「第六話」落ちぶれ巫女と妹の本音

 等間隔に並べられた漆塗りの竿縁。

 その上に直交するように並べられた、薄い天井板。


「……知ってる天井だ」


 暖かい布団の中、私は仰向けのまま目覚めた。


「っ……」


 ゆっくりと起き上がろうとして、自分の右腕に鈍い痛みが走る。

 その痛みが、ぼやけていた私の記憶を呼び覚ました。

 自分が家出したこと、その先で妖魔に襲われたこと。


 そして、そして。

 ──妹は、ライカはどうなった?


「っ、ライカ!?」


 部屋の中を見渡すが、誰もいない。


 もしや、と。

 私の頭の中で最悪の予感がよぎる。


 いや、そんなことはない。

 あいつに限ってそんな事あるはずがない。

 

 あって、たまるか。

 無理やり体を起こそうとして、廊下側から慌ただしい足音が近づいてくる。


「姉貴!?」


 襖を開け放ったのは、ライカだった。 

 片腕を首に掛けた布で支えていた。体のあちこちが青く腫れ上がっていたり、瘡蓋ができていたり……普段の彼女からは想像もできないほどボロボロで、だけど、それでも。


「……よかった」


 ボロボロ、と。 

 自分でもびっくりするぐらい脆く、あっけなく涙が零れ出る。


「無事で、よかった」

「──っ、ざけんなよ!?」

「えっ? ちょっ!?」


 いきなり顔をクシャクシャにしたかと思いきや、ライカが突然布団に飛び掛かってきたのだ。 

 そのまま彼女は腕一本で私を押し倒し、胸ぐらを掴んできた。


「待って待って状況が飲み込めないんだけど!? とりあえず落ち着……ライカ?」

「ざけん、なよ」


 よく見ると、その目尻には輝く筋があった。 

 あろうことか、あの元気の塊のようなライカが……まるでただの女の子のように泣いていたのである。


「アタシより弱いくせに、何の力もないくせに。お前、もう少しで死ぬとこだったんだぞ」

「え、ええ? いや、そりゃ……ねぇ? だってあのままじゃ」

「見捨てりゃよかったんだ! 分かってんのか、姉貴は本妻の娘、それに対してアタシは妾の娘! 代わりなんていくらでも」


 ぴしゃり。 

 反射的に、私は妹の頬をひっぱたいていた。


「……え?」

「馬鹿!」


 抱きしめる。 

 もうほんと、殺してやるってぐらいに強く……強く。


「あ、姉貴? 痛いよ……?」

「あんたがどう思ってるかは知らないけど、私だってあんたのお姉ちゃんっていう立場があるの! ……だから」


 とりあえずこれだけは、言っておかなければならない。

 そう思った私は、ライカの頭をゆっくりと撫で始めた。


「だからあなたの代わりとかいないし、正妻とか側室とか関係ない。強いとか弱いとかも関係ないわ。妹が死にそうな時、それを命がけで助けるのがお姉ちゃんってものなの」


 だから。

 そう言って私は、ゆっくりとライカを抱き寄せた。


「叩いたりしてごめんね。でも、本当に……本当に無事で良かった」


 ライカは暫く動かなかったし、何も喋らなかった。

 でもやがて震えてきて、嗚咽を漏らした。ぎゅっ、と。

 私を抱きしめ返してきた、それはそれは強く、絶対に離すまいと言わんばかりの力で。


「……ありがとう。でも、違うんだ」

「違う?」

「アタシだって、死にたくない。でも、姉貴にも死んでほしくなかった……あの時、アタシだけじゃなくて姉貴も死ぬんじゃないかって。アタシの代わりに、姉貴が死んじゃうんじゃないかって……帰ってきても全然目覚めないし、怖かった」


 ああ、そうか。

 だからこの子は、こんなにも怒ってくれていたのか。


「……ごめんね」


 叩いたこと、馬鹿な家出をしたこと、忠告を聞かずに愚行を続けたこと……自己満足で重い心配をかけてしまったこと。


 心の中で、ずっと妬んで嫌っていたこと。

 本当は想われていたという事実がゆっくりと、ゆっくりと……私自身の今までしてきたこと、抱いてきた負の感情を照らし、淡々と列挙していく。


「ありがとう、助けてくれて、助けられてくれて……心配、かけたよね」


 申し訳無さと、感謝の気持ちがごちゃごちゃになっていく。

 なんて顔をすればいいのか分からないから、私は泣いている。

 泣きながら、妬ましく大切な妹を抱きしめている。


「……うん」


 ゆっくりと、私から離れていくライカ。

 密着していた胸のあたりが、急に心地の良い涼しさを覚える。


「お帰り、姉貴」


 泣き腫らした真っ赤な顔は、不格好ながらも暖かく笑っていた。


「……ただいま」


 だから私も、精一杯笑ってみせた。

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