「第四十八話」落ちぶれ巫女の下剋上


「だぁああああああああああああああああっっっっ!!」


 初撃で決める、と。意気込んで放った一撃は。

 ゆらり、と。あまりにも優しい太刀筋によって逸らされた。


 結果的に私の身体はツバキの背後にすり抜けた。前傾姿勢のまま、好きだらけの背中を後方のツバキに晒しながら。──空っぽの殺意が、振り下ろされる。


「──ぬぅ、んっ!」


 片足を軸に回し蹴り。

 振り下ろされた刃が獲物を断ち切るより前に、刃の側面からつま先が直撃する。太刀筋が大きく逸れて揺らぎ、そのまま刃が空を切った。

 一か八かだったが上手くいったようだ。これにより太刀筋は大きく逸れ、ツバキはほんの少しではあるが体勢を崩した。──乱れた足運び、構え。それらは一瞬にも満たない僅かな乱れであった。


「──っ」


 だが、それだけで十分だ。

 この時を、この瞬間を待っていた!


「ぁぁぁあああああああっっっぁあああああ!!!!」


 回し蹴りの遠心力を生かし、そのままもう片方の足を振るう。ばちん、脛の辺りがツバキに直撃しそのまま勢いよく蹴り飛ばす。吹っ飛んでいくその様、それはまるで蹴鞠のようだった。


「入ったぁ!」


 声を上げて喜ぶのも束の間。回し蹴りの代償は大きく、私は受け身を取る暇も無く側頭部から地面に突っ込む。

 不格好、無様。そんな言葉が似合いそうだなと呑気に自分を俯瞰していると、視界の向こう側から全速力でツバキが走ってくる。あの野郎、しっかり受け止めてただけじゃなくてやっぱり綺麗に着地しやがった。


(やられ──)

「──ヒィナァタァッ!」


 森の奥。一瞬煌めく黒い光。──黒い炎の流星は、そのままツバキに飛びかかった。


「カゲル!」

「『虚神楽』ッッ!!」


 爆炎の噴射により一気に間合いを詰め、すかさず黒炎を纏った両拳による連続攻撃。一つ受ければ二つが放たれ、それをどうにか受けても四つが放たれる恐ろしき魔拳。──無論、天道ツバキという女は、その程度で狼狽えるような怪物ではなかった。


 受ける、一撃を。それは二撃として再び放たれる。

 再び受ける、二撃を。それは四撃としてまたもや放たれる。

 受ける。

 受ける、受ける。

 受け続けても尚、天道ツバキには一撃も入らない。──いいや、それどころか。


「ぐっ……!」

「カゲル!?」


 拳を引っ込める僅かな瞬間、肉が裂かれるような音と共に刃が振るわれる。握りしめられていたはずのカゲルの両の拳は、手首まで至るほどの斬撃で二つに切り裂かれていた。


 隙が生じる。大きな隙が、何処からでもぶった斬れるようなツバキにとっての絶好の機会が。


 助けなければ、と。

 両者の間に割って入ろうとした私は、見た。カゲルの瞳の奥に宿る光を、未だに揺るがない希望を見据える純粋な眼を。


 その眼は、私にこう言った。


 ──隙は作った。あとは、任せたぞ。


「──ぁ」


 金属と骨がこすれ合うような音と共に、カゲルの右肩に深々と折れた刃が突き刺さる。痛みに声を上げる暇もなく、そのままカゲルは鳩尾に回し蹴りを叩き込まれ、再び大きく吹き飛ばされていく。


「ぁ、ぁぁああ……」


 助けに行こうとした自分に、あの眼が再び語りかける。

 ──隙は作った。あとは、任せたぞ。


 だったら、答えるしか無いじゃないか!


「……っ、ぅん!」


 起き上がると同時に肩から突っ込む。

 揺らぐ、ふらつく……ああ、やっぱりだ。さっきの一撃はちゃんと効いてる! 無駄なんかじゃない、こいつだって人間なんだ!


 横薙ぎ、返す切り上げ。

 弾かれた直後の突き、避けて振り下ろす一撃、二撃。


「負けないっ」


 輝ける才能の暴力には、泥臭い努力の濁流を以て押し通す。

 死ななければ負けない。死なない限り死ぬことはない。


「負けたくないっ!」


 美しさなんて知るか、汚い手なんていくらでも使ってやる。

 これは規則正しい試合でも、誇り高い武人同士の果たし合いでもない。


「アンタには、アンタだけには……!」


 示す。これは、知性の欠片もない殺し合いなのだと。

 告げる。これこそは、己が想い願う幸せを奪い合う争いなのだと。

 突きつける。これは、これこそが。


 ──振り下ろす。


「死んでも、負けないっっッッ!!」

 落ちこぼれの私が全身全霊を以て叩きつける、下剋上なのだと。

 ──刃は鉄を折り、間合いを引き裂き、そして白魚の如き肌を薄く裂いた。



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