第6話
その途端、剣身に散っていた光が、稲光のようになってバチバチと音を立てる。ダニエルはすぐさま魔力の流れを止めると、低く唸って言った。
「……ううむ、なるほどな。こいつはとんだじゃじゃ馬だ。たったあれだけの魔力で、こうも振り回されそうになるとは思わんかった。こんな代物を下げて平然としているとは、さすがは剣聖と言わざるを得んな。並の使い手じゃあ、こいつは扱えんだろうよ」
「確かに気難しくはあるな。……称号を返上して、こいつも手放すことも考えたんだが、下手に人の手に渡っては面倒なことになりそうだろう?」
「それを思いとどまってくれてなによりだ。分不相応な奴が手を出して、それで剣に喰われるだけならまだしも、暴走させでもしたら目も当てられんわい」
アルシスの剣は地下遺跡からの発掘品だ。遺跡の主と言われる凶悪な魔物が守っていた宝のうちのひとつで、鑑定士によれば、旧世界の技術で打たれたものであるらしい。
今の時代では再現できず、どころか扱える者も限られている。幸いアルシスは相性が良いようで、手に入れて以来の大事な相棒だ。
称号や名声に欠片の未練も持たなかったアルシスだが、この剣だけは手放すことはできなかった。
まともに動かなくなった左手で、この剣をどう扱っていくかが今後の課題になるだろう。
剣を矯めつ眇めつしていたダニエルは、ようやく満足したのか溜め息を吐いてから顔を上げた。
「ところで、この御大層な剣に銘はないのかい?」
「――ノール、と名付けてある。と言っても俺が考えた銘って訳じゃなく、そいつを収めていた鞘に刻まれていた名だ。しかも解読できたのはほんの一部分だけで、そいつの銘かどうかも分かっていない」
「その鞘はどうした?」
「見つけた時に、ノールを抜いたら崩れ落ちた。欠片は集めて国の研究所に提出したが、復元はできなかったらしい」
「……ノール、か。古代語という響きじゃないから、打った者の名かもしれんなぁ」
「研究所の連中も、そういうふうなことを言ってたな。それに剣身の完成度に比べると、鞘は俄作りという印象だった。調べてみたら木と革でできていて、崩れたのも経年劣化が進んだ結果だそうだ」
「……なるほど。確かに剣装屋に出す前、って感じだな。もしそいつの鞘が完成していたら、今よりもっと化け物みたいな性能になってた可能性もある。それを良かったと言うべきか、惜しいと言うべきかは悩むところだな」
遺跡の発掘品の中には、威力の凄まじさに封印された武具が存在する。
一振りで城壁を破壊するものや、周囲に毒を振りまくもの、精神汚染ももたらすもの、それ以外にも様々に凶悪なあれやこれやだ。
たいがいが使い手の命を消耗するもので、封印されるのも已む無しではあるが、その危うさこそが人を惹き付けているだろうことは否定できない。
実際、研究所の封印庫を破ろうとして、それが叶わず捕らえられた者はかなりの数に上る。
その封印庫にダニエルは過去一度、研究所に見学を許されたことがあるらしい。
「好奇心に負けて入ってみたが、あんまり気持ちのいい場所じゃあなかった。武具それぞれの威圧感と、封印の魔術とが混ざって、言ってみるなら安酒を飲まされたような気分になった。肌はぴりぴりするし、目の前が回りそうになるし、封印庫を出てもしばらくは頭痛がしたくらいだ」
「ああ、魔力酔いだな。慣れていないとそうなる」
「ほ。さすがはギルドの英雄。そいつを知っとるということは、もしや封印庫も顔パスかい?」
そういう訳じゃないが、と苦笑して返した時だった。
微かに聞こえてきた悲鳴に、はっと面を上げる。アルシスはやにわに立ち上がると、植木鉢の並ぶ出窓に取り付いた。
ざっと見渡したが異変らしい異変はない。アルシスはダニエルを振り返って問いかけた。
「ダニエル爺さん、ここに侵入者避けの結界は?」
「もちろん、張っとるよ。……どうした、なにがあったね」
「今、森で悲鳴が上がった。俺が行って様子を見てくるから、爺さんはここで待機しててくれ」
言って差し出した手に、ダニエルがノールを渡してくれる。それを剣帯に戻したところで、先ほどよりも近い位置で悲鳴が上がった。
若い女の声だ。
なぜこのような森の中で、とアルシスが思うのと同時に、ダニエルが悲壮な声を上げた。
「ドナ!」
そう誰かの名を口にして、アルシスを押し退ける勢いで走り出していく。それを追ってアルシスも駆け出し、玄関に出たところで足を止めた。
ポーチに敷かれている小石を数個取り上げ、立ち止まっているダニエルの肩に触れる。
森と敷地との境目に、数人の男が並んでいた。
清潔とは言い難い身なりに、下卑た表情、めいめいが武器を下げている。どこからどう見ても破落戸だ。連中の中央に立っているのは髭面の男で、そいつは武器を片手にうら若い少女を拘束していた。
少女は焦げ茶の髪を高い位置で括り、気の強そうな目をしていたが、今は顔を恐怖と怯えとで染めている。少女はアルシスたちを見て、助けて、と小さな声で呟いた。
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