「第十五話」落ちぶれ巫女と黒炎の刃


「ナメんじゃ、ねぇっ!!」

『……!!!!』


 ライカの叫びに呼応するかのように、ナルカミもまた叫ぶ。

 それは大気を震わせ、天を唸らせた。


 『雷霆らいてい


 そう吠えると同時に稲妻が迸り、周囲の全てを無秩序に蹂躙する。


「──」


 ナルカミを縛る祟神は跡形もなく灼き尽くされ、久怨とかいう女は膝から崩れ落ちた。

 黒く焼け焦げた身体に見る影は無く、寧ろ原型を保っていることのほうが不思議なぐらいだった。


「っどぉぁっ!!!」


 それでも、ライカは蹴りを入れた。 

 トドメだと言わんばかりに顔面に叩き込んだ雷撃を伴う一撃は、焼け焦げた人の体らしき何かを河原の奥側へと吹き飛ばした。



「はぁ、はぁ、っ……くぅ」


 ナルカミが消えていくと同時に、ライカもその場に膝をつく。


「ライカ!」


 ようやく底に足がつく所まで辿り着き、急いで駆け寄る。

 霊力を使い果たしたのか、顔色が悪く呼吸が荒い。

 脇腹に穴を開けられるような不意打ちを受け、おまけにあの規模の攻撃を繰り出したのだから、気絶していないだけマシだと考えるべきかもしれない。


 だが、それでも。

 ライカの脇腹から、血が止まらない。


「ライカ、ライカ! ……大丈夫、今すぐ村に」

「……あね、き」


 どん、と。

 満身創痍のライカが、私を突き飛ばした。

 

 なんで? と。 

 私が間抜けに聞く前に、そうした理由……そうせざるを得ないような理由が、焼け焦げた河原の上で起き上がっていた。


「にげろ、いいから。早く……!」

「……っ! ぁぁぁぁああああああああ!!!!」


 再び鞘から剣を抜き放ち、放たれた矢の如く猛進する。 


 焼け焦げた身体が音を立てながら治っている……だが、構えどころか立っていることが精一杯と言いたげな風貌。

 その首を断ち切ることは、なんら難しいことではない。


 今ここで仕留める。


 刃に霊力を注ぎ込み、そのまま私は間合いに踏み込んだ。

 避ける素振りも受ける構えもない。

 なにかされる前に、このまま首を。


 ──焼け焦げた顔から浮き出る、唇。

 その形は、笑っているように見えて……そして、囁く。


「私の勝ちだ」


 刃が空を切るその最中、視界の隅に黒い穴が開く。 


 一つ、二つ、いいやまだまだ開き続ける……そこから現れるのは怨嗟を謳う神の成れの果て。

 腕を伸ばす者、大顎を開いてくる者……下、上、斜め右左背後前方真上! 


(避け──)


 できない。 

 瞬時にそれを理解して、思わず目元が熱くなった。


 何もできない、助けられない……私もライカもここで死んでしまう。

 脳裏に浮かぶのは親父の柔らかな笑顔、それからフウカとの約束。果たせなくなってしまった、約束。


(せめて、相打ち!)


 声にならない声を発する。

 全てを諦め、受け入れ……せめてこの刃を首に叩きつけるために。

 届け、届け……それでも、私の剣は届かなかった。

 

 ──次は、私だ。


 ああ、せめてあと一撃繰り出すだけの隙があれば。

 この四方八方から迫る攻撃が、ほんの一瞬でも止まってくれれば。


「ったく、見てらんねぇな」


 背後に佇む声。

 そして立ち昇る、吹き荒れる黒き炎壁。

 

 それは私へと手を伸ばす祟神の全てを弾き、黒く焼き尽くし……確実な『隙』を作った。──お前が決めろ。そう言い残し、彼は黒い炎の中に消えていく。


「──だぁぁああああああああああああああああ!!!!!」


 黒炎に灼かれる久怨の首に、もう一度刃を叩き込む。

 空を切り、黒い炎を纏い……それは禍々しくも神々しき炎剣へと姿を変えた。

 遮る全てが焼き払われた無防備な首筋に、刃は真っ直ぐに吸い込まれ──。


 業、斬ッ!!!

 炎が揺れる音、肉を焼き焦がす音……刀身が鈍く鳴る音が、河原に響き渡った。

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