第22話

 ごく一般的な平民の家が珍しいのか、クリスティアナは宝石のような目を輝かせてあちこちを眺めている。キルトが掛けられたソファに座ると、子供のような笑みを浮かべて言った。

「おまえの師匠は、すばらしく趣味が良いな。ソファもテーブルも暖炉も、掛けられているカーテンまで可愛らしい。実を言うと子どものころ、こういう家を絵本で見てに憧れてたんだ。大昔、ドールハウスにねだったこともある」

「師匠じゃなくて、亡くなった細君の趣味らしいけどな。……まあ、なんだ、おまえが褒めてた、って後で伝えておいてやる」

 アルシスが言うと、クリスティアナが驚いたように目を瞬かせた。首を傾げる。

「おまえの師匠には、一度きちんと挨拶をさせてもらいたいと思ってたんだが。……私とは、会わせてはもらえないのか?」

 バートとは一緒に食事をしたくせに、と拗ねた口調で言われて、アルシスは大きく溜め息を吐いた。

「……茶を入れるついでに、呼んできてやる。だから、そこで大人しく待ってろ」

 わかった、と意外にも素直に頷いたクリスティアナを置いて、アルシスはキッチンに足を向けた。勝手口から家に戻ったのか、ダニエルとドナが立ったまま、窮屈そうにお茶を飲んでいた。

 あまりに申し訳無さ過ぎて、アルシスは眉を下げて言った。

「こっちの都合も考えない、俺の客がすまない。それとクリス――クリスティアナが、あんたに挨拶をしたいそうだ。この家が気に入ったらしい。可愛いんだと」

「ほ。そいつは光栄……なのか?」

「褒めてるんだから、素直に受け取っておけば良いんじゃないか? あいつは裏のあるタイプじゃないからな。――ああ、それと、悪いがドナ。追加で茶を淹れて貰えないか?」

 俺が淹れるより美味いだろう、と言うとドナが困ったように眉を寄せた。

「それは構わないけど……でも、うちには普通のお茶しかないのに、お貴族さまに出しちゃっても大丈夫かな?」

「ああ、そこは気にしなくて良い。戦場で必要なら泥水でも平気で啜る女だ」

 それに本人が礼儀を弁えている、と言うのだから文句は言わないだろう。

 アルシスがそう言うと、ドナが困った表情のまま、それでも手早くお茶の支度を調えてくれる。さすがに給仕は遠慮したいと言うので、茶器一式が載ったトレイはアルシスが運ぶことになった。

 ダニエルを引き連れて居間に戻ると、クリスティアナがぱっと立ち上がった。

 大股に歩み寄って、ダニエルの手を取りにこやかに言った。

「お初にお目にかかります、ビルト翁。クリスティアナ・ハーレニクスと申します。貴殿のお噂は、私の師からかねがね伺っております」

 いきなり手を取られたダニエルは目を白黒させている。それでも相手が貴族令嬢であるからか、狼狽えつつも比較的丁寧な口調で言った

「いや、その……そう言って貰えるのは、光栄な話だが。……お嬢さんの師匠、ってのは……?」

 恐る恐る、といったダニエルの問いに、クリスティアナが浮かべる笑みを深くする。

「ジェフリー・エイセル、という名に覚えはありませんか? 彼は私の剣の師なんです」

「……ジェフリー・エイセル? まさか、あの赤毛のジェフリーか?」

「ええ、若い頃の師は火のように鮮やかな赤毛でした。残念ながら、今は見る影もありませんが」

「ああ――うん、まあ、あの禿頭じゃあ、そうだな」

 すこぶる言いにくそうに返したダニエルは、クリスティアナをじっと見つめてから口を開いた。

「十数年前に、見込みのある弟子を取ったと聞いとる。もしかして、そいつがお嬢さんのことか?」

「見込みがあったのかどうかは分かりませんが、ジェフリーの弟子は私ひとりです。ですから、師がそう言っていたのなら嬉しく思います」

「あいつも大概、素直じゃねえからな。……儂が贈った剣は、役に立ったかい?」

 クリスティアナが嬉しそうに表情を輝かせた。

「ええ、もちろん。今日はそのことについても、お礼を申し上げたいと思っていました。まだ貧弱だったころの私にとって、とても扱いやすい素晴らしい剣でした」

 そうかい、とダニエルが嬉しそうに笑う。

「ジェフリーの弟子と、儂の弟子が知り合いだったとは、妙な縁もあったもんだ。狭い家でなんだが、まあ、ゆっくりしてってくれ」

 ダニエルはそう言って、居間を後にした。

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