りする雅士に頬を緩ませながら、次の説明を始めた。
「貴方の家が配置される場所は周囲が崖に囲まれた土地でね、綺麗な泉と草原があって良いところよ。誰も入ってこれないけど」
「ふむ……?」
周囲が崖の土地、周りが壁に囲まれているのか、隆起したギアナ高地的なアレなのか、そのどちらかはわからないけれど、これってもしかして……と、とっても嫌な予感がした。
「……ふと思ったんですけど、そんな場所から俺はどうやって外に出れば良いのでしょう? ファストトラベルって自分の足で一度行った場所にしか使えないんですよね?」
「アッ…… ……貴方いいこと言ったわ! 危なかったー、このまま送っていたら貴方一生あそこから出られなかったわね。
……いや、クライミングスキル身につけたら出られるかも知れないけど」
申し訳なさそうに舌をペロりと出す女神。
正直いい年をした女性にやられてもイラっとすることが多い仕草なのだが、目の前の女神は雅士のドストライクな姿を現しているため、雅士はグッと来てしまって怒る気をなくしてしまった。
「それでどうするんです? 俺はその『穏やかに死に向かいゆく地』みたいな所で一人さみしく一生強制スローライフって感じになるんですか?」
「ひどい表現するのやめてよね……一生じゃなくて還す用意ができるまでだし、特別に手頃な森にも転移マークつけとくから大丈夫よ。
その森は街道から入れる場所にあるから誰かしら入ってこれるだろうから寂しくないし、そこを抜ければ何処にでも行けるわ」
「それなら……まあ」
そして暫くなにか無いかと考えていた雅士だったが、特に何も思い浮かばなかったため、女神にGOサインをだした。
「ゴメンね雅士くん。私のせいで……ほんとごめん……何年かかるかわからないけど……必ず雅士くんを迎えに行くから待ってて……」
「何ラノベヒロイン見たいなこといってんすか。その見た目で言われるとかなりグッとくるから辞めて下さいよ、ほんと今の貴方って俺のドストライクなんで……」
「ふふ、これからちょっと大変かもしれないからさ、明るい気持ちで旅立って貰おうかなって」
「要らん所でサービスを……まあいいや。じゃ、いつでも飛ばしてください!」
「その意気や良し! では貴方の人生に幸あらんことをー ようこそラナウェールへ!」
作ったような声でメモに書いてあったようなセリフを雑に読み上げると、家全体が白く輝き、雅士ごと女神の目の前から消え去った。
「ふう、さて私のお仕事はこれからだねえ……彼がラナウェールを気に入って永住してくれれば楽なんだけど。ま、ちょいちょい観察して判断するとしますか……あっ」
そして女神は重要なことに気がついた。
それは異世界で雅士が生活するにあたって非常に重要な事であり、できれば今すぐにでもここに呼び戻してして授けなければいけないもの。
しかし、そうぽんぽんと下界に干渉するのは褒められたことではなく、上にバレれば査定にも響く。
女神はため息を付いて天を仰いだ。
「まいったな……自動翻訳あげるの忘れちゃってるわ……。
雅士くんってば、うちの子たちから見たら『良くわからん言葉を話して言葉が通じない不審人物』だわ……呼び戻して加護を……
でもなー、今回のやらかしで上から目をつけられてるからなー……送り出してしまった以上、暫く干渉するのは避けたほうが良いよねー……呼び戻すのもなんか気まずいし……」
頭を抱える女神だったが、直ぐに考えを切り替え『まあ、なるようになるだろう』と呟いて雅士の様子を観察し始めた。
神という存在は得てして切り替えが早い性質のようだ。
「お、無事に転移できたようね。ではこれから楽しませてもらうとしますかー……なるほどなー、ブーちゃん達が言ってた『
じゃ、頑張ってね、マサシくん?」
とある場所、隔離された土地に眩い光が立ち込める。
周囲に居た鳥や小動物はそれに驚き身を隠し、あたりはざわめきに包まれた。
やがて光は止み、それまでそこにはなかった大きめの一軒家が姿を現した。
暫くの間遠巻きに眺めていた小動物たちであったが、中から人間が現れたのを見て再び姿を隠す。
「うわー、めっちゃ大自然って感じだな……女神様の話によれば周囲は崖なんだっけ? マジ危なかったわ……こんなところに一人で数年隔離とか心が浄化されて俺が俺じゃなくなっちゃうよ」
マサシはおそるおそる家から出ると、周囲をウロウロと歩き回り調査をする。
家を中心に広がる全周1km程度の土地。
遠く、壁のような岩山が見えるため、なるほど高地的なアレじゃなくて火口的なアレの方かと、森への転移ポイントを作ってもらって本当に良かったと胸をなでおろす。
しかしながら。
周囲を壁に囲まれた誰も居ない自分だけの土地である。
この全てが自分の所有地……そう考えれば、泉と草原、僅かな林を持つ豪華な庭とも言える。
「どうなるかはわからんけど、広い庭があると思えば元の土地よりは良いような気がするな。
……駅やコンビニまですげー遠そうなところに目をつぶればだけどな!」
誰に言うでもなく一人冗談を言って、どこか満足そうに背伸びをするのだった。
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