「第二十四話」落ちぶれ巫女の悪夢
「……天道、ツバキ」
やけにスッキリしている目覚め。
しかし脳裏には鮮明に、先程見て感じていた全てが色濃く残っている……微睡むような感覚は一切無く、しかし自分が先程まで寝ていたという事実だけはしっくり来る。
奇妙な感覚だ、と。
私は見知らぬ天井をぼんやりと眺めながら、寝たことのない布団の上でゆっくりと思考を巡らせた。
(……落ち着け、私)
蘇る記憶、自分の失態を噛み締めながら、私は敢えて冷静であることを選んだ。
ここがどこなのかは知らないが、まず確実に敵陣のど真ん中だということだけは明確。
数でも質でも劣るこの状況で下手に動いてしまっては、生きているかもしれないライカを探すこともできない。
冷静になれ、私。
とにかく今は耐えて、来たるべき時にその身体を動かすんだ。
(……)
とはいえ、だ。
このまま何もせずにいるというのはいろんな意味で耐えられない。
私は、この妙に清々しい目覚めに対して感じる違和感について考えた。
寝ている時に見た夢というのは、起きた時点では覚えていないのが当たり前だ。
目覚めた直後や微睡んでいる時は、記憶の欠片ぐらいなら残っているかもしれない。
だが目覚めてからもうすぐ一分、しかも今までにないぐらいに目覚めがいい……にも拘らず、私は先程まで見ていた夢の内容を一から十まで全て覚えている。
有り得ない。
現実的に考えて有り得ない。
まぁ、おおよそ見当は付いているのだが。
(でも、だとしたら……)
あれは何だったのだろうという疑問に、当然行き着くわけだ。
仮にあの夢……のようにも見えたなにかが、本当に契約者であるカゲルの記憶の断片だとすれば、それはまぁおおよそ合点がいく。
神と契約を結んでいる巫女の中には、たまにそういう奇妙な夢を見ることがあるらしい。
それは予知夢のときもあれば、夢物語に出てくるようなお告げだったり……今回の私は、無意識の内に記憶の一部を共有していたのだろう。
故に、あの記憶は全てカゲルのものなのだ。
あの地獄絵図はかつて実際に起きた出来事であり、それを作り出したあの『私』は……恐ろしいことに、確かに、存在していたのだ。
それは天叢雲剣を握り、思い描くことも馬鹿らしくなるような規格外の強さを持ち、そしてカゲルと契約を結んだ。
(……でも、誰だったんだろう)
推理できなくもないし、するための材料は意外にもある。
まず握っていた神剣である天叢雲剣、あれは天道家のみが所有・使用を許された大神器。あれを難なく握り扱っているということは、彼女は恐らく天道家の人間だ。
次に服装から時代を推察できる。
身に纏っていた最低限の鎧、あまり美しくない麻布。
妖魔などの人外に対する対抗策が確立されておらず、更に人としての営みもそこまで潤沢ではなかったと言える。
カゲルが寿命の概念を超越した神であることを加味すると、彼女は恐らく大昔に生きていた人間……つまりは天道家の、私のご先祖様と言えるだろう。
ここまでは分かる。
あくまで推測の域を出ないが、仮説としては十分すぎるほどに根拠が揃っている。きっと夢に出てきた『私』は、大方私の予想通りの人間だろう。
そう、人間。
鬼、祟神、妖魔……名だたる魑魅魍魎共を涼しい顔で殺戮するようなバケモノが、人の域に収まったまま過去に存在していたということになる。
しかも、自分の血筋から。
無論、天道家には名だたる英雄を先祖として持っている。
力ある神と契約して尚、自らの肉体の鍛錬を怠らず……そういった人間は、事細かに記され名を刻んでいる。──故に、私のこの推測には大きな矛盾がある。
私はそんな、天地を素手でひっくり返すような怪傑がいたという話を聞いたことがない。
(『百鬼夜行』を単独で撃破するようなら、それはもう太陽神様と互角……いいやそれ以上の力を持っていることになる。でも、ご先祖様にそんなのがいるなんて聞いたこと無いし、いたとしてもせいぜい百匹を一撃で薙ぎ払うぐらいだし、しかもその人は男だったし)
どうしたものか、私はまるで名探偵にでもなったような高揚感とともに、これ以上踏み込んではいけないという謎の直感が働いているのを感じ取っていた。
そこに根拠はないし、寧ろ知っておいたほうがいいまである。
契約している神のことを知れば、互いを結ぶ縁も強くなり、借り受けられる力や恩恵も大きくなる。……なる、のだが。
(……どうして?)
拭えない違和感。それほどまでの傑物がいたのであれば、それは最高の宣伝文句になる。
他の御三家たちに圧倒的なまでの差をつけ、『巫女といえば天道家』とまで言わしめることさえできたかもしれない。
にも拘らず、その傑物の名は出されなかった。
何故? それは今の情報では分からない。
何か表に出せないような不都合があったのか、それとも別の事情があったのか……しかしそれがあるとするならば、きっとそれはこの国そのものを危険に晒すような、そんな、とんでもない事情だったことは明白だ。
(……あなたは、何者だったの……?)
ごくり、と。
喉を鳴らし、今も脳裏に焼き付いているその名を呟く。
「天道、ツバキ……」
答えはない、返ってこない。
だって誰も知らないから、会ったことがないから、話したことがないから。
ただそれでも、あの夢の中に出てきた彼女は……確かに存在していたのだ。
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