「第十二話」落ちぶれ巫女と運命の朝
かくして、運命の朝が来た。
鏡に映る自分は、いつもより少しだけ強張ってるように見えた。
しかしそれは程よい緊張から来るものであり、特に問題はない。
小さく息を吸って、吐いて、自分自身を律する。
「……よし」
上半身は白、下半身は赤の巫女装束。
この服に自分が袖を通すというのはなんとも感慨深く、思わず目元が熱くなってしまう。
だが泣くのは今ではない、私が本当に踏ん張らなければいけないのは、ここからなのだから。
立ち上がり、廊下に出る。
真っすぐ行ってから右に曲がり、更に進むと玄関がある。
そこにきれいに並べられた草履と足袋があり、私はそれを身に着けて戸を開いた。
「よっ、遅かったな」
出るとそこには、スッキリした顔のライカがいた。
昨日の傷が嘘のようにもう回復しているのだから末恐ろしい……私なんか、フウカや他の巫女の治療でようやく回復したというのに。
──と、そんな嫉妬ももうやめにしようと誓ったのだった。
「ごめんごめん、中々寝癖が直らなくって……」
「ははっ、んでその髪型になったってわけか?」
言われて、私は自分の後ろ髪を触る。
赤い紐で一括りに束ねて結んだ黒髪が、短い犬の尻尾のように飛び出ていた。
本当ならもっと長くあるべきなのだが、私は髪の手入れがめんどくさくて短髪にしていたのだ。
「でも、アタシはいいと思うぜ? その髪型、姉貴っぽくて」
「そ、そう? ……ってか、あんたも髪型変えたの?」
よく見ると、ライカの髪型も地味に変わっていた。
腰辺りまで伸ばしていただけの赤色の髪型が、私と同じくうなじ辺りで適当に束ねて結ばれている。
私とは違い、それは歩くたびにゆらゆらと優雅に揺れている。
「まぁな、心機一転? ってやつだ。似合うだろ?」
「うん、なんていうか……カッコいいね、やっぱり」
私がそう言うと、ライカはきょとんとした顔をしていた。
鳩に豆鉄砲とはこの事を言うのだろうか? 私は思わずふふっと笑ってしまった。
「ねぇ、ライカ」
「なんだ?」
「今日の任務、よろしくね」
ライカはまた、間の抜けた顔をする。
でもすぐに凛々しく、まるで好青年のような顔をして。
にやり、と。
いつものように鋭い笑みを浮かべた。
「姉貴こそ、足引っ張るんじゃねぇぞ?」
「あったりまえよ! あんたこそ、もう私の手を煩わせないことね」
皮肉にも似た激励をお互いに交わし、私達は笑った。
こんな風に笑い会える日が来るなんて思っても見なかったから、実は嬉しかったりする。
……あとは、そうだね。
あの人さえ来てくれれば良かったんだけど──。
「ヒナタ」
噂をすればなんとやら。
縁側の方から声をかけてきたのは親父だった。
「親父……? ど、どうしたの?」
「いやその、だな。お前に渡しておかなければならない物があってな……」
そう言って、親父は持っていた布でぐるぐる巻きの何かを差し出してくる。
私は恐る恐るそれを受け取り、そして手から伝わってくる震え上がるほどの神気に声が出た。
なんだこれは、と。
私は布をほどいていき、その中身を見た。
それは両刃の剣。
どこまでも深い黒光りを放つ刀身には傷一つ無く、それは打ったばかりの新品のように見えて……しかし、長い歴史とそれに伴う威厳を持っていることが、柄に埋め込められた深い緑色の翡翠が告げていた。
「天叢雲剣……!?」
手が震える、足も震える。いや、魂すらも震えずにはいられない。
三種の神器。
それは、御三家がそれぞれ持つことを許された原初にして最強の神器。
「そんな……なんで!?」
「この剣は、天叢雲剣は天道家の長女たるお前が持つべきだった。私は先祖たちがやってきたことを、そっくりそのまま果たしただけだ」
「いや、だって! この剣は霊力の高い巫女が握らないと意味が無いって、母様が」
「だからライカやフウカに握らせた方がいい、と。お前はそう言いたいわけだな?」
頷くことが憚られた。
でも、だってそうじゃないか。
この剣の真価を発揮させることができるのは、有り余る霊力を持った巫女だけ……私のような半人前が持ったところで、宝の持ち腐れなのに。
──それでも、親父は言った。
「だが、それでもこの剣はお前が持つべきだ。天道家の長女であり、この剣が自ら選んだお前が」
「──」
もう一度、手の中にある神剣に目を落とす。
そういえば、神器とはそれが認めた巫女にしか扱えないとされている……なのに、私が直に触っても何の抵抗も無い。
どうやら私は本当に、この剣に認められているらしい。
「……」
重みが、責任が、私の両手に伸し掛かる。
母様も、母様の母様も、先祖代々受け継いできた一振りは問うてきた。
──覚悟はあるか? と。
「……謹んで、お受け取りいたします」
剣を腰に差すと、その重さに体が持っていかれそうになる。
なんて重さ、なんて動き辛い……それでも私の中には、この剣を使いこなしてみせるという思いと、歴代の天道家の巫女達に恥じぬ奮闘をしなければならないという決意が渦巻いていた。
「それでこそ、天道家の巫女だ」
そう言って、親父は私に笑ってみせた。
「初任務だからとはいえ気を抜くな。──必ず生きて帰ってこい」
「……はいっ!」
鞘を握りしめ、私は深く頭を下げた。
一歩下がり、頭を上げ、待ってくれていたライカの方に歩いていく。
彼女は何も言わずに門を出る。私もその背中を追いかけ……胸を張って、一歩を踏み出した。
「いってきます!」
張り上げた声。
振り返らずとも、この声は届く。
かくして私は家を出た。
不貞腐れた子供としてではなく、果たすべき責務を抱えた巫女として。
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