第23話
ふたりの話を横で聞きながら、茶の支度をしていたアルシスは、クリスティアナが再びソファに腰を下ろすのを待って口を開いた。
「……相変わらずの、人たらしだな」
職人らしく気難しいところのあるダニエルが、たったあれだけの会話で、すっかり骨抜きにされている。
それで苦笑半分、呆れ半分に言ったアルシスに、クリスティアナが心外だ、というふうに片眉を上げた。
「それをおまえが言うのか? 冒険者ギルドを辞めたと思ったら、あっさり鍛冶屋に弟子入りして、そっちの道でも大層目をかけられてるじゃないか。おまけに、移住先の引き抜きの話もあるんだろう?」
「あれは移住先の相談に行ったら、ここはどうかと薦められただけだ。それに用があるのは鍛冶屋じゃなく、元剣聖という存在だろう。とは言え俺にも旨味のある話だから、候補のひとつには入れているが……」
「――それだ」
そう苦い声で言ったクリスティアナが、ほっそりとした指をアルシスに突きつけた。
「私がバートを撒いてここに来たのは、おまえにその話をしておきたかったからだ」
「その話? いったいどのことを言ってるんだ?」
「――ベリンダ・アシェル。おまえをウェプリコッドに誘った人物だ。一見すると人当たりが良くて優しく親切だが、本性は狡猾で蜘蛛のような女だ。油断していると、あっという間に取り込まれるぞ」
あまりにもな言い草に唖然とする。
クリスティアナの言うそれと、アルシスが会った彼女との印象がずいぶんとかけ離れていて、頭の中で上手く結びつかない。
冗談だろう? と口にしそうになったのを飲み込んで、アルシスは疑問を口にした。
「なんだ、彼女はおまえの知り合いか?」
「いわゆる幼馴染み、というやつだ。非常に不本意だがな」
「……不本意なのか。だが彼女には、単に移住を斡旋されただけだぞ。なにをどう取り込もうって言うんだ?」
実際のところがどうなのかはともかく、アルシスの元剣聖という立場や名を利用する気はない、と言われている。ただの鍛冶屋に、さして利用価値があるとも思えない。
そう反論したアルシスに、クリスティアナが呆れた目を向けた。
「……ウェプリコッドが、領主を置かずに代官による統治がされていることは知っているか?」
「ああ。貰った資料に書いてあったし、ダニエルから少し話を聞いている」
ダニエルが隣街のクレイゲンで修行していた、と言うと、クリスティアナはこくりと頷いた。
「そうか。では、ウェプリコッドの代官がどうやって選出されているかは?」
「それは知らんが、国が指名するんじゃないのか?」
代官は厳密には貴族ではないのだが、在任中はそれに等しい身分が与えられる。
代官の娘であるベリンダが、侯爵家の嫡女であるクリスティアナと幼馴染みになれたのも、その立場があればこそだろう。
侯爵家と縁を結べるだけの身分を得るのだから、その選定に国が関わっていると考えて当然だ。
アルシスがそう判じたのは間違い
ではなかったようで、クリスティアナは小さく息を吐くと、茶の入ったカップに手を伸ばした。貴族令嬢らしい優雅な所作で茶を口にして、ちょっと目を丸くする。すごく美味いな、と呟いてから彼女は後を続けた。
「任命するのは確かに国だが、選出するのはウェプリコッド議会だ。この議会は当代の代官を中心に、ウェプリコッドの有力者たちで構成されている。議員は過去に代官を務めた者、貿易会社の代表たち、それと警備団からも数名選ばれている」
「へえ、警備団が政治に参加しているのか。そいつは面白いな」
「そうする必要があった、と考えると物騒極まりないがな。それに、これが一番の問題なんだが……歴史ある古い議会だけあって、議員にはどこかしらと繋がりがあるんだ。例えば貿易会社の代表は、今の代官とは又従兄弟にあたる。そして警備団から出ている議員は、代官の義理の兄だ。次の代官は、この人物が推挙されるのでは、と目されている」
「つまり癒着がある、ってことか?」
アルシスの疑問に、クリスティアナは首を横に振った。
「そうじゃない。もし議会に腐敗があれば、国が黙っていないだろう。実際、次の代官と言われている人物は、妻の実家とは無関係に有能だ」
「それじゃあ、なにが問題なんだ?」
「……まったく、呆れたやつだな。ここまで言って、まだ分からないのか? ……要するにウェプリコッドの代官は、婿取りという手段でその立場を世襲している、ということなんだ」
ただし婿を取ると言っても、籍に入れる訳ではない。代官の娘たちは優秀な者の嫁に出されて、だから歴代の代官を遡っても、同じ名は数えるほどしか存在しないそうだ。
ちなみに次代と目されている議員がそうであるように、当代の代官も先代の代官の妹を娶ったらしい。
血の繋がりのある無能を頭に置くよりも、優秀な者を取り込む方が、確かにリスクも少なく効率的だろう。
「なるほどな。ずいぶんと、面白いことを考えたものだ」
「他人事のように言うんじゃない。おまえも婿として目をつけられてるんだ。もっと警戒しろ」
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