「第二十六話」落ちぶれ巫女と太陽神

 段々と強まっていく神気に、私は戦慄していた。


 何だこの威圧感、存在感は。


 今まで出会ってきたどの妖魔や神よりも強く、恐ろしく、そして厳かで……今、閉ざされた視界の向こう側に鎮座しているというのが、実際に目を介さなくても手に取るように分かった。

 分かってしまうほど、それは強大であった。


「例の巫女を連れてまいりました」


 担いでいた私を地面に降ろした後、男はやけに静かで畏まった声でそう言った。

 対峙した際に感じた自信と敵意、それらは全て剥げ落ちており……ただただ、主に従順な飼い犬としての声だった。


「──ご苦労」


 鳥肌。

 並を打つように身体の表面に広がる戦慄。


 これほどまでに震える音が、これほどまでに意味を持った言葉があるのか? 

 いいや、それはきっと、ただの私が作り出した妄想だろう。

 声の主が発する覇気、威圧感、そしてほのかに揺らいでいる殺意に怯えて発狂しそうな私が作り出した、尊敬に近い恐怖。


(こん、なの……まさか、そんな)

「目隠しを外してやれ、会話とは互いを見合って初めて成立するものだ」

「はっ」


 見たくない、と。


 言いたかったし逃げたかったがそんなことは許されない。


 というか、そんなことはできない。


 可能だとか絶対失敗して殺されるとかじゃなくて、怖くて身体が全く動かないのだ。

 声だけで、耳から入ってきた僅かな情報のみで、私は眠っていた本能的な『死』への恐怖を呼び起こされていたのだ。


 男のゴツゴツした手が、私の眼を封じている目隠しを解いた。

 きつく閉じた瞼から差し込む光が、ぼんやりと強くなる。

 

 それでも私は目を開けない。

 開けたくないし、怖くて開けられなかった。


「どうした?」


 再び戦慄。


「目を開けろ、天道の巫女よ」

「──は、い」


 歯をガチガチと鳴らしながら、指一本動かない身体に鞭を打ち、私は閉じていた眼をゆっくりと開けていく。

 差し込んでくる光は眩しくて、その先に見える神の姿を遮り……しかし、完全に開かれる頃には焦点が合った、合ってしまっていた。


「……青色、か」


 それは光だった。

 笑みを浮かべている、光そのものだった。


「良い目をしているな、お前」


 聞かずとも、考えなくとも分かる。

 その神は全てにおいて最強で、あらゆる権能を超越した最高で。

 その怒りはどんな厄災よりも恐ろしく最悪で、最早人の手の届かない場所にまで押し上げられた概念そのものでありながら、万人に降り注ぐ光として君臨する命の源。


「それ故に、残念だ」


 この国の最強の守護神であり、国そのものと契約した存在。

 原点にして最高最強の絶対神。


「本当に、残念だよ」


 神の名を天照大御神。

 太陽の神であり、この国の神々の頂点に君臨する存在だった。




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