第30話

 それからしばらくも待たずに、先ほどの騎士が戻ってきた。

 彼はきらきらとした目でアルシスを見てから、表情をきりりとさせて言った。

「司令がお会いするそうです。どうぞ、こちらへ。ご案内します」

 騎士の先導で天幕と出た途端、周囲から視線が突き刺さるのを感じる。それは奇妙なふたり連れを訝るのではなく、アルシスに対する畏敬のそれだ。

 アルシスにとっては慣れたものだったが、エリックには居心地悪く感じるらしい。

 騎士が案内したのは、並ぶ天幕の最奥に位置するそれだった。

 周囲の天幕よりふた周りほど大きく、入り口が大きく開けられていた。中には会議に使うような大きな机が置かれ、天幕の奥側には地図が張られている。その前に立っているのは大柄な強面の男性で、騎士服の胸元に司令の証である徽章きしょうが輝いていた。

 司令はアルシスを認めると、略式の敬礼を取った。

 野太くよく通る声で言った。

「アルシスどの、お久しぶりです。アダルの魔物討伐を祝う宴ぶりでしょうか。冒険者を引退なさったと伺っておりましたが、お元気そうでなによりです」

 よく見知った懐かしい顔に、アルシスは目を丸くした。

「おまえ、デズモンドか? おいおい、驚いたな。猪隊長が駐屯地司令とは、ずいぶんと出世したじゃないか」

 言いながらアルシスは天幕に足を踏み入れ、デズモンドに向かって手を差し出した。

 ぐっと固い握手を交わし、りゅうとした逞しい肩を叩く。記憶にあるよりも少し老けた顔を見て、アルシスはにやと笑った。

「なんだ、おまえ、髭は止めたのか?」

「ええ、上の命令で仕方なく。なんでも部隊を指揮する人間を見て、子供が怯えて泣くのは望ましくないそうです。……髭のあるなしで、変わるものではないと思うのですが」

 そう強面の顔を困らせるのが可笑しくて、アルシスは低く喉を鳴らして笑った。

 もう一度デズモンドの肩を叩いてから、背後のエリックを振り返る。少年を手で示して言った。

「デズモンド、こちらはエリック・ノルディン。オルグレン領主子息だ。――エリック、こいつはデズモンド・アンデルだ」

 デズモンドははっとした顔になると、子供に対するにしては丁寧過ぎる態度で言った。

「お初にお目にかかります、ノルディンどの。私はオルグレン地下遺跡調査部隊、臨時駐屯地司令のデズモンド・アンデルと申します。……ご尊父のことは非常に残念でした。お悔やみを申し上げます」

 アルシスは思わずエリックを見たが、少年は動じたふうもなく頷いてみせた。

「ご丁寧にありがとうございます。アンデル司令。ですが僕がここを訪れたのは、まさしくその件についてなのです」

 デズモンドの眉間に皺が寄る。彼はアルシスにちらと視線を向けてから、エリックに向かって言った。

「お話を伺いましょう。窮屈な場所で恐縮ですが、どうぞお掛けになってください。アルシスは――」

 エリックがちらとアルシスを見上げる。

「アルシスさん。もしご迷惑ではなければ、同席していただけませんか? できれば、あなたのご意見もお伺いしたいと思います」

「俺なんかに役立つ助言ができるとは思えんが、これも乗りかかった船、というやつだろうな。……デズモンド、構わないか?」

 そうデズモンドに向かって尋ねる。彼は「もちろんです」と言ってから、配下に茶を用意するよう指示を出した。

 それぞれ席について、茶の用意がされる。天幕立ての駐屯地で出されるにしては、茶器も茶葉もきちんとしたものだった。

 それにアルシスが口をつける横で、エリックが淡々とした口振りで言った。

「先日、父の葬儀を出したことはご存知かと思います。ですが父は行方知れずになっただけで、死亡が確認された訳ではありません。にも拘わらず父の葬儀を出したのは、領主不在による混乱を回避するためです。先代の死去を届け出なければ、爵位の継承はできませんから」

「……そのような経緯で葬儀を出されたことは、我々も存じております。ご尊父の行方が分からなくなったのは、確か三週間前でしたでしょうか」

「はい。僕たちと夕食を共にして、その後自室に戻ってから行方が分からなくなりました。ですが部屋から出る父を誰も見ておらず、部屋も荒らされた様子もありませんでした」

「忽然と姿を消した、と?」

「そうとしか言いようがありません。そもそも外出用の靴も外套も、クローゼットに残されたままだったんです。どこかへ出奔する、ということはありえません。なにより父は、黙っていなくなるような無責任な人物ではありません」

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