第7話
「爺さん、あの女の子は?」
「孫娘だ。……ちくしょう、あいつら汚ねぇ真似をしやがる」
そう苦い声で言ってから、ダニエルは男たちに向かって声を張り上げた。
「てめぇら、うちの可愛い孫娘に傷ひとつでもつけてみろ。その腕ぶった切って、二度と使い物にならないようにしてやるからな!」
ダニエルの怒号に、だが髭面の男は何吹く風といった風情で笑った。
「おいおい、爺さん。この人質が見えてねぇのか? 孫娘だってなぁ。爺さんとは似ても似つかねえ上物だが、安心しろ。てめぇが喜んで武器を作りたくなるように、俺たちがたっぷり可愛がってやるからよ。うちの兄貴に舐めたことした借りも、ついでに色つけて返して貰わねえとな」
品性の欠片もない、実に破落戸らしい言い分である。
アルシスはうんざり息を吐いて、一歩、二歩、と足を踏み出した。
髭面の男が、顔を不愉快げに歪めて言う。
「なんだあ、てめぇ。どこのどいつか知らねえが、余計な真似はすんじゃねぇぞ。いいか、この人質がどうなっても――」
髭面の男は最後まで言えず、どうと音を立てて倒れた。
いきなりの事態に、周囲はなにが起こったのか理解もできずに唖然としている。アルシスはその隙を見逃すことなく、手にしていた小石を続けざまに投擲する。
「がっ……!」
「おい、なにが――」
ひとり、ふたりと昏倒させて、それと同時に走り出す。近くにいた男に蹴りを入れ、少女を庇う位置についた。
髭面の男が倒れたのに引きずられたらしく、少女は地面にへたりこんでいる。呆然としている少女にちらと視線をやって、アルシスは短く問いかけた。
「立てるか?」
「あ……」
「動けるなら、爺さんのところに行ってろ。それが無理そうなら、その辺でじっとしててくれ」
言って鞘からノールを抜く。
アルシスの魔力に呼応して、青と白の光が花びらのように零れ落ちた。
その光を弾く剣身は、武器であることを忘れそうになるくらいに美しい。冴え冴えと鋭い切っ先は、死の気配を帯びていた。破落戸にもそれと解ったのだろう。怯えたふうに、じりじりと後退った。
アルシスは構えた様子もなく、淡々と言う。
「別に逃げても構わんぞ。おまえら程度を斬るのは簡単だが、後始末は面倒だからな」
それははったりではなく、掛け値なし心からの本音だった。
冒険者ギルドに舞い込む依頼は魔物討伐がほとんどだが、状況によっては人を相手しなくてはならないこともある。それを躊躇しなかったからこそ、アルシスは今まで生きてこられたのだ。もちろん好き好んで人を殺める趣味はないが、自分を害そうとする相手に容赦するつもりはない。
そんなアルシスの態度に察するものがあったのか、ひとり、ふたりとその場から逃げ出していく。だが力量差も読めなかったらしいひとりが、破れかぶれに突っ込んで来る。
アルシスは大上段から振り下ろされた剣を弾き、返す刃を翻した。
柔らかな果物でも切るような容易さで、切っ先が沈む。貫かずに引き抜くと、どっと血が溢れて、男の着ていたシャツが赤く染まった。
「う、あ、ぁ……」
男の手から剣が落ちる。膝から崩れ落ちた男の顔が絶望に染まるのを見て、アルシスは肩を竦ませた。
「出血は派手だが、死にやしないから安心しろ。傷口を押さえていれば、すぐに血は止まる」
言ってアルシスは剣を一振りする。それだけで血糊は落ちて、剣身には曇りひとつ残っていなかった。
アルシスは剣を鞘に収めてから、投石で昏倒させた連中に近づく。手持ちの縄で縛り上げていると、側に来たダニエルが感慨深げに言った。
「……とんでもねぇ剣だな、そいつは。それに、アルシス。おまえさんの腕もとんでもねぇ。二度も助けられた身で言うことじゃねぇんだろうが、得難いもんを見せて貰った。冒険者の引退を、これほど惜しいと思ったのは初めてだわい」
「そいつはどうも。……ところで爺さん、あんたの孫娘は無事か?」
へたり込んだままの少女を見やって言う。
さすがに破落戸は縛り上げてあったが、目を覚ましたらしい髭面はもごもごと蠢いている。あまり良い眺めではないし、家の中に避難させてやった方が良いのではないだろうか。そう思っての問いかけに、ダニエルがなんとも言えない表情を浮かべた。
「腰が抜けちまって、立てねぇんだと。悪いんだが、ドナを家の中に運んじゃ貰えんかね」
「お安い御用だ。それじゃあ、あんたはこっちを頼む」
言ってアルシスは晒布を取り出すと、アルシスに手渡した。
「あっちで死にそうな顔をしてる奴に、止血をしてやってくれ。かなり血が流れたから、抵抗する気力も残ってないだろう。もし抵抗するようなら、圧迫している手を外せばいい」
そうすれば数分も保たないはずだ。
アルシスの手から晒布を受け取ったダニエルが、肩を竦ませる。
「孫娘に手出ししようとした愚か者だから、それで死んじまっても同情はせんがね」
もっともである。とは言えダニエルはアルシスの頼みに嫌がる顔もせず、負傷した破落戸の傷を手当しに向かった。
アルシスも歩いて、ダニエルの孫娘に声をかけた。
「さて、お嬢さん。ダニエル爺さんに手を貸すよう頼まれたんだが、立ち上がるのは無理そうかい?」
少女は羞恥に頬を染めてから、こくりと頷いてみせた。
「あの、ごめんなさい。助かった、って安心したら脚に力が入らなくなって……」
「気にしなくていい。荒事に慣れてないならそんなもんだ。――ちょいと気まずいかもしれないが、抱えるからじっとしといてくれよ」
言って少女を抱き上げる。
負傷してからというもの碌に力の入らない左手だが、華奢な少女ひとり抱えるくらいはわけもない。アルシスは少女を居間に運ぶと、後始末をしに外へと取って返した。
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