「第十話」落ちぶれ巫女と自問自答


『近い内にお前には任務に出てもらう。今日は、ゆっくりと英気を養っておけ』


 親父にそう言われ、私は再び病人として布団の中にいる。


 さっきから変な感じだ。

 あんなに嫌で仕方なかった親父も、顔を見るだけで嫉妬で頭がおかしくなりそうな妹たちも、昨日のことがあってからなんというか優しい。

 私なんかのために、あんなに声を荒げているみんなを初めて見た。


 何がみんなを変えたんだろう。


 私がカゲルと、神と契約したこと?


 いいや違う。

 みんな、カゲルと契約したこと自体には終始反対だった。


 私がライカを助けたことだろうか?

 それとも、もっと別の理由?


「見え透いた自問自答、やっててつまんなくないのか?」

「……カゲル」


 こいつ、また勝手に顕現してる。

 私の霊力を勝手に使って。

 ……なんか手に美味そうな串団子持ってるし。


「どっから持ってきたのよ、それ」

「ん? この屋敷を適当に歩いてたらさ、机の上に山盛りだったんだよ」

「……うわぁ」


 多分これフウカのやつだ、そうに違いない。

 嫌だな、食べ物に対しての執着がすごいアイツのことだ……きっと今頃欠けた一本に憤慨して、ライカや親父にキレ散らかしてるんじゃないだろうか?


「あんたねぇ、もしこれがあいつにバレでもしたら……むぐっ!?」


 口元に押し込まれたもちもちしたなにか。見るとそれは、三色の団子が刺さった串だった。


「お前の分もあるぞ」

「……たべる」


 駄目だ、そういえば昨日から何も食べてないんだった。

 食欲に抗えなかった私は、そのまま賄賂を受け取り貪った。

 美味い、飢えた口の中に甘さが染み渡る。

 

 ……その分フウカにバレた時を考えると怖いけど。


「んで、どういう意味よ」

「何が?」

「見え透いた自問自答、ってやつよ」

「……あー」


 カゲルは最後の団子を口に放り込み、残った串をしゃぶりながら目を逸らした。


「だってさ、分かりきったことをわざわざ口に出すっておかしいだろ」

「何よそれ、私は……」

「『元々みんな優しかった』」


 唐突に放たれる言葉。

 それに秘められた真実が、私の胸を締め付ける。


「親父さんが厳しかったのはお前の身を案じたから、妹たちが今まで言ってきたのは正論だった……でも、それを認めたら自分がどうしようもないやつだってことに気づく。だから見て見ぬふりをしてきた、そうだろ?」

「……はぁ」


 全部お見通しか、くそったれ。

 まぁそりゃそっか。

 こいつだって神様だし、契約者である私の心情を読み取るぐらい造作もないのだろう。


 まぁそれにしたって気分は悪いし、不快ではあるのだが。


「申し訳ないなぁって、思ったりもするんだけどね」


 何やってるんだろうな、私。

 ぼんやりとそう思いながら、自分の神様に語りかける。


「もしそれで拒まれたら、私どうなっちゃうんだろうなぁ……って、思っちゃって」


 カゲルは何も答えない。

 ただ私に背を向けたまま、ぼんやりと遠くを見ている。


 ああ、もしも今が夜であったのであれば。私はこのまま眠って、起きて、何事もなかったかのように明日の任務に励めるのに。

 太陽はまだ空で輝いているし、何ならまだ昼餉を食べてすらいない。


「……言える時に言っといたほうが、いいと思うぜ」

「えっ?」


 声色があまりにも異質で、一瞬誰かと思ってしまった。


 だがそこにいるのは紛れもなくカゲルで、しかしその目はひどく遠くを見るような……また、そんな顔をしていた。


「それって、どういう」

「……さて、団子も食ったことだし俺は消えるぜ。じゃあな!」


 呼び止める間もなく、カゲルは消える。

 そこに気配も何も残さず、まるで最初からそこにいなかったかのように。


「……」


 なんとなく、呼びかけても応えないだろうなって思った。

 だから私はため息を付き、諦めて布団に入ろうとして……廊下の方から、足音が聞こえてきた。

 わずかにぶつかる食器の音から、女中が昼餉を持ってきてくれたことが伺える。


「姉様、失礼します」

「げっ」


 開けられた襖の向こう側には、なんだか優れない顔をしたフウカがいた。

 隣にはほかほかの夕餉の乗ったお盆が置いてあり、彼女自ら持ってきてくれたのだろうと察せられる。

 

 ……不味い。

 私は瞬時に持っていた竹串を布団の中に突っ込み、無理やり笑顔を繕った。


「お、おはようフウカ! ご飯持ってきてくれたの!? うれしいな〜でもそれって女中さんのお仕事じゃなかったっけ〜? フウカには、その〜? もっとやるべきこととか、できることがあるんじゃないかなぁ……って」


 我ながらヤバすぎる棒読みだなぁ、と。

 心の中で静かに涙を流しながら思う。


 駄目だ、詰んだ。

 こんなのでお互いの胸の内を知ることなんてできるわけがない。──だが。


「……やっぱり、嫌でしたか?」

「へ? えっ、どゆこ──げっ」


 ブルブルと肩を震わせながら、なんとフウカは静かに泣いていたのである。

 お葬式のような胸中は吹っ飛び、私の胸の内はもう火事場状態である。


 え、なんで? 

 なんで泣いてるの?


「やっぱりお姉様は、私の顔を見るのが嫌なのですか……?」

「えっ、ええ!?」


 わかんない、なんにもわかんない。

 でもこのままではマズイ、どうにかしなければ。


「お、落ち着いてくだされフウカ殿! 拙者はお主のことをそんな風に思ってはござらん!」

「嘘です! だって口調がおかしいし、顔が引きつってます!」


 口調がおかしいのは自分でもわかってる、でも頭真っ白なんだもの仕方ないじゃない。


 顔が引きつっているのはいきなりお前に泣かれてびっくりしてるからだよ。

 なまじ私より背が高いし乳房もあるし大人びた見た目してる女、しかも年下の義妹がえんえん泣くのは絵面的にも相当な『アレ』があるんだぞ。


「嫌じゃないから! 別に嫌いでもないし……えっ、ほんとにどうしたの!?」

「……だって、突き飛ばしたから」


 へ? 困惑した私の顔の前に、フウカは袖をまくって肘を出してきた。

 これは、えっと……ちょっと大きめの、かさぶた?


「……ん??」

「見て分からないんですか!? 昨日、お姉様は家出する時に私を突き飛ばしましたよね!? これはその時できた傷です。私は! お姉様の! せいで! 傷つきました!」

「あっ、あー。あー……なるほどね? うん、ごめんなさい!」


 どういう感情でこんな事になっているかは知らないが、とりあえず自分がこの子を傷つけてしまったことは確かなのだろう。

 しっかりと頭を下げ、謝る。


 ……ちらり、と。

 上目遣いでフウカの顔色をうかがう。


「……」

(あ、駄目だこれ。タダでは許してくれないやつだ)


 私の心は再びお葬式状態へ移行する。

 もう駄目だ、おしまいだ。


 だが、そんな私の胸中は……またもや大きく、予想外の方向へ裏切られることになる。


「痛いです」

「う、うん……ごめん、なんでもするから許s

「言いましたね!? 今!? 何でもするって言いましたね!?」

「えっ、なに急にこわ……へっ、ちょ!?」


 目をキラッキラに輝かせたかと思いきや、なんとフウカは私の膝の上に突っ込み、両腕でばっちり腰を掴んできたのである。


「まずは何をしてもらいましょうか……じゃあ、まずは頭を撫でてください!」

「怖い怖い怖い! 何!? えっ、怖い誰かー!?」


 頭の中に爆竹でも突っ込まれたような気分だ。

 ほんとに何なんだ、ええ? あのフウカが、家族の中でも私から距離を取っていたあのフウカが! 

 まるでマタタビをキメた猫のように甘えてきている!


「どうしたお前ェ!? とりあえず離れよう、ね!? ほら私病人だし骨折れてるしアーイタイナー!」

「あっ、ごめんなさい」


 驚くべき速度で離れたフウカ。

 しかし、彼女は遠慮する素振りも何もない。

 このままでは追撃の抱擁攻撃が来る……それだけは、それだけは避けなければッ!


(やるしか、ないっ!)


 私は狂気の渦中から一刻も離れるべく、少し強引に……しかし効果的な手を打つことにした。


「フウカ、急にどうしたの!? 変だよ!?」


 胸が痛むが仕方ない。

 これ以上は私の脳みそがとんでもないことになりそうな気がしたんだ。許せ、フウカ。


「……そう、ですよね」

(あれ?)


 先程の暴走ぶりはどこへ行ったのやら、まるで借りてきた猫のようにしおらしく……いつも通り、自信が無さげのフウカに戻っている。

 

 いや別に効果的な言葉だとは思っていたが、ここまで効くとは思わなんだ。


「ごめんなさい、私行きます。ご飯、ここに置いておきますので……」

「ちょ、ちょっと!」


 立ち上がろうとするフウカの裾を、私は掴む。


「その……ちょっと話さない?」


 自分でも何をしているんだろうとは思う。

 でも、だってこんな顔されたら……このまま行かせるわけにはいかないじゃないか。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る