「第四十九話」落ちぶれ巫女と決着の一太刀

 清々しい青空の下に、ほんの少しだけ赤い螺旋が描かれる。血液、流血。切り裂かれた柔肌から吹き出したそれは、やけに軽い音を立てて地面に滴り落ちていく。


(入った)


 その事実に驚きすぎて、思わず目の前の敵から意識が逸れてしまっていた。


 血の主は天道ツバキ。

 人を超え、妖魔をあしらい、神すらもその眼中に収まらなかった怪物。──そんな相手に、私のような落ちこぼれが一撃を見舞った。並み居る強者が、歴史にその名を轟かせてもおかしくないような力を持った者達が、指一本すら触れられなかった肌を切り裂いたのだ。


「……」


 ツバキはそれでもなお、表情を一切崩さなかった。冷静に私から距離を取るべく後方に跳び、そのまま血の滴る自らの頬を拭った。べっとりと付着した血が、擦れこびり付いている。


(いける)


 優越感を感じていなかったといえば嘘になる。

 いいや、これに悦を感じずにいられるほど私は謙虚でもないし満たされてもいない。


 天道ツバキ。

 あの、天道ツバキにだぞ。


 あの傑物に乱れた呼吸をさせたのは誰だ? あの怪物に傷を負わせたのは誰だ? 

 それらは全て私達だ。私とカゲルという最強の一人と一柱が成し遂げた偉業なんだ。


 ──いける。


(このまま行けば、勝てる……!)


 微かな希望の火が、破竹の勢いを以て業火へと変わっていく。

 僅かだった勝機が現実味を帯び、絶望の闇の中でなおその道を照らし始めている。


 もう少しで、手が届く。──いいや、掴み取ってみせる。

 私の幸せを、未来を、全部を。

 家族と、カゲルと一緒に歩みたい全てを!!


「うぅぅぁぁぁああああああァァァァァアアッ!!」


 勢いをもって踏み出す、走る! 足運びも呼吸も乱れている今が、今だけが好機!

 ここで仕留める、絶対に仕留めてみせる。死んでも尚カゲルを縛り付ける呪いを、進もうとする意思を阻害し続けるお前を! 


 お前は死んだ。

 紛れもなく人間として。

 最後まで善悪を知ることのなかった無垢なる狂気の権現として! 


 ──振るう。黒光りする太刀を、その細く軟い首に向けて。


 迫る。

 近づく、迫る。

 もう少しで触れる。


 避けられるわけがない、と。

 そう確信した矢先だった。黒光りする刀身が、軟首に触れた瞬間に叩き折れたのは。


(は?)


 一つが二つに、宙を舞う破片の動きがやけに遅く見えた。


「ひぃぃぃぃなぁぁたぁああああああああああああああああああ!!!」


 泣き出すような喚き声。聞き覚えのある、優しい声。

 何が起きたんだろう。そんなことを考えるよりも前に視界は黒ずんでいき、意識は氷のような冷たい奈落に落ちていった。


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