第40話

「襲撃者のひとりから聞いた話だが、俺を襲えと命じたのは、領主の叔父であり、後見人でもあるクリフ・ノルディンだそうだ。実は昨日、彼とちょっとばかし揉めてね。その時の態度が気に食わなかったらしい」

「……ノルディンどのと、揉めたのですか?」

 不信感たっぷりに問われて、アルシスは肩を竦ませた。

「別におかしなことではないだろう。被後見人が雇った護衛がどういう人物なのか、後見人は疑って調べる権利がある」

「ええ、まあ、そうですね」

「それで話を聞かれ、ついでに引き抜きにあった。領主の弱みが握りたかったそうだ」

 包み隠さずすべて打ち明けたアルシスに、警備隊の面々は唖然としている。

 貴族からの買収工作を、こうもあっさり知らされるとは思ってもみなかったらしい。

 アルシスは思わず苦笑して後を続けた。

「だが金の話になった途端、急に渋られたんでね。これは厄介ごとにしかならない、と思って断らせて貰ったんだ」

 エリックが小さく笑う。

「金銭の提示もなく、アルシスさんを買収しようだなんて、叔父は一体なにを考えていたんでしょうか」

「無駄な金は払いたくない、だそうだぞ。いくら相手が貴族だからって、利益も無しに協力してやる馬鹿はいないと思うんだがな。――なあ、あんたも、そう思うだろ?」

 そう部隊長に問いかける。別に当て擦った訳ではなかったのだが、どうやら後ろ暗いなにかを抱えていたらしい。ほんの一瞬、平板な表情に苛立ちのようなものが混じるのがわかった。

 エリックが叔父の裏を探るのに、警備隊ではなく騎士団を選んだ理由はこれだったか、と思いながらアルシスは淡々と言った。

「昨夜の襲撃は、おそらくは俺に断られた腹いせだったんだろう。差し向けたのも、荒事に慣れているとは言えない使用人たちだったしな」

 話題が襲撃者に及ぶと、部隊長がすかさず口を開いた。

「彼らとは面識は?」

「ないな。だが、ちらっと見かけたことはある」

 どこで、と問いたげな鋭い眼差しに苦笑したくなる。

「俺が護衛として雇われる前の話だ。街で追われていたエリックを助けたんだが、その追っ手の中に今回の襲撃者が混じっていた。――その話は聞いているだろう?」

「……ええ。ですが、彼らはエリックさまを追っていたのではなく、保護するために動いていた、と報告を受けています」

「そうらしいな。だが、俺には破落戸が子どもを追っているようにしか見えなかった。だからこそ助けに入ったし、護衛として雇われたのも、所以のないことではないはずだ」

 部隊長は反論できずに黙り込み、部下のふたりは困惑したふうに顔を見合わせている。

 どうやら警備隊すべてが、クリフ・ノルディンの側にいる訳ではなさそうだ。

 難しい顔をしていた部隊長が、エリックに視線を向けた。

「大変、参考になりました。お忙しいところ、お時間を割いてくださってお礼申し上げます。今回の件で捕らえた連中については、処罰が決定次第、また改めてご連絡いたします」

 エリックがこくりと頷く。

「こちらこそ、迅速な対応に感謝します。領主館内で起こったことだけに、難しい判断をくだす場面もあるでしょう。ですが僕のことは構わず、公平な裁きを願います」

「……ええ、もちろん、そのつもりです」

 部隊長は粛々とした態度で請け負い、部下を伴い領主の執務室を後にした。

 その去り際、部下ふたりに握手を求められたのには笑ってしまったが、ひとつ面倒ごとが片付いたことにやれやれと息を吐く。

 メイドのベティが甲斐甲斐しく茶を淹れている横で、アルシスは呆れ交じりに呟いた。

「あの部隊長は、クリフ寄りか」

 エリックが頷く。

「彼は権力に阿る性質だそうです。それに叔父とは、若い頃によく遊んでいた仲間だったと聞いています」

「へえ、どうりで。……ところで、それはどこの情報だ?」

「ベティが集めてくれました。メイドたちの間では警備隊の兵士は人気があるらしく、それで噂話には事欠かないのだとか。彼女たちの情報網は素晴らしいです」

 感心しきっている口調だが、それの実態を知っていると、どうにも苦笑を禁じ得なかった。

 アルシスはエリックが茶を誘ってくれたのを断って、問いを口にした。

「今回のことで、後見人どのの手勢を減らした訳だが……次はどう出ると思う?」

「そうですね……。しばらくは大人しくしてくれるのでは、と考えるのは早計でしょうか?」

「どうだろうな。部隊長と懇意なら、舐めてかかっている可能性はある。……試しに煽ってみるかい?」

 痛めつけてやろうとした相手に、してやられたのだ。あのプライドの高そうな御仁のことだから、間違いなく腹を立てていることだろう。そこを突いてやれば、簡単に墓穴を掘ってくれそうだ。

 そうアルシスは指摘したのだが、エリックは首を横に振った。

「アルシスさんの仰るとおり、叔父が馬脚をあらわす可能性はありますが……あまり刺激するのも良くないでしょう。父について情報を得る前に、逃げ出されても困りますし」

「あれは逃げるような玉じゃなさそうだけどな。……まあ、いい。少年がそう言うなら、余計な手出しは控えておくさ。それと今回の件だが、騎士団と情報の共有をお勧めする」

 先代領主の足取りを追ってくれている彼らとは、できる限り風通しを良くしておくべきだ。

 それに警備隊にモグラが混じっている以上、いざという時に信用できるのは彼らしかいない。

「俺が駐屯地に行って、話をしてきても構わないぞ。ベティとの護衛役の調整があるから、今すぐに、とはいかないだろうが」

「そうしていただけると助かります。父の捜索が、どうなっているのかも知りたいですし……。領館内で襲撃が起こったことについては、ひとまず手紙で報告をしておきますね」

 ところが襲撃による影響は大きく、特に領館の人手不足に拍車をかけることになった。

 特にエリック付きメイドのベティは、休み暇もないほどの多忙に陥った。彼女の担当の殆どをアルシスが負って、それでも騎士団の駐屯地を訪れることができたのは、襲撃から一週間後のことだった。

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