第13話

 かくして鍛冶屋の弟子入りを果たしたアルシスだったが、まず任されたのが、鉄の精錬だった。

 鉱山から掘られた鉄鉱石には、様々な不純物が混じっている。武器の生成に使用するには、まずそれを製銑しなくてはならない。

 大昔は巨大な炉を使い、炭を燃やして溶かしていたそうだが、今は大掛かりな施設など必要ない。正しく記された生成陣と、発動させる魔力があればそれで事足りるからだ。

 とは言え魔力はそれ相応に消費する。しかも銑鉄の出来は、生成陣の正確さが物を言った。

 弟子になりたてのアルシスでは、満足の行く出来になるのは現状三割ほど。製銑し直せば良いので材料は無駄にならず助かるが、魔力はみるみるうちに減っていく。

 アルシスの保有魔力量はそれなりではあったが、製銑を繰り返せば夕暮れには、すっかり空になるという有様だった。

 くたくたになって家に戻り、慌ただしく夕食の用意をする。

 料理はありがたいことに、ダニエルの孫娘であるドナが、保存庫に入るだけの量を作り置きしてくれている。魔力が空になって疲れ果てている状態で、温めるだけで美味いものが食べられるのは素晴らしくありがたい。

 食卓に温めた料理を並べるとダニエルが来て、すぐに食事の席になった。

 夕飯を食べながら交わす会話は、もっぱら武器のことばかりだ。だがビールを片手にダニエルが口にしたのは、珍しく別の話題だった。

「そういや、うちを狙った例の盗賊団がいただろう。サナ……なんとかと言ったか」

「サナハイド、だな。あいつらが、どうかしたのかい?」

 訊くとダニエルが、にやと笑った

「あれから騎士団が動いて、王都周辺にあった拠点ぜんぶを潰したらしい。大捕物に参加した兵士が、うちも被害にあったから、と気を遣って連絡をよこしてくれてな。美味しいとこだけ持っていかれた、と文句を言ってたが、心配の種が消えるならなんでも良いわい」

「まあ、確かに。……にしても、騎士団が動くとは意外だったな。あいつらは普段、この手のことには嘴を挟まないんだが」

 ダニエルが意外そうに眉を上げる。

「そうなのか? おおごとになれば、騎士団が動くもんだと思っとったが」

「その認識で間違っちゃいないが、基本的に治安維持は騎士団の管轄外なんだ。村や集落を襲っていたならまだしも、サナハイドの連中の狩り場は街道だ。さしあたっての被害も積み荷や金品ばかりで、人的被害はさして出ていなかったと聞いている。騎士団が出張るような状況じゃあない」

 ダニエルを狙ったのは悪質だが、ことを起こす前にアルシスによって制圧されている。であれば騎士団が出張る理由にはならないはずだ。

 武器狙いの襲撃を行ったことを踏まえ、サナハイドが暴徒化すること警戒したとしても、それだって警備隊を動かせば済む話だ。らしくない先走った対応には、首を傾げるばかりである。

 ともあれダニエルの言うとおり、サナハイドの壊滅は素直に喜ぶべきだろう。

「どうにもすっきりしないが、ここで気を揉んでも仕方がない。あんたの言うとおり、懸念がひとつ消えたのは助かるしな。これでドナも、安心できるだろう」

 ダニエルの孫娘であるドナは、あの一件があったにもかかわらず、食事を作りに週に二度は顔を見せていた。もちろんひとりで来る訳ではなく、行きは顔見知りだという兵士と一緒に、帰りはアルシスが彼女の護衛役を務めていた。

 安全のため仕方がないこととは言え、十も年上の男と連れ立って歩くのは楽しいものではなかったはずだ。アルシスがそう言うと、ダニエルが渋いものでも口にしたような顔になった。

「ああ……まあ、その、なんだ。ドナは別に、おまえさんを嫌がっちゃいねえよ。むしろ、帰りのお供がいなくなったら、文句を言い出しかねん」

「なんだよ、番犬扱いか? これでも少し前までは、ギルドの英雄だなんだのと言われてたんだがね」

 冗談めかして言うと、ダニエルが鼻に皺を寄せる。

「やかましい。うちの可愛い孫娘が、道を踏み外すかどうかの瀬戸際なんだ。まったく、なにが悲しくて十も年上の男にくれてやらにゃならんのか……。見る目がまったく無い訳じゃねえのが、また余計に腹立たしいわい」

 そう意味の分からないことをぶつくさ言って、ダニエルは自家製ビールをひと息に煽った。

 ぷは、と強く息を吐いてから、アルシスにひたと視線を当てて言った。

「とにかく、破落戸騒ぎはこれで解決だ。ドナの見送りで使ってた時間を、これからは勉強につぎ込むこった。おまえさんは、魔力の使い方はべらぼうに上手いくせに、生成陣は一向に上達しとらんからな。もっと練習しろ。魔力で押し切ってちゃあ、いつか限界が来るぞ」

 まったく返す言葉もない。アルシスは師匠の助言をありがたく頂戴して、さしあたっては目の前のテーブルを片付けるべく、カトラリーを動かしたのだった。

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