第12話

「……俺が?」

「他に誰がいるよ。……考えてみれば、おまえさんは鍛冶屋に必要な才をすべて備えてるんだ。多種多様な武具の知識、生成陣を発動できるに足る魔力。それに神刻文字も理解している。後は基礎を叩き込めば、一端の鍛冶屋の出来上がりだ」

 そう言い切るダニエルの表情は、冗談や酔狂で口にしたのではない、と分かるほどに真摯だった。

 軽い調子では返すことが出来ず、それでアルシスは少し表情を改めて言った。

「さすがに、そいつは無理があるんじゃないか。職人は一朝一夕ではなれないから職人なんだ。それに……冒険者として好き勝手していた奴が、そう簡単に鍛冶屋になれる訳がない。真面目に努力してきた連中だって立つ瀬がないだろ」

「それは素人の視点だな。武器の生成に関しては、努力よりも天賦の才が物を言うんだ。たとえどれだけ学んでも、どれだけ剣を生成しても、天才の作った一本には敵わねえ。……そういう世界なんだよ」

 長年、鍛冶師として第一線にいたダニエルの言葉には説得力がある。アルシスが反論を飲み込んだのを見て、ダニエルが指を一本立ててみせた。

「……一年。一年だ。そんだけの時間をくれたら、儂がおまえさんを一人前にしてやる。もちろん、おまえさんにも努力は必要だがね。だが住まいは提供してやるし、三食にビールもつける。儂の集めた資料も読み放題だし、給料も出してやろう。……どうだ?」

「いや、どうだ、と言われてもな……」

 アルシスは戸惑いながら、だが一方で素早く考えを巡らせていた。

 怪我のせいで今までのようには戦えない以上、これからの人生を剣一本で生きていくのは難しい。ギルド長に話したような、根無し草のような暮らしでは、どこかの遺跡で力尽きるのが落ちだろう。

 自分の望みはともかく、現実問題としてはそうなるだろなうと思っていたが、別の可能性を示されると、そっちを試しても良いのではないか、という気になってくる。

 なにより自分の手で武器を作る、という行為に好奇心をそそられていることは否定できなかった。

 独り立ちまでの期間が一年と短いのも魅力的だ。三十路を目前にして新しいことを始めるのは躊躇いがあるが、そのくらいの期間なら、まあやってみても良いのではないだろうか、という気になってくる。

 それでもアルシスは提案に飛びつきはせず、慎重に口を開いた。

「……本当に、たった一年で出来ると思うか?」

「任せろ。おまえさんの頑張りによっちゃあ、もっと短く済むかもしれんぞ。叩き込む必要のある基礎、っつうのは要するにお勉強だ。真面目にやれば、それだけ早く身につくからな」

「なるほど、確かにそれは俺次第だ」

 苦笑して言う。とは言え、学ぶこと自体に忌避感はない。冒険者ギルドに入る際、文字や計算の勉強をさせられたのだが、出来はともかくそれを苦痛とは感じなかった。

 ましてや師となる存在が近くにいて、聴けば教えてくれるという。新しいことを始めるにあたって、これだけ恵まれた環境は望んで得られるものではないだろう。

 であれば、答えはひとつしかない。アルシスは姿勢を正すと、ダニエルに向かって言った。

「弟子と言うには薹が立ちすぎていると思うが、どうかよろしく頼む。……これからは、師匠せんせいと呼べばいいのか?」

 そう茶目っ気たっぷりに訊くと、ダニエルが溜め息を吐いた。

「元剣聖にそう呼ばれるのはぞっとしねぇな。まあ、なんだ。これまでどおり、ダニエル爺さんで構わんよ」

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