「第四十五話」タタリガミと頑固な太陽
暗かった。
血の赤も空の青も、全部真っ黒で何も見えない。
俺はまるで自分だけが闇の中に放り込まれたような気分を味わっていた。いい気分ではない、むしろ逆だ、不快だ。だがそれを選んだ自分の根性のほうが不快だった。
不快だ、本当に不快だ。
最後の最後で、諦めるという選択を取った自分が許せない。
だがもう閉じてしまった。
閉ざしてしまったのだ。
瞼を開けない限り、光が差し込んでくることはない。
声を上げない限り、誰かが手を差し伸べることなんて無い。
あの時もそうだった。なぁに、今回も「そう」だってだけだ。
暗くて。
深くて。
もう、戻れないだけ。
暗い。
瞼が重い。
重くて、暗くて、深くて、それで、それで。
────光。
(……光?)
直後、瞼の裏を埋め尽くしていた闇が吹っ飛ぶ。瞼の外側から容赦なく叩きつけられる緑色の光が、瞼の中に無理やり入ってきたのである。──違和感。中でもこの緑色の光が、ちっとも眩しくもなんとも無いという点である。
降り注ぐそれらはとても熱かった。ただそれは皮膚の表面で感じるようなものではなく、激励を以て叱咤を飛ばすような……そんな、心地の良い熱さだった。
目を開けろ、と。
頑張れ、と。そう言われている気がした。
ごちゃごちゃした心の中に土足で踏み込んで遠慮する素振りもなく、いいからこっちに来いと引っ張ってくる。
走馬灯にしては、余りにも近すぎる。
妄想として吐き捨てるには、なんとも言えない実感がある。
開ける。
目を開ける。
そこには誰もいないかも知れない、刃が振り下ろされる瞬間を見届けるだけかも知れない。大体そんなことは絶対に有り得なくて、既にアイツはもう安全な場所にいて。
「それでも」と。
無神経で、傲慢で。何より馬鹿正直に温かいこの光が何なのかを、俺は知りたかった。
目を。
開ける。
「……ぁ」
それは輝いてはいたが、差を感じさせるような眩しさを持ってはいなかった。
遠いような存在ではなく、寧ろ寄り添うような近しい存在。
後先考えずに体が動いてしまうぐらいには、無神経で。
相手が神だろうがなんだろうが大きい態度を取るぐらい、命知らずな傲慢で。
何より馬鹿正直に、純粋に俺を乱暴に照らしている。
「……おせーよ」
体の中心を熱くさせる、目の前の温かな背中を。
まだ立てると、根拠の無い自信を沸かせるこの馬鹿を。
「もう少しで、死ぬかと思ったぜ」
「へぇ、あんたの口からそんな弱音が出てくるなんてね。わざわざ戻ってきた甲斐があったってやつかしら?」
強がっていても震えている手足を。
それでも、自分の足で、意思で、誇りをもって踏ん張っていることを。
自分の頬を引っ叩いて、涙を拭いながら戻ってきてくれたことを。
「でも、あんたはまだ死なないわ。っていうか死なせない、だって──」
俺は、知っている。
この笑顔が、沢山の悔しさと悲しさを乗り越えた末に辿り着いた結果だということを。
「死ぬまで一緒、なんでしょ?」
その巫女の名は、天道ヒナタ。
黒い太陽の神を熱く優しく、永久に照らし見守り続ける太陽の如き人である。
「……そうだな」
まだ、やれる。
腑抜けた体、滞った神気を死ぬ気で廻す。
痛みがあった。体が引き裂かれるような、内側から爆ぜるような強い痛みが。
それが、どうした。
激痛と引き換えに傷口が癒えるならそれでいい。痛みの向こう側に、この頑固な太陽とともに歩める道があるのならば十分だ。
もう一度立ち上がる。
「じゃあ、生きるか」
他の誰のためでもない、自分のために。
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