「第五十四話」落ちぶれ巫女と草那芸之大刀


 だから、天道ヒナタはそれを斬った。


「──っ」


 天叢雲剣にはもう一つの名が存在する。その名は草那芸之大刀という。


 名前の由来は遠い昔、ある王族の英雄がいたことに由来する。

 英雄はある戦いの最中、草原にて部下とともに敵軍に追い詰められてしまう。あろうことか、自分たちを囲むかのように火を放たれ……炎の檻に閉じ込められたのだ。──その時に英雄たちの道を切り拓き、命を救ったのが草那芸之大刀である。


 具体的に何をしたか? それ即ち、草那芸之大刀は炎を叩き切ったのである。

 燃え盛る草ではなく、炎だけを叩き切ったのである。──草を切るのではなく、草を薙いで倒した剣。英雄が本当に斬り伏せたかった炎だけを、主の意向に従って斬り伏せた剣。


 つまるところ、草那芸之大刀……もとい天叢雲剣というのはただの剣に非ず。

 その真髄、真の力とは、主が真に切りたいと願う何かを問答無用で斬り伏せる忠義の剣である。──つまり、だ。


「ぁぁぁぁあああぁぁぁああああぁぁぁああああああああ!!!」


 天道ヒナタは、その剣を以て斬り伏せた。

 相手との間合いを無視し、見ることも感知させることも許さない斬撃を。──天叢雲剣、草那芸之大刀。覚醒したその力……ではなく、それが持つ本当の意味と託された使命によって。


 進む、進む。

 天道ヒナタは乗り越えた。不可避の斬撃を、死に直結するはずだった定めを。


 これには流石の天道ツバキも狼狽えた。

 いいや、正確には焦っていた……何故なら全ての決着を付け、当然の如く勝利をもぎ取るはずだった一撃が、残り少ない身体の中の霊力をふんだんに使った一撃が真正面から破られたからだ。


 霊力も、体力も、命も。

 既に両者は満身創痍。──だが、気力だけならば天道ヒナタが圧倒的に優勢だった。


 血飛沫、祟神の残骸。僅か数十歩分の距離を挟んだ向こう側、そこに立つ未来への障害を見据え、私は柄を両腕で握りしめる。


「──覚悟ッ!」


 全神経を限界まで尖らせ、死の間合いに踏み込む。

 まずは右足を後ろへ下げ、足元への攻撃を避ける。次に背筋から姿勢を整え二撃目を避け、次に迫る攻撃を切り払い、一気に鍔迫り合いに持ち込んだ。


「ううっ、ぐぅんんっ……!」


 ──いける。


「がぁっ!」


 鍔迫り合いからの切り合い。

 右斜めを受ける。

 足払いは避けて蹴りを入れる。

 それでも折れた刃の切っ先が、少しずつ深く鋭く肉を掠め始めていた。


「ふんっ! はっ……」


 ──なんの、これしき!


「……くっ、ぁぁああっ!」


 重く素早い乱撃を凌ぎ、凌ぎ。──隙。すかさず真下に刃を叩き落とす。

 掲げた剣の切っ先と、ツバキの脳天が一致した。


 次に刃を振るうのはツバキではない。

 他の誰でもない、私だ! 今を生きる私の刃だ!


「──だぁぁぁっ──」


 ひゅぅん、と。風を切り下ろした刃は、脳天ではなく綻びた刀身に受け止められ。


「っっっあぁぁぁあああァァァァァァァぁぁあぁああああああああああああああッッあああああああああああああああッヅヅヅッ!!!!」


 ばきん、と。それに物悲しい音を立てさせ、真下へと振り下ろされた。


 放ったそれはど真ん中、とはいかなかったが。

 それでもきちんと、今度こそ彼女は、彼女が射るべきだった何かを射た。


 それを放ったのは他の誰でもない、彼女自身の覚悟だった。


 翡翠色の光が、眩く淡い緑や黄色が入り交じるその光が周囲を埋め尽くす。

 明日を照らす太陽の如く無神経に、無遠慮に……何より、親身に真摯に寄り添うように。






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