「第三十一話」落ちぶれ巫女の宣戦布告
「──やっぱりな。お前、この神殿から出られないんだろ」
(ええっ!?)
口と声が自由であれば、今頃私は品無く叫び驚き散らしていたことだろう。それと同時に、頭の中に浮かんでいた矛盾が少しずつ紐解かれ結びついていく……そうか、そういうことだったのか。
(戦えばまず確実に勝つことはできる。でも、そもそもこの神殿から出られないから……自分で戦って決着を付けることができないんだ)
確かにそれなら、この話は矛盾していない。
だがこの話は、新たに大きな疑問を引きずり出した。──何故、天照大御神がこの神殿から出られないのか。何故、閉じ込められている当人がその状況を受け入れているのか。そして何故そんなことが、何のために行われていて、一体誰がそんなことを思いつき実行してしまったのか。
とりあえず出てきたものを羅列しただけでも、沢山の謎で溢れている。突然入り込んでいた真実が、私の知らなかった何かが……少しずつ、しかし確実に、この国を包む化けの皮を蝕んでいく。
それは勿論怖かったし、不安にもなった。
だがそれでも、私は知らなければならない気がした。
ここに居合わせた者として。
この国の平穏を揺るがすかもしれない存在、それを擁護すると誓った者として。
「お前の言うとおり、今の我はこの神殿から出ることはできん。だが勘違いするなよ、これは我の意思だ。妖魔や祟神……貴様のような理不尽共の邪な力、それを四六時中抑え込む大結界の常時展開など、今のところ我ぐらいしか適任が居らんのでな」
「何だお前気持ち悪い……神が人間に奉仕してどうすんだよ」
「そうだな、ああ正論だ。これでは逆だ、本来ならば逆であるべきなのだろう」
だが。そう言って、アマテラスは口角を怪しく釣り上げた。
「これも、私の意思だ」
「……あっそ」
カゲルはそう言って、後頭部をボリボリと掻いた。その様子がなんというか、煽った相手の反応が思っていたよりつまらなかった時の……そう、やんちゃな子供のような幼さがあった。
「……あーあ、しょうがねぇな」
「なんだ、いきなりどうした?」
「お前はこの神殿で引きこもってなきゃいけない、かといってお前以外にあの怨念団子を倒せるやつがいるわけじゃない……下手に中途半端な巫女や巫を送れば、大量の死体と神のクソッタレ物々交換になるだけだ」
「そろそろ時間だ。私も調子に乗って話を長引かせてはいたが……」
「──そう、中途半端な巫女や御巫を送ればの話だ」
アマテラスの握りしめた神気が、揺らぐ。それは手首から腕へ、腕から肩へ、方から首へ首から遂に表情を歪ませ……俯いていた顔を、ゆったりと見上げさせた。
「……まさか、お前」
「そうだ、そのまさかだよ」
何だ何だ、何が起きている? なんでアマテラスは攻撃をやめて、なんでカゲルはあんなに笑っている? 私は一歩、二歩近づき、両者の会話にさらに耳を傾けた。
「俺だってここまでするつもりは無かった。だけどまぁ……なんつーか、なぁ?」
(……えっ、なんでこっち見てるの?)
なんで真顔ななのこいつ。えっ怖い、なんなの急に……あっ笑った。えっ笑った!? あのカゲルが、残虐性の塊みたいなカゲルがなんか満面の笑みでこっち見てるんだけど怖い!?
「もう少しだけ、しがみついてみたくなったんだよ」
「……」
「だから俺は……いいや、俺達はやるよ」
背の高いカゲルを、アマテラスが見上げていた。その顔には戸惑いが渦巻き、ほのかに怒りが香り……気のせいかも知れないが、少しだけ笑っているようにも見えた。──がしっ、ひょいっ。
(……えっ?)
「交換条件と行こうじゃねぇか」
えっ、なんか。
急に持ち上げられて、なんか、えっ、もしかして私って今抱きかかえられちゃってる? 嫌だ、なんか、すんごい。駄目だ何も考えられない……言葉も出ない、ってか出せない!
(〜〜〜〜〜〜〜!!!)
「俺達の要求は唯一つ。お前が望んでやまないその平和ってやつを、俺にも味合わせて欲しい──勿論、それに見合う対価をこっちから支払わせてもらう」
声にならない声を心の中で叫びながら、四肢を投げ出し暴れる。しかしそれは直ぐに無駄な行為であり恥であることを悟り、諦めた私は頬の回りがとっても熱かった。ここに鏡が無くてよかった、と。私は心底思った。
「大怨霊久怨。あの日から今も尚続く未練の権化……その歪み捻れた愛憎には、この天翳日蝕神が天道ツバキに代わって天誅を下す」
ぎゅっ、と。
アマテラスにそう言い放ったカゲルは、まるでしがみつくように私を強く抱きしめ握ってきた。そこには迷いなんて無かったし、覚悟は決まりきっていた。──ただ、恐れているようにも見えたその顔が、どうしようもなく見ていて辛くて。
「……」
「──」
──大丈夫、私もアンタと同じこと考えてたから。
伝わっているかどうかは知らないが、とりあえずそういう意味で私はカゲルの手を握り返した。一瞬だけ間の抜けた顔になった彼は呆けていたが、直ぐに口元を危うく緩ませ……そして、再び向かい合う。
「……」
私達の命を握り潰そうとしている、最強の神と。
「……三日だ」
神はそれを鼻で笑い、背を向ける。
揺らぐ青い髪は水流を想起させ、風に踊る羽衣は雲のように揺れ動いていた。
「三日以内に奴を殺せ。さもなけば……我自ら貴様らを殺しに行ってやる」
振り返ると同時に見せた笑みは、今まで見てきたこの神の表情の中で最も恐ろしく……最も脅しが効いていた。
だがそれは同時に、とても優しく微笑んでいるようにも見えた。
叱咤と激励。
飴と鞭。
与えられた期待と、その奥で睨みを利かせた避けられない処罰。
(……)
それを成し遂げるのは、冷静に考えても考えなくても不可能だった。
自分よりも強い巫や巫女たちが束になって挑み、その上で返り討ちに遭った。しかもそれが百年……いいや、もしかしたらそれよりもずっとずっと長い間繰り返されてきた悲劇であり、今この瞬間も誰かの血が流れたり、神の魂が祟神として穢され侵され取り込まれているのかもしれない。
自分なんかが、できるわけがない。
そんなこと、わざわざ考えなくても分かるのだ。
「……やってやるわよ」
だけど、それでも。
絶体絶命で、どうしようもなく絶望の底にいるはずなのに。
四面楚歌で、自分の周りに味方なんて誰もいないはずなのに。──いいや違う。私は一人じゃない……どんな神よりも強く、そして自分なんかとともに戦ってくれる祟神が側にいる。
だから、怖くない。
恐れる物など何も無い、故に負けることも死ぬことも怖がらなくていいし考える必要なんてどこにもない。
「こんな所で、死んでたまるもんですか!」
背水の陣であるはずのその状況は、寧ろ踏ん切りが付かなかった私の背中を押してくれた。慢心? いいや違う、これは圧倒的な自信だ。
昂ぶり膨らみ続ける高揚感に満たされつつある私は、口角を思いっきり釣り上げ……アマテラスに微笑む。──任せろよ、と。宣戦布告にも似た何かを伝えるために。
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