「第七話」落ちぶれ巫女と話し合い
「さて、どこから説明してもらおうか」
ライカ、フウカ、それから親父。
三人は布団の中の私を取り囲むように座り込み、三人ともものすごい圧で私を睨みつけていた。
いや、分かる。
親父がこんだけ怒気を撒き散らしているのは、馬鹿な家出をした挙げ句、のこのこと帰ってきた私に怒りを煮やすのはむしろ自然な反応だと言える。
──だが。
「……」
「……」
なんでフウカ、それからライカまでこんなに怖い顔をしているのだろうか。
フウカはまだ分かる。
家を飛び出すときに突き飛ばしたし、そんなに仲良くないしむしろ私は苦手だし……だが、ライカは?
この子とはさっきまでお互いに抱きしめ合い泣き合ってて、自分で言うのも何だがそこそこ仲良くなったと思うのだが。
「……えっ、とぉ?」
「家出をしたのは許そう」
親父が口を開いた。
険しい顔を変えないまま、私を睨みつけながら。
「それから、ライカを助けてくれたことにも感謝をしなければならない。──ありがとう。お前のお陰で、私は家族を誰も失わずに済んだ」
「──は、はい」
なんだか、親父の顔を直視できなかった。そういえば、こんな風に褒められるのは何年ぶりだろう……やばい、今すっごい顔がにやけてるかもしれない。
こんなはしたない顔は見せられない。
「……だが、そいつは断じて認められんッ!」
──風。
親父が横に置いていた太刀を抜き放ち、私に対して横薙ぎに振るってくる。
──いいや、正確にはその背後。私の後ろに佇んでいたその存在に対して。
「おいおい、親子揃って無鉄砲だな」
「……カゲル!?」
首を斜め上に向けると、そこには片手で親父の刃を受け止めるカゲルがいた。
先程まで気配を感じなかったのに、一瞬でこの場に顕れた……少しだけ、私の中にある霊力が減っている気がした。
「ふぅっ……ぬぅんっ!」
親父が鬼のような形相で刀を押し付ける。しかしカゲルの腕は微動だにせず、ただ怪しく笑い続けているだけだった。
「病人を挟んでこの速度、しかも精度……ただの侍にしてはやるな、お前」
「私の娘をどうするつもりだ! 今すぐ契約を解除しろ、さもなくば……!」
「えっ、ええ!? ちょっ、やめてよ!」
私が止めていいのかは分からなかったが、とりあえずそれは無理だということが分かった。
妖魔を殺す退魔剣術の達人である父、それを片手で退けるカゲル……この戦いを、私には止めることができない。
「フウカっ!」
「はいっ!」
親父の呼びかけに応じたフウカが、手の中で印を組む。
直後、部屋の中に旋風が巻き起こる……その中から現れたのは神々しき異形。烈風を従える『風神』イブキである。
「──『
フウカの呼びかけと同時に、渦巻く風が放たれる。
不可視、まさに神風と言える速度を以て放たれるそれは、隙だらけのカゲルの横腹へと吸い込まれていき──。
「『
一言。
顕れた常闇に吸い込まれていき、そのまま消えていった。
これにはフウカもイブキも動揺し、部屋の隅に後ずさる。
その顔には嫌な汗が浮かんでいて、若干の恐怖が見え隠れしている。
「どうした? ご自慢の初見殺しが破られて動揺してるのか?」
「この、祟神風情が……!」
「待って! ……きゃあっ!?」
今にもカゲルに突っ込みそうなフウカとイブキの間に入ろうとして、勢いよく足を滑らせた。
不味い、このままでは地面に顔から地面に──。
……受け止められる。
誰に? それは、親父の刀を握りながら、空いてる片手を伸ばしてきたカゲルに。
「病人は大人しくしてろよ」
「は、あっ。……はい」
見上げたその顔があまりにも良くて、私はぎゅっと手を握ったまま目を逸らしていた。こいつが祟神、私達が倒し鎮めるべき存在であることは分かっている……が、向けるべき敵意は、どこかほんのりと消えていく。
「さて、と」
カゲルはそんな私をベッドに寝かしつけ、今度は親父に向かいあった。
「……貴様、何のつもりだ」
「話をするなら、まずはこいつを鞘に収めてくれよな。そっちの胸のデカい巫女さんも、そのおっかねぇ神様を引っ込めな」
「大人しく言うことを聞くとでも思ってんのか……? ふざけるのも大概に──!」
紡がれていた言葉が、途切れる。
「なんだよ、人間」
昂っていた敵意も興奮も、全てが急速に冷めていく。
巫女、妖魔殺しの侍……この場にいる全ての手練れは、向けられた刃のような鋭い眼光に戦慄していた。
「……ライカ、フウカ。言う通りにするんだ」
小さく呟くと、親父はカゲルが離した刀をすぐに鞘にしまった。
ライカとフウカは暫く険しい顔をしていたが、すぐに呼び出していた神を還した。
風でとっ散らかってしまった部屋の中で、カゲルは薄い笑みを浮かべた。
「じゃ、話し合いしようぜ。穏便で、それでいて互いに有益な話し合いを」
その時のカゲルの顔はひどく狡猾で、それを見るみんなの目は、まるで妖魔を見るような目をしていた。
……どっちも、私が今まで見たことがない顔だった。
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