第18話

 バートの宣言どおり、騎士団による様子見、という名のの監視はあったものの、アルシスの鍛冶師見習いとしての日々は順調に過ぎていった。

 半年も経てば生成陣に手間取ることもなくなり、仕上がった武器の出来も安定している。それでナイフや長剣、槍などの基本的な武器の生成は、今はすべてアルシスに任されるようになっていた。

 とは言え鍛冶師としては、ようやく入り口に立てた、といったところだろう。

 思うように武器が作れるようになるには、まだまだ時間がかかりそうだ。

 今は属性のバランスに四苦八苦していて、素材の質をいかにして高めるかを試行錯誤している最中である。

 古い文献にあった陣を組み込んでみたのだが、出来はともかく魔力の消費が甚だしい。

 これをどう抑えれば良いのか、机に齧りついて頭を悩ませていると、ふらりとやって来たダニエルが雑談のような気軽さで言った。

「なあ、アルシス。おまえさんもそろそろ、工房を持つ準備をした方がいいんじゃねえか」

 文献にあった神刻文字を眺めていたアルシスは、驚いて面を上げた。

 ダニエルの顔をまじまじと見つめて言う。

「それは冗談かなにかか? 俺はここ最近になって、ようやく見習いを名乗れるようになった、と思ってるんだが。工房なんていくらなんでも気が早すぎだろう」

「なに言ってやがる。工房の準備は、一朝一夕にできることじゃねえぞ。工房を開く土地を選ぶことから始まって、そこを買うか借りるか決めて、役所で開業許可を取らにゃならん。商業ギルドに加入して、必要があれば冒険者ギルドにも連絡を入れて、諸々の書類が揃って初めて工房を建てる大工に依頼ができる」

「そこから工房と住まいを整えるとなると……なるほど。確かに半年でも忙しないな」

「儂としては、おまえさんに工房に残ってもらっても構わなかったんだがね。それでいずれは、おまえさんに跡を継がせる、なんてことも考えてたんだが……」

「いや、そいつは……さすがにやりすぎだろ。血縁関係でもないただの弟子に、それをやったら間違いなく揉めごとになるぞ」

 驚き半分、呆れ半分に言うと、ダニエルがにやりと笑う。

「血縁じゃなくても、おまえさんが婿入りするって方法があるじゃねえか。幸い、ドナもおまえさんを気に入ってる。ドナは可愛いし気立ても良いし、おまえさんにとってもいいことずくめだ。これなら誰も文句は言えねえだろ?」

「……あのなあ。俺とドナはいくつ年が離れてると思ってるんだ。それ以前に、子供相手にはその気にはなれねえよ」

「ドナはついこの間、成人したんだがね。……まあ、無理に勧めはせんよ。おまえさんは、首に縄を掛けられて喜ぶような性格はしとらんだろうからな」

 ダニエルとは彼の弟子になって約半年の付き合いだが、どうやらすっかり見透かされているらしい。

 アルシスは苦笑すると、椅子の背もたれに寄り掛かるようにして天井を仰いだ。古びた椅子が、ぎしと軋んだ音を立てた。

「それにしても……土地選びか。今まで国内の色んな場所を巡ったが、定住するって意識で見たことはなかったな」

「だが、どこか一箇所くらいは印象に残った土地はあるんじゃねえか?」

「悪い意味でなら、腐るほどある。俺が仕事で行かされる土地は、魔物が多くて治安が良いとは言えないところだらけだったからな。そこで商売を始めれば、武器は売れるかもしれないが、ろくでもない客を相手することになりそうだ」

「ふむ。そこまで酷いんじゃあ、商業ギルドが仕事してるかどうかも怪しいな。……土地は、安く買えるだろうが」

 いくら土地が安くても、治安が悪ければ稼いだ端から盗まれそうだ。

 工房を構えるに当たって、安全で手堅いのは王都周辺だろう。治安も良いし、人も金も多く流れている。だが職人として独り立ちする場合は普通、客の取り合いになることを避けて、師匠の工房からは距離を取るのが一般的だった。

 それに王都周辺では、アルシスはそれなりに顔が売れてしまっている。

 いくら冒険者を廃業したと言っても、柵やらなにやらで余計な仕事を押し付けられかねない。王都を離れることは決めている。だが、具体的な土地までは思い浮かばなかった。

「参考までに聞きたいんだが、ダニエル爺さんがここを選んだのは、なにか理由があったのかい?」

「師匠の工房がクレイゲンだったからな。そこから距離があって、商売に向きそうなのが王都だった。それと、土地が安かったのも大きい」

「土地が安かった? 確かにこの辺りは未開発の土地だが、中心からこれだけ近い場所が安い、ってことはないだろう」

 そう言って首を傾げると、ダニエルが小さく息を吐いた。

「……ここら辺は、かつて獣海嘯が起こった跡地なんだよ。だからちょっとでも地面を掘ると、当時の痕跡がごろごろ出てくる。さすがに遺骨が見つかるなんてことはないが、それでも縁起の良いもんじゃあない。その挙げ句に今から四十年くらい前、この辺りで小規模な獣海嘯が起きたんだ。それで持ち主が土地を手放して、だがなかなか買い手がつかなかった」

「それをあんたが買ったのか。……言っちゃあなんだが、ずいぶんと悪趣味だな」

「そいつは否定せんが、安さには変えられんかった。それに、獣海嘯を起こした遺跡は既に枯れちまってるそうだからな。未発見の遺跡が見つかりでもしない限り、ここいらに魔物が湧くことはないだろう」

 理屈としては間違ってはいないが、師の肝の太さには驚くばかりである。

 アルシスは苦笑して、肩を竦ませた。

「そういう事情なら、工房選びの参考にはならないな。……さて、どうしたものか」

 呟くように言ったアルシスに、ダニエルが言う。

「それなら王都庁舎に行ってくると良い。あそこは移住者の受け入れや、他所へ行く場合の斡旋なんかもやっとる。条件を挙げれば、合致する場所を見繕ってくれるはずだ」

「なるほど、庁舎か。今までろくに縁のない場所だったが、試しに行ってみても良いかもな」

 頷いたアルシスは次の週末、さっそく王都庁舎へ足を向けた。

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