「第九話」落ちぶれ巫女と親父の本音

「……親父」


 そして、祈りが通じたのか。

 黙っていたライカが、ぽつりぽつりと口を開いた。


「姉貴を、認めてやれねぇかな」

「なんだと?」

「こいつは、ずっと頑張ってたんだ! 指の皮がぼろぼろになっても弓を離さない、神楽だって……朝から晩までやってたんだぜ!? 足掻いて、足掻いて……こいつはようやく掴んだんだ! なぁ頼むよ、馬鹿みたいに一途に頑張ってきた姉貴を、ちょっとでいいから認めてやってくれよ……!」

「……だが、祟神が何をしでかすか」

「そこはアタシがどうにかする。こいつの任務にはアタシがついていく、いざとなったらその祟神をぶっ殺す!」


 下げた頭の上で、ライカが必死に頼み込んでいた。

 私のために、こんな私のために、だ。


 親父は、黙っていた。

 荒い息を、吐きながら。


「……そうですよ」


 今度は、フウカが口を開いた。


「姉様は、天道ヒナタの積み上げてきた努力は並大抵ではありません! お父様も分かっているでしょう? 弓も神楽もできないこの人が、妖魔に対抗できるあなたの剣術を密かに体得していること。そのために、いつもあなたの背中を見てきたことを!」

「──」


 バレていたのか。

 親父にも、フウカにも。


「……顔を上げろ、ヒナタ」


 恐る恐る、私は顔を上げる。

 そこにはなんとも言えない顔をした親父と、固く口を閉ざしたフウカ、それから半泣きのライカが立っていた。


「正直」


 親父は嫌なため息を吐いてから、私を見て言った。


「正直、私はお前に巫女になどなってほしくなかった」

「え?」

「お前には、お前の母のような最後を迎えてほしくなかった。肉も骨も残らず、妖魔にその身を食い尽くされるような最後など……だが」


 諦めたような、しかし穏やかな顔がそこにあった。


「それは、私が決めることではないな」


 瞼を閉じ、親父は私の目の前に片膝をついてしゃがみ込んだ。

 そしてそのまま私の方に両腕を回してきて、抱きしめてきたのだ。


「許してくれ、ヒナタ。いつまで経っても神と契約できないお前を叱りながら、心の中では安心していた私を。……巫女として人々を守り助ける。それがお前の望みであるならば、私はそれを受け入れよう」

「……親父」


 その温もりが懐かしくて、昔とぜんぜん変わらなくて、気を抜いたら泣いてしまいそうだった。

 っていうかもう泣いてる、止められないし……止まらない。


「カゲル、とか言ったな」

「ああ」

「妙な真似をすれば、私が貴様を殺す。だが、もしも……もしも貴様が本当に、私の娘にある何かを見込み、その力を貸してくれるというならば──」


 親父はそう言って、左腕を伸ばす。

 正確には、私の背後に立っているカゲルに。


「どうか死なせないでくれ。生意気で、世間知らずで……どうしようもなく可愛い、私の愛娘を」

「……勿論だ」


 振り向くと、そこには固い握手が交わされていた。

 険しくはあるが、少しだけ笑っているようにも見える親父。


「そのために、俺は今ここにいるんだ」


 そう言ったカゲルの顔は澄んでいた。

 無限にも思える空のような、どこまでも透き通った海のような。


 そんな、届くはずも辿り着けるはずもない遠くを見るような目を。

 私は暫く忘れられなかった。



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