「第四十一話」久怨の失笑
「ヒナタぁアアアアアアアアアアアアアア!!!」
白髪が揺れる、黒い炎が吹き荒れる。
質より量と言わんばかりの祟神やら妖魔、その『百鬼夜行』にも思える軍勢はたった一柱の祟神を殺すためだけに仕向けられている。
実力云々を考えることすら馬鹿馬鹿しい戦力差、しかしカゲルはそれを真正面から覆していた。引き裂き、殴り飛ばし、引き千切り……燃やし尽くす。これだけの戦力差であったとしても、カゲルという最強の神にとってのこれは『戦い』ではなく『作業』でしかなかった。
故に、全身全霊を以て執り行う。
一瞬の油断、手を抜いたその瞬間に数で押し切られることを理解していたからだ。
「──『天喰』ッ!」
業ッ!
黒炎を纏った拳が突き出され、真横に黒い火柱が伸びていく。殴られて肉が拉げるのが先か、炎にその身を焼かれて黒焦げになるか……いずれにせよ一撃を放ったその後に残るのは魔性畜生共の死体だけであり、誰であってもその一撃を耐えられはしなかった。
そして火柱で拓いた道の先に、この狂宴の主催者が立っている。
これだけの祟神を同時に、しかも連続して使役し続けていたからなのか。無限にも思えたその体力や霊力は、流石に底を突きかけていた。──カゲルにとってこれは、千載一遇のチャンスだ。
「くゥゥ゙うぉおぉおォォオオンンッッッ!!!!」
祟神の攻撃の壁を無理やり跳ね除け押し切り、放たれた矢の如き勢いで突っ走る。
「──っ!?」
食い縛った歯を見せる久怨。
左右に広げられていた腕が前方に収束し、指先が交わり掌印を組んでいく。張り巡らされる結界は穢れた霊力によって構成され、廃れた神気でその力を増し、それら全ては禍々しい妖力によって均衡を保っている。
三重結界。
本来ならば交わることのない三つの力が、久怨という生きた怨念によって無理やり調和していた。──だが、それでも。
「──『天喰』ッッッ!!!!」
「っ!?」
止まらない、むしろ勢いを増した拳が結界に突き刺さる。
ビシリ、と。黒炎に晒された結界の表面に入った亀裂は、久怨の動揺を呼び起こすには十分すぎた。
(有り得ない、有り得ない! 今のこいつには信仰がほとんど無い、神としては大幅に弱体化している! なのに、なのにぃっ)
防ぎきれない。
全霊を以て構築した結界が綻び始め、やがてその拳は久怨へと突き刺さるだろう。背後の祟神を使役する余裕も、そんな霊力も残されていない。
であれば、取るべき選択肢は唯一つ。
一か八かの反撃。防御ではなく攻撃に残りの全てを注ぎ込んだ状態で、結界を敢えて解除する。一瞬にも満たないその隙に、ありったけを叩き込むのだ。
(勝負だ、カゲル!)
「うぉぉっぁあぁぁあああああああああああああああ!!!!」
バリィン! 飴細工のように砕け散った結界、その破片が宙を舞う。その奥には一瞬の隙が生じた白髪の神、既に久怨は懐に潜り込んでいた。──直撃。全体重を掛けて放った一撃は、カゲルの横っ面に突き刺さっていた。
(勝っ──)
「いっ、てぇなぁ」
久怨は気づく。まだ、神が握りしめた拳が緩んでいないことに。
それが真っ直ぐに、自分の顔面に向かってきていることに。
──拳が向かってくる。
回避しなければ、どうにかして受け止めなければ。
──死が近づいてくる。
結界を張るだけの余力は無い、時間も無い。祟神の使役も間に合わない。
久怨は悟った。自分はここで死ぬのだと。
道半ばで倒れて屍を晒し、あと一歩のところで地獄に落ちるのだろう。
嫌だ、そんなの嫌だ、最後まで、何も、誰にも、まだ、私。
「分かるよ」
──え?
拳が触れる瞬間、久怨は神の顔を見た。
まるで慈しむような、憐れむような、悔やむような。そんな、神の顔を。
「ツバキにも、こうしたかったんだよな」
突き刺さる。拳が久怨の脳を揺らす。
痛みはあった。意識は点滅する光のようだった。
だがそれ以上に久怨は満たされていた。感じたことのない味わったことのない未知の感覚に。
「っ、あ」
地面を転がりながら、体中の痛みをひしひしと感じながら、理解する。
「は、はは」
そっか。
狂っていたのは、ツバキだけじゃなかったんだ。
(……あーあ)
馬鹿みたいだ、と。久遠は自らを俯瞰しながら、心底呆れた。
愛してるとか、憎んでるとか、そういうのホントは色々どうでもよくて。
本当の私は、ただ怒っていたんだろう。
なんで名前を覚えてくれないの? とか。
なんで約束を守ってくれないの? とか。
なんで何もしてないのに嫌うの? とか。
そういう、なんでなんでが積み重なっていって、物凄く理不尽に怒っていたんだろう。
そうだ、私は。
勝手に好きになって。
勝手に友達だと思ってて。
勝手に信用して、勝手に裏切られたと思って。
勝手に復讐しようとして、勝手に死んで。
その上で見てほしかったんだ、ツバキに。
復讐とかじゃなくて、ただ。
「……あほくさ」
笑った。嗤った。
わらい続けた。
思い込みと被害妄想に踊らされ続けた、一途で愚かな久怨を。
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