第11話
ううむ、とダニエルが低く唸って言った。
「なあ、アルシス。厚かましい頼みだってことは重々承知してるんだが、もう一回試しちゃくれないか? 次は、属性を含んだ素材を使ってみて欲しい」
「……なんだか聞くだけも厄介そうなんだが、素人が手出しして問題ないのか?」
「心配すんな。初心者が一発でナイフを仕上げる方が、よっぽど問題だわい」
そう冗談とも本気ともつかない口調で言って、ダニエルが羊皮紙を引っ張り出してくる。
そこにも既に生成陣は描かれていて、おそらくは先ほど使用したのと同じ物なのだろう。
ダニエルは矯めつ眇めつそれを眺めてから、インク瓶とペンとを手元に引き寄せた。
ダニエルが教本のような正確さで、生成陣の周囲に属性を表す神刻文字を描き足していく。
属性は全部で八種、つまり全属性だ。それら文字の上に色とりどりの素材を置いてから、ダニエルはふうと息を吐いた。
「まあ、こんなもんかね。どう作っても良いように全属性にしといたが、もちろん全てを使う必要はねえ。おまえさんの持つ属性の相性もあるからな。ちなみに主素材の銑鉄はナイフ一本分だ。それを念頭に置いて作ってくれ」
「ナイフに属性だって? おいおい、無茶なことを言いやがる。そういうのは趣味の世界になるんじゃないか?」
武器に属性を付与するのは、ほとんどの場合は戦闘を優位に運ぶためだ。
しかしながら属性が多ければ良いというものではなく、使い手との相性や状況を読まずに使用すれば、痛い目を見ることも少なくない。ましてやナイフのような補助向きの武器に、属性を付与する利点はほとんど無いと言っていい。
実際、アルシスがクロウベアを仕留めたのも、街のどこにでも売っている量産品のナイフだった。当然、無属性である。
属性が付与されたナイフと言えば、博物館に収蔵されているような発掘品くらいだろか。
そう言えば昔、属性と装飾の著しいナイフを地下遺跡で見つけたことがある。
確か今は王宮の宝物室に並んでいるはずだ。そんなことをつらつらと考えながら、生成陣に手を置いたからだろう。
素材をたっぷり使って生成されたナイフは、属性それぞれの魔石が並ぶ、かなり豪奢な見た目に仕上がっていた。
イメージの参考にしたのが件のナイフだったから、見た目がそこはかとなく似通っている。
持ち上げて魔力を通してみると、それぞれの属性をはっきりと感じ取ることができた。
生成した当人だからなのか、反発らしい反発がまるでない。へえ、とアルシスは感心したふうの声を漏らした。
「こいつは面白いな。思い浮かべてた代物と違って、癖がなくて扱いやすい。もっとも属性が多すぎて、使う場面が限られそうだが」
言いながら矯めつ眇めつしていると、ダニエルが頭を抱えながら言った。
「……なんてこった。信じられん。……儂はそいつと似たような代物を、ガラスケース越しに拝んだことがあるんだがね。……アルシス、おまえさん……そいつを生成するのに、いったいなにをイメージしやがったんだ?」
茫然自失、といった様子で問いかけてくる。ダニエルがなにを驚いているのか分からず、アルシスは首を傾げて言った。
「昔、遺跡で見つけたナイフだが」
「……遺跡。念の為に訊くが、そいつはモストライドの地下遺跡じゃあねぇよな?」
「いや、そのモストライドだ。確かあれは冒険者になって数年だったか。うっかり罠の解除を失敗して、落ちた先がグリフィンの巣でね。死にそうになりながら討伐して、そこで見つけたお宝のひとつだ」
まだ駆け出しだった頃で、思い出すと自分の未熟さに恥じ入るばかりである。
だがモストライドの遺跡で見つけた品々は、金策に喘いでいた当時にかなり助けられた、ある意味思い出深い品々である。
中でもナイフはかなりの高値がついて、研究所で鑑定を終えた後、その希少性から王族に献上されている。数年前に宝物庫の特別展示があって、発見者であるアルシスも招待を受けていた。
ダニエルがガラス越しに見た、と言っていたのはおそらくその展示だったのだろう。
「……ああ、うん、まあ、なんだ。有名な話だからな。それは知っている。……てことはつまり、そいつは王宮の宝物庫に収められている代物の写し、ということになるのか……」
「もしかして、似せて作ったのはまずかったか?」
いや、とダニエルは首を横に振る。
「遺跡の発掘品と、生成品じゃあ構成がまるきり別物だからな。発掘品を騙って売るんでなけりゃあ問題ない。駆け出しの鍛冶屋が、有名な武具を模倣することも珍しくはないしな。ただ、なあ……。こいつは、あまりに出来が良すぎるんだよ」
ダニエルは言葉とは裏腹の渋い顔で言って、深く長い溜め息を吐いた。しばらくむっつりと黙り込み、アルシスをちらと見て、それから思い切ったふうに口を開いた。
「なあ、アルシスさんよ。おまえさん、職を探しているって言ってたよな。それなら……鍛冶屋になってみる気はないか?」
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