「第四十六話」落ちぶれ巫女と『死ぬまで一緒』の約束
一か八かだったがどうにか間に合ったらしい。
背後でゆっくりと立ち上がるカゲルの気配を感じながら、私は心の底から安堵していた。そしてその上で戦慄していた。目の前にいる、過去の亡霊が魅せた絶技に。
あれは確かに、不可避の斬撃だったはずだ。
獲物として捉えていたのはカゲルだけであり、構えも視線も何もかもがその一点のみに向けられていた。第三者である私の斬撃、しかも自分の得物が根本から叩き折られている状態なのだ、避けられる道理なんてなかった。
なかったはずなのに。
目の前の亡霊の肉体は、斬撃どころか傷一つ付いていなかった。
(……あの瞬間)
私が振るったのは横薙ぎの斬撃だった。
懐に潜り込み、その脇腹の半分を叩き切る斬撃。
正面からならまだしも、横である。注意どころか視界にすら入っていないような、反応どころか感知すらもままならないような角度。
(あいつは、どうやって私に気づいた?)
百の妖魔を一人で殺し尽くすのは分かる。
だがそれでも、やはりあの瞬間。あれは人間の範疇で説明できる芸当ではなかった。
考えろ、じゃなきゃ負けるぞ。
滴る汗を拭うこともせず、私は目の前の驚異を血眼になって観察していた。
なにか弱点は? 隙は? どこでもいい、何か……なにか刃を振るえる隙があれば──。
──ぽん、と。
強張った肩の上に、背後から優しくて大きな手が触れる。
「力むなって。そんなんじゃ太刀筋が鈍る」
「──カゲル」
ふわりと、余分な力が抜けていく。
自分の手が震えていたこと、歯がガチガチと音を鳴らしていたこと……この乱れている呼吸や足運びに気づかないまま突っ込んでいれば、私は今頃バラバラに切り裂かれていたことだろう。
「……ふぅ」
深呼吸。
気休め程度になれば御の字。それで恐怖が無くなることはないし、僅かながら震えがあることには変わりない。──勝機なんて、元から無いようなものだ。
「大丈夫か?」
それでも、私は。
「……うん、ありがと」
まだ死ねない。やりたいこと、こいつと一緒にやりたいことがいっぱいあるんだもん。
「うっし、じゃあ問題ないな」
カゲルはそう言って私の隣に立つ。そして同じ恐怖を感じ、同じ脅威を共に睨みつけてくれた。
「じゃあ、どうする?」
いつでも受けられるように、いつでも避けられるような構えを取りながらカゲルが問うてきた。──どうする、か。そんなものが断片的にでも頭に浮かんでくれていれば、もう少しだけ気が楽だったのだろうなとため息を付きたくなる。
天道ツバキ。
正確には、その魂だけが宿った人形。
雪崩込んできた記憶の中で見た彼女は、まず間違いなく最強だった。剣技、霊力、身体能力……神が一つや二つどころか与えられる全てをぶち込んだような理不尽は、刃を交えてなおその差を感じざるを得なかった。
あの記憶の中でのカゲルは、恐らく全盛期だった。数多の信仰による力を取り込み、神だろうが妖魔だろうが、圧倒的な個だろうが軍だろうが、なんだって真正面から捻じ伏せることができるような理不尽だったはずだ。──それを彼女は、ツバキは虫を潰すように殺していた。
(勝ち目、ないなぁ)
苦笑するしか無かった。
頼みの綱であるカゲル、その全盛期でさえも敵わない。私が加わったところでどうにかなるような問題でもないことは明確で、むしろ足手纏いになることは見え見えだった。
ここに来た理由を考える。
何も出来ない、むしろ足を引っ張るかも知れないような私がここに来た理由を。
「……カゲル」
「ん? なんか思いついたのか?」
「死ぬまで一緒なんだよね?」
そう言うと、カゲルは目だけで空を仰いだ。
憂鬱なような、もう嫌だと愚痴をこぼしたい子供のような、そんな半ば諦めたような顔。
「……やってやろうじゃねぇか」
「決まりだね。じゃぁ……」
足腰に力を入れ前方に飛び出す。
「帰るよ、一緒に!」
「ったりめーだ!」
矢のごとく飛び出した双方。伝えずとも意図は心に響き伝わり、カゲルは私よりも一歩先に飛び出した。
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