第14話

 師であるダニエルに言われるまま仕事をこなし、合間に暇を見つけては書物を読んで知識を詰め込んでいく。それと平行して生成陣の練習を繰り返していると、徐々にだが製銑の精度が上がるようになった。

 一朝一夕に成せることではないからこそ、こんなふうに上達が目に見えると嬉しくなる。そうすると生成が楽しくなって、アルシスは自分でも意外なくらいに、鍛冶という仕事にのめり込んでいった。

 生成陣は基本を修めることが大事だが、逆に言えばそれさえ抑えていれば、かなりの自由を利かすことができる。いかに効率よく魔力を流せるか、神刻文字の配置に四苦八苦していたアルシスは、小石を踏む軽い小さな足音に気づいて面を上げた。

 ややあって現れたのは、ダニエルの孫娘であるドナだった。

 ドナは高い位置で結い上げた髪を揺らして、弾むような明るい声音で言った。

「こんにちは、アルシスさん。そろそろお昼だけど、今日の調子はどうですか?」

「まあまあだな。それより、ドナ。ダニエル爺さんはどうしたんだ? 一緒じゃないのか?」

 ドナが来る日のダニエルは、工房には篭もらず家で書き仕事をしている。

 事務仕事は家の方が集中できる、とはダニエルの談だったが、それが孫可愛さ故の言い訳であることは明らかだった。

 その姿はなんとも微笑ましかったが、他方ドナを工房に近づけたくない、という思惑もあるようだった。

 鍛冶師の素質がある彼女が、知識の無いまま中の物に触れれば、取り返しのつかない事態も起こりうる。

 そうこんこんと言い聞かされているのだろう。工房から少し離れた場所で、ドナは困ったふうに肩を竦ませた。

「お客さんが来て、それで手を離せないみたい。でもお客さんが帰るのを待ってたら、いつまで経ってもお昼ごはんが食べられそうにないもの」

「へえ、客か。予定は無かったはずなんだが、珍しいな」

「うん。普段だったら、絶対に追い返してると思う。私は初めて見る人だったけど、もしかしたら知り合いなのかも。――あ、でも、いつもよりちょっとだけ丁寧な言葉で喋ってたかな」

 兵士相手にも不遜な態度を崩さないダニエルが、丁寧に喋るとは驚きである。

 明日は雨になるんじゃないか、と軽口を叩きながら、アルシスは書き付けや筆記道具を片付けた。

 客人が来ているなら、と工房の戸口にきっちり鍵をかけた。振り返るとドナが、アルシスを見上げてにっこりと微笑んだ。

「アルシスさんは、鍛冶師になるんですよね?」

「ん? ああ、まあ、そうだな。ものになるかは、まだ分からないが」

 歩き出したアルシスの隣に並んで、ドナがくすくすと笑う。

「またまた謙遜言って。おじいちゃんが褒めてたよ。アルシスさんは、とっても筋が良い、見込みがあるって」

「だと良いんだがな。……ダニエル爺さんにこれだけ世話になっておいて、箸にも棒にも掛からないんじゃあ情けない。受けた恩義を返せるように、とは思ってるが」

「私、アルシスさんのそういうところ、良いなって思うんだ。だって、私でも知ってるくらいの有名人で、私を助けてくれるくらい今でも強いのに、それなのにすごく頑張ってるじゃないですか。だから、すごく格好いいな、って」

 はにかむようにドナが言う。

 そんなふうに素直な賛辞を寄越されると、どうにも照れくさくて落ち着かない。ましてや憧憬混じりのきらきらとした目で見つめられると、居心地が悪くて仕方がなかった。

 アルシスは髭の剃り跡が残る顎をざらりと撫でて、おどけるような口調で言った。

「褒めたってなにも出ない――いや、銑鉄くらいはまともに出るようにはなったか」

「もう、私は本気で言ってるんですよ! 褒め言葉は、ちゃんと受け取らないと。じゃなきゃ、おじいちゃんみたいになっちゃうんだからね」

「はは、そいつは良い。弟子は師匠に似るって言うからな」

 アルシスは笑って誤魔化しながら、これはあまり良くない傾向だな、と胸中で呟いていた。

 身近にいる大人に憧れ混じりの恋情を向けることは、ドナのような年頃の少女には珍しいことではない。とは言えこれは一時的な熱病のようなもので、いずれは目が覚めて、何年か後には面白おかしく酒の肴にでもなるはずだ。

 アルシスもそれ相応に歳をくっている。老成するほどではなくても、子供からの好意にのぼせ上がるほど若くはない。

 やんわり躱すことも難しくはなかったが、しかし今回ばかりは相手が悪かった。

 なにせ師匠が溺愛する孫娘だ。衣食住のうちふたつを世話になっている以上、穏便に距離を取ることは不可能だ。

 さてどうしたものか、と歩いていると、家の裏手に立っているダニエルの姿が見えた。いつも以上に渋い顔をしたダニエルは、アルシスとその隣に並んだドナを見て、これみよがしに溜め息を吐いてみせた。

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