第21話
「あのね、今知らないお客さんが来てて……アルシスさんに合わせて欲しい、って言ってるの。騎士団に所属してるって言ってて、すごく綺麗な女の人。ハーレニクスさん、っていう人なんだけど……」
知ってる? と問われてアルシスは僅かに目を瞠った。
「そいつひとりで来てるのか?」
「え? う、うん。――あ、でも馬で来てるから、もし良ければどこかに繋がせて欲しい、って」
ダニエルはアルシスをちらと見る。
「知り合いかい?」
「……ああ、まあ、そうだな。いつだったかここに来た、バートを覚えてるか?」
「あの賑やかな兄さんか。もちろん、覚えとるよ」
「あいつの上官だ。近衛騎士団の総長さまだよ」
「――は? てことは、お貴族さまかい?」
「バートも一応貴族だけどな」
言ってアルシスは髪をがしがしと掻き混ぜた。
「ひとりで出歩いて良い立場の人間じゃないんだが、来ちまったものを追い返すわけにはいかないからな。……悪いが、居間を借りても良いかい? それと馬も、出来たら結界内に入れてやって欲しい」
ダニエルが唖然としたまま頷く。
「そいつは、構わんが……。近衛騎士団? そんな大物がうちなんかに入って平気かね」
「ああ、まあ、確かに大物ではあるんだが、そういう感じじゃないから安心してくれ。ただ……態度が少しばかり偉そうだから、そういうもんだと思って、あまり気にしないでくれると助かる」
言ってアルシスは足早に玄関先へと向かった。
工房と家周辺には、強固な結界が張られている。住人が招かない限り、部外者は一切立ち入ることができない。それで客人である彼女は門扉の外で、馬を傍らに待ちぼうけていた。
近づく足音に気づいたのか、真っ直ぐな視線がアルシスを捉えた。
「やあ、アルシス。久しいな。怪我をしたと聞いていたが、元気そうじゃないか」
そう言って微笑んだのは、はっと目を惹くほどの美人だった。いつ見ても呆れるくらいに整った顔貌だ。その造作があまりに整い過ぎているせいで、どこか作り物のようにすら見える。
安っぽい表現をするなら、まるで陶磁器人形のようだが、かと言って繊細や脆弱といった印象からは遠くかけ離れていた。
彼女の美貌は、例えるなら獣や野生動物のそれだった。
アルシスを射抜く濃い翠色の瞳も、威風堂々とした表情も、輝かんばかりの生命力に溢れている。金褐色の髪は無造作に結い上げられていたが、下ろせば豪奢なベールのように顔を縁取ることをアルシスは知っていた。
彼女の名はクリスティアナ・ハーレニクス。侯爵家の嫡女で次期当主、近衛騎士団総長だ。
その立場は侯爵家の伝統であり義務でもあったが、お飾りとしてのそれでないことは周知の事実である。クリスティアナは卓越した剣技の持ち主で、剣聖だったアルシスでさえ目をみはるものがあった。
左手が使い物にならなくなった今では、一本取れるかどうかすら怪しいところだろう。
木製の門扉を開けて彼女を招き入れ、アルシスは呆れた声で言った。
「バートはどうした、クリス。一緒じゃないのか?」
馬の手綱を引きながら、クリスティアナが平然と言う。
「あいつなら置いてきた。せっかくおまえと話ができるというのに、あの口やかましい奴がいたら台無しだろう? それに、私だってたまにはひとりで出掛けたくなる時もある」
「つまり、なにも言わずに来たってことか。……あいつ、泣いてるんじゃないか?」
気さくで適当なところのあるバートだが、職務に対しては超がつくほどに真面目だ。豪快で猪突猛進なクリスティアナを、古女房もかくやという甲斐甲斐しさで陰に日向に支えている。なにも言わずに姿を消したクリスティアナを、おそらく今頃必死になって探しているに違いない。
もっとも、これだけ人目を引く彼女だから、その足取りを追うことは難しくはないだろう。
ダニエルには後で、バートも来るだろうと伝えておいた方が良さそうだ。
アルシスはクリスティアナから受け取った手綱を木の柵に括り、彼女を家に入るよう促した。
「言いたいことは山ほどあるが、とりあえず中に入れ。茶ぐらいは出してやる」
「奇遇だな。私もおまえに言ってやりたいことが沢山あるんだ。……それより、お邪魔しても良いのか? ここはおまえの師匠の家だろう?」
「許可は取ってる。だが、あまり騒ぐなよ。それとここは、ごく一般的な平民の家だ。貴族の邸宅でされるようなもてなしは期待しないでくれ」
「おまえは私をなんだと思ってるんだ。そのくらいの礼儀は、ちゃんと弁えてる」
突然やって来たことは棚に上げて、そう堂々とした口調で言う。アルシスは苦笑して、クリスティアナを居間へと通した。
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