「第二十五話」落ちぶれ巫女の無力感
「元気そうだな。昨日は強めに殴ったつもりなのだが」
昨日刃を交えた襲撃者は、部屋に入るなりそう言った。
どうやら昨日私が与えた傷は完治しているらしく、怪我人には見えない。
契約している神がそういう類の能力を持つのか、はたまた本当にただ治っているだけなのか……どちらにせよ、未だに鼻っ柱が痛む私としてはあまり気分の良いものではない。
「……私を始末しに来たのかしら?」
「そういうつもりでいたんだがな、どうやら俺の上司はそういうつもりではないらしい」
口を動かしながら、男は縄を持って私に近づく。
そのまま私の腕を掴み縄を巻き、足を掴んで縄を巻き……私は両手両足を縛られ、その上で担がれた。
全く、逃げるつもりなんて毛頭ないのに用心深いことだ。
例え逃げたとしても、こいつの腕なら即座に捕まえるのも殺すのもできるだろうに……ん?
いや待て。
じゃあ何でわざわざ手足を縛ったりしたんだ?
なんでわざわざ、私を絶対に逃げられないような状態にする必要があった?
……まさかこいつ、このまま私にやらしいことを考えているのでは!?
「言っておくが、俺はお前の貧相な身体に興味はないぞ」
「……あ?」
何だとこの野郎、そう言いかけて私は、この男が握っているものを認識する。
短剣。
それは、お前に拒否権は無いとでも言いたげに握りしめられていた。
丸腰の私ではどうしようもなかったので、渋々大人しく運ばれることにした。
それにしても、だ。
(ここ、妙に神気が溢れてる。もしかして神社……いや、そんな生温いものじゃないなこれ。祀られてるのは多分、並大抵の神じゃない)
恐らくライカやフウカが契約している神と同等か、或いはそれ以上……いや、本体が近くにいない状態でこれほどまでに存在感を放っているのだから、もしかしたら遥かに上かも知れない。
担がれながら、私は目を皿にして周囲を見渡した。
やけに清掃が行き届いた建物を、品のある縁側を……どこか、どこかにライカが、彼女が閉じ込められている部屋があるはず。
せめて場所だけでも把握しておこう。
そう思っていた私の視界は、突然黒く締め付けられた。
「!?」
「危ない危ない、危うくここの情報を漏らすとこだった」
目隠しだろうか? きつく締め付けられたことで視界を奪われ、周囲の様子が一切わからない。
だがこれで確信した、ここはこの国の秘中の秘……中心の中の中心、祀られているとすれば最高神レベルの実力を持った存在に違いない。
(くそっ、これじゃあ……)
一か八かここで逃げ出してやろうかとも考えたが、その考えは直ぐに立ち消えた。
無理だ、と。
そう思ったからだ。
昨晩襲撃してきたあの男は強かった。
もしもここにいる人間が全員あの程度の実力を持っているのであれば、一騎打ちでさえ苦戦していた私ではどうすることもできない。
一人で逃げ出すことも難しいのに、ライカという助けなければいけない存在だっている……どこにいるかも分からないし、自分で動けるような状態でもないから担いでいかなければいけない。
詰んでいる。
この状況は、誰がどう見ても詰んでしまっていた。
「……!」
頼みの綱であるカゲルも、目覚めてからというものの何故か一向に反応しない。
霊力だって多少は回復したし、顕現するための準備は既に整っている……なのに、現れない。
もし、カゲルが力を貸してくれれば。
あの程度の敵が束になってかかって来たとしても、黒い炎を纏った拳一つで制圧してくれるだろう。
もし、カゲルが力を貸してくれれば。
例えここに祀られている神が直接出向いてきたとしても、絶対に勝ってくれるという安心感と確信があった。
だが。
カゲルは、今も叫び続ける私の声に答えてはくれない。
(……くそっ)
惨めで、頼るしか無くて。
無力で、縋るしか無くて。
あの夢の中に出てきたご先祖様、バケモノのような力を持ったツバキという少女が……その身一つでこの状況を打破できるであろう存在達が、たまらなく羨ましくて、どうしようもなく妬ましかった。
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