「第二十話」落ちぶれ巫女と厄縁
自分が何をしているのかが分からない。
何を思いながら、どんな奇声を上げながら……私はとにかく、吹き出し続ける生暖かい赤を押さえつけていた。
自分の内側から湧いてくるそれを流し込み、練り上げ……ただひたすらに念じ願った。──止まれ、止まれと。
「……ぷはっ!」
「っ!?」
ライカが息を吹き返した。
その事実が、狭まり濃縮された集中から私を解き放った。
蹲っていた姿勢から、弾かれるように仰け反り後ろに倒れ込む。
「はぁ、はぁ、はぁ……」
呼吸が意味を成していなかった。
吸っても吸っても、その渇望が満たされることはない……首を絞められたような息苦しさに悶え苦しみ、しかしそれは段々と和らいでいき、やがて全力疾走をした後のような軽いものへと変わっていった。
「……ライカ」
立ち上がることもままならない。
状況から察するに、私は今の今まで回復の術を使っていたのだろう。
その証拠に身体に流れているはずの霊力が微塵も残っていない。
ぽたり。
自らの頬を何かが伝っており、拭ってみるとそれが血だということに気づいた。
(……また、無理しちゃったかぁ)
後悔はない、でも、また未練が深くなってしまった。
いや、そんなこと今はどうでもいい。
ぺったりと付いた血涙を握りしめ、私は地を這う。
血の染み込んだ土の上にいるライカを覗き込む。
勢い余って揺すろうとした手を引っ込め、恐る恐る声をかける。
「……ライカ?」
「……」
返事がない。
一気に焦りが、あんなに熱かったはずの身体が、氷で撫でられたかのように冷えていく。
上手くやれなかったのか、自分のせいで助けられなかったのか? 生じた責任感は煮えた水からなる水疱の如く膨らみ増えていき、理性から溢れ出す寸前で。
「……あ、ねき?」
「っ!!!」
肩を微かに上下させ、小さく、しかし確かに息をしながら、ライカは目覚めた。
生きている。出血も止まっているし、もう大丈夫だ。
私が助けた。助けることが、できたのだ。
「また、助けられちまったな」
「……うん」
もう、余計な言葉は要らない。
私はただただ安堵し、その場にへたりこみ……もしもああなっていたら、でも確かに今上手く行ってよかった……そんな、もしもの悪夢と、今ある現実の差に生まれた喜びと安心感を抱きしめていた。
「本当に、よかった……」
「……姉貴? どこ、行くんだ?」
「ここで待ってて、私……アイツを、カゲルを迎えにいかなきゃ」
少しずつ、本当に少しずつではあるが色々思い出してきた。
そうだ、私は戦っていた。ライカを殺そうとしたあの久怨とかいう恐ろしいまでに強い黒巫女と。
それで、途中でカゲルが出てきて助けてくれて。ライカの手当てをするために相手を任せてて。
──その後、彼はどうなった?
(カゲル……!)
死ぬ訳がない、と。
私一人の信仰、供給される貧弱な霊力だけであそこまでの力を発揮するような彼が、そう簡単にやられるわけがないと、私は自分に言い聞かせるように頭を巡らせた。
不安は巡る、鼓動は強く早く激しくなっていく。
もしも自分のせいで彼が死んでしまっていたら、ライカを助けるために誰かを犠牲にしたという事実を作ってしまっていたとしたら……そう思うと、私は不安で不安で仕方がなかった。
森を抜けた先に見える、荒れ果てた河原。
そこに積み上がった山の上で、風に靡く白い神が夕日を眺めていた。
──生きている。
私の、私だけの神様は生きていた。
「……カゲル」
疲れているはずなのに。
今すぐにでも気絶してしまいたいほど疲れているというのに。
それでも私の身体は動いた。
安心感と、伝えたい感謝がたくさん溢れ出てきたから。
初めは歩いて。
次に少しずつ走って。ちょっとだけ転びそうになって……それでも踏みとどまって走り続けて。
焼け焦げた河原から、夕日に照らされた白い神を見上げて。
「カゲ──」
言いかけて、気付いた。
気づいてしまった。
「……ああ」
その山を形作るのは、土や岩のような不変不朽の命の源ではなかった。
むしろそれは逆。
抜け殻の寄せ集めと言っても過言ではないかもしれない……腕、足、抉れて潰れた肉塊。
積み上がったそれらから染み出す黒い血は既に枯れ果て、それを吸い上げた地面を赤黒く染め上げていた。
「……終わったよ、全部」
その事実に気づき、鼻腔の奥をぶん殴られたような気がした。
吐き気、咽返るような吐き気! 喉奥を刺すような死臭が、呼吸と同時に肺の奥に潜り込んでくる。
いいや。
いいや、そんなことより。
「……全部、あんたがやったの……?」
「ああ」
人影は、返り血に染まりきった神の影に覆われ、私は顔を上げられなかった。
怖い、恐ろしい……見てはいけない、と。
自分の中にある本能のような何かが告げていた。──だが、それはしゃがんできた。
わざわざ私の低い身長、低い目線に合わせて。
「──っ」
「俺が、全部ぶっ殺した」
膝を折り、しゃがみ込み、私を上目で見てくる。
忌々しいものでも見るかのように、苦虫を噛み潰したような顔で──。
「だって俺ぁ、お前だけの神様なんだからなぁ」
笑顔。
乾いた血涙と、腫れ上がった口角を無理やり釣り上げながら……歯を剥き出しにして、それは笑っていた。
まるで、そうするしか無いんだと嘆くかのように。
「……そう、だね」
泣きたかった。
理由なんて無い、目の前にいる神様がマトモじゃないことを再認識して……やっぱりどうしても逃げ出したかったから。
「そうだよね」
でも、それは許されない。
既に私は、この祟神と結んでしまった縁に縛られてしまっているのだから。
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